サリテ村には、二ヶ月か三ヶ月に一度、行商人が訪れる。
主な商品は、村の近辺では手に入らない香辛料や嗜好品など。
とかく娯楽の少ない土地であるため、行商人が来る日は、ちょっとしたお祭り騒ぎとなる。
「記憶喪失の迷子、ねぇ」
村の中心に設けられた広場へと乗り付けた馬車。
麻布の敷物に並べられた商品を、村人たちが物珍しげに眺めている。
そんな中、恰幅の良い中年男性──二人組でやって来た商人の片割れが、シュウホウの顔をまじまじ見ながら小さく唸った。
「悪りぃけども、見覚えはねぇな」
「そうか」
さほど落胆した様子もなく、短く返すシュウホウ。
彼の隣に立つ老婆が、どこか複雑そうな表情で、静かに息を吐いた。
「なんとか身元を探してやれんか」
自分がどこの誰なのかも分からないままでは、あまりにも不憫だ。
そう
「もちろん相応の礼はする。どうか頼む」
「そんじゃ、あとで、そっちの兄さんの似顔絵を描かせてくれ。行商がてら、あっちこっちで聞いて回ってやるよ」
了承ののち、商談に戻る行商人。
一方、シュウホウは
「アンタが頭まで下げる必要は無かったんじゃないのか」
「なに。まだ日は浅いが、お前さんも立派な村の住人だ。よく働いてくれて、みな助かっとる。このくらいの面倒は見させてくれ」
…………。
半分は本音で、もう半分は建前だった。
シュウホウという青年が、いったい誰なのかを。
彼を心底から信用するに足る、確証を。
せっかく行商人が来ているのだから、シュウホウは買い物をやってみることにした。
「塩と胡椒はあるか?」
「おう、入ってるぜ。何と交換だ?」
島の北部、それも辺境となると、ほとんど通貨が流通していない。
したがって行商人との取引は、物々交換が基本である。
「……こいつで足りるだろうか」
ズタ袋から毛皮を一枚引っ張り出すシュウホウ。
それを手に取り、
「こりゃ、
銀色に輝く体毛を持つ兎。
普段は巣穴の奥深くに身を潜め、新月の晩にのみ外へ出るという希少種。
つい先日、初めて一人で狩りに出た際、運良く得た成果の
「傷はねぇし、処理も良い。上物だ。よく手に入ったな」
「足りるか?」
「問題ねぇ問題ねぇ。たっぷり分けてやるよ」
「それは良かった」
大きな壺二つに、ザラザラと流し込まれる塩と胡椒。
シュウホウと老婆の二人なら、おそらく一年は事欠かないだろう量。
「別の香辛料もオマケしといたぜ」
「ありがとう」
塩漬け肉や胡椒を使った料理は、老婆の好物だった。
これだけあればたくさん作れると、シュウホウは満足げに頷く。
そのまま壺を持ち上げようとして、胸元に硬い感触が当たる。
もうひとつ用事があったことを思い出した彼は、再び行商人へと向き直った。
「そうだ。あと、
懐に仕舞ってあった小袋を手渡す。
中身を見た行商人が、軽く口笛を吹いた。
「ほー、こりゃまた……何と交換したい?」
「いや、そうではなく……」
二言三言、意を告げるシュウホウ。
相槌を打ちつつ、行商人は心得たとばかりに手を叩いた。
「なるほどな。だったら一旦こっちで預かって、馴染みの職人とこまで持ってってやるよ」
「助かる。代価は……こいつで構わないか?」
「へっ」
足元に置いてあった籠へと被せてあった日除けの布を取るシュウホウ。
先日の狩りで得た、
籠の中では、先程の毛皮と同じ色艶の毛並みを持った
「生け捕りは更に価値が高いとウルスラから聞いた。足りるか?」
「た、足りるかって、おめぇ……今そこに並べてあるもん全部と交換したっていいくらいだぞ」
見た目の美しさも合わさり、大枚はたいてでもペットに欲しがる富裕層は多い。
「そうか。じゃあツリの代わりに、皆が欲しいものを渡してやってくれ」
その言葉を聞いた村人たちから歓声が上がる。
頼んだぞ、との台詞を最後にシュウホウは壺を抱え、