××を殺す病   作:竜胆マサタカ

71 / 73
70

 

 

 

 

 

「これを」

 

 ヒスイの縄を解いたのち、自分の上着を肩にかけてやるシュウホウ。

 へたり込んだまま呆然と彼を見上げていたヒスイは、やがて我に返ると自分が裸同然の格好であったことを思い出す。

 顔を真っ赤に染め、慌てて袖を通した。

 

「あ……」

 

 鼻腔(びくう)を撫でる、独特な香気。

 獣の鼻を(かわ)すために焚き染めされた、薬草の匂い。

 

 ヒスイにとってはシュウホウの存在そのものを想起させる、いわば彼の匂い。

 恐怖と後悔で冷え切り、張り詰めていた精神が一気に緩む。

 

 しばし彼女は、震えながら(うつむ)いた。

 

 

 

 

 

「あ、あの……どうして、ここが……?」

 

 ややあって気を取り直したヒスイの第一声。

 当然と言えば、至極当然の疑問だった。

 

「……君たちが連れ去られるのを、影から見ていた」

 

 対するシュウホウは、道中で考えておいた方便を並べる。

 騙すようで少しばかり心苦しかったけれど、まさか真実など伝えられるワケもない。

 致し方ないと、割り切った。

 

「隙を(うかが)っていたせいで、遅くなってしまった。すまない」

「あ、謝らないで下さい……! そもそも、こんなことになってしまったのは、全部私の──」

 

 シュウホウの言葉を疑いもせず信じ、首と両手を振るヒスイ。

 けれども口舌(くぜつ)最中(さなか)、ハッとした風に目を見開かせ、次いで見る見ると青ざめていった。

 

「──し、シュウホウさん! 師匠(せんせい)が! 師匠(せんせい)が、こっ、こいつらのボスに連れて行かれたんです!」

 

 歯の根が合わない、たどたどしい金切り声。

 シュウホウは大声を(いさ)めるようにヒスイの唇へと人差し指を添えつつ、険しげに眉根を寄せた。

 

「いつ頃だ」

「え、えっと、えっと……たぶん、三十分も()ってないと思います……でも、だから、あのっ!」

「落ち着け」

 

 二度三度、シュウホウがヒスイの背中を優しく叩く。

 どうにか肩の力が抜けた頃合を見計らい、まっすぐ彼女の目を見つめながら語りかけた。

 

洞窟(ここ)の地形なら、おおよそ頭に入ってる」

 

 昔、何度かウルスラと探検した功名(こうみょう)

 どんな経験がどこで役立つかなど、その時になってみなければ分からないものである。

 

「腰を下ろしてくつろげる空間は、そう多くない」

 

 加えて、奥に進むほど道は細く、荒く、入り組んだ構造となっている。

 

「俺の知る限り、村の周辺一帯に人が居た痕跡はなかった。これだけの人数だ、見過ごすなんてあり得ない」

 

 つまりヒスイとベルナを(さら)った賊たちは、最近ここへ来たばかりの流れ者。

 土地勘の無い人間が、広い上に複雑な洞窟の深部まで足を踏み入れるとは考えにくい。

 

「ボスとやらの居所も、だいたいの目星はつく」

 

 すなわち、地の利は此方(こちら)側にある。

 けれども、数は相手側が圧倒的に勝る。

 

(はや)る気持ちは分かる。だが無策で乗り込めば、返り討ちに遭うのが関の山だ」

「…………」

 

 淡々と諭されたヒスイは、静かに拳を握り締める。

 村で囲まれた際、状況も(わきま)えずに勇み足で挑みかかった結果が今なのだと、改めて胸に刻んだ模様。

 

「心配は要らない。ベルナなら、きっと大丈夫だ」

 

 決して確証のある言葉ではなかったが、あえてシュウホウは断言した。

 

 無闇にヒスイを不安がらせないため。

 あるいは彼自身、信じたかったのだろう。

 ベルナがまだ、無事であることを。

 

「まずは息を整えて、段取りを組もう」

「は、はいっ……」

 

 頷くヒスイを尻目に、シュウホウは賊の死体から棍棒(こんぼう)を奪う。

 義手の方で握り、何度か振り回し、使えそうだと目を細めた。

 

「ヒスイ。こっちは君が」

「はい……!」

 

 腰の剣帯(けんたい)ごと、女神の(つるぎ)を差し出す。

 

「ッッ……」

 

 剣を手渡す際、シュウホウは()()に顔を(しか)めさせた。

 幸いと言うべきか、ヒスイには気付かれなかった。

 

 …………。

 先程、賊二人の命を奪うべく、女神の(つるぎ)を振るった右手。

 

 

 

 

 

 その手のひらは──ひどく、焼け(ただ)れていた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。