××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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 音が響かぬよう、忍び足で洞窟を進むヒスイとシュウホウ。

 互いに駆け出したくなる気持ちを押さえ、周囲の様子を(うかが)いつつ、衣擦(きぬず)れすらも可能な限り殺し、慎重に()く。

 

 途中、数人で歩いていた賊たちと鉢合わせしかけるも、かろうじてやり過ごせた。

 他にも幾つかの窮地(きゅうち)を乗り越えた末、ベルナが居るだろうと目星をつけた地点まで迫る。

 

「…………ゃ」

 

 最後となる曲がり角に差し掛かると──微かな声が、二人の耳へと届いた。

 

「ッ……ぁ……ぅ……」

 

 どこか苦しげな響きを帯びた、途切れ途切れな、女の声。

 それを聞きとめたシュウホウは、一瞬だけ険しい表情を浮かばせたのち、ヒスイを振り返った。

 

「ここから先は俺だけで行く。君は退路の見張りを頼む」

「あっ……」

 

 異論や反論を挟む(いとま)も与えず、再び正面へと向き直り、足を踏み出すシュウホウ。

 暫時(ざんじ)逡巡(しゅんじゅん)で取り残されたヒスイは、やむなく(きびす)を返すと、深く息を吐きながら、女神の(つるぎ)を握り直した。

 

「ッ……」

 

 シュウホウ(いわ)く、この曲がり角の先は完全な突き当たり。

 もしも見付かって仲間を呼ばれたら、あっという間に袋のネズミとなってしまう。

 

 だからこそシュウホウは、自分をここに残した。

 帰り道を塞がれないようにするために。

 

 …………。

 そう。()()()()()()()など、何も無い。

 

「ふーっ……ふうぅ……」

 

 そんな思考を繰り返し脳裏に巡らせつつ、何度も息を入れ直すヒスイ。

 嫌な動悸(どうき)が耳の奥から指先まで響くような落ち着かない感覚を、歯を食いしばって(こら)える。

 

「────」

 

 ヒスイは決して振り返らなかった。

 ほんの数歩先の曲がり角から顔を覗かせ、向こうの状況を確かめようともしなかった。

 

「────」

「────」

 

 背中越しに物音が響いても、ただ正面の見張りに努めた。

 静まり返ったのち、すすり泣くような声が聞こえても、頭から振り払った。

 

 そうして五分十分と、ひどく張り詰めた、居心地の悪い時間が過ぎていく。

 

「ふぅ……ッッ」

 

 ただ立って剣を握っているだけだというのに、ヒスイの消耗は(いちじる)しかった。

 

 目も舌も乾き、手汗ばかりが(にじ)む。

 寒くもないのに身体が震え、カチカチと歯が打ち鳴らされる。

 

「──待たせたな」

「ッ!!」

 

 ベルナを連れたシュウホウが戻ったのは、ヒスイの背後が静かになってから、優に十五分近く過ぎた頃合だった。

 

師匠(せんせい)……!」

 

 古いベッドシーツか何かで裸身を覆い、頭から水でも浴びたかのように銀髪を濡らしたベルナ。

 ふらふらと不安定な立ち姿で現れた彼女は、青ざめて強張ったヒスイの表情を見るなり、鼻を鳴らした。

 

「なんだ、その顔は。まさか一丁前に私の心配でもしていたのか?」

 

 あまりにも軽い語調。

 面食らったヒスイは、ぱちぱちと目を(しばた)かせた。

 

「ぁ、あ……あのっ……大丈夫……だったん、ですか……?」

「当たり前だ。妙な薬を盛られたせいで手足も満足に動かんが、その程度でゴロツキに不覚を取るほど耄碌(もうろく)してはいない」

 

 そう言ってベルナは、頬を伝った水滴を鬱陶(うっとう)しげに払う。

 

「……あ、はは……流石、師匠(せんせい)……」

 

 自分の不安が杞憂(きゆう)だったと安堵し、いっぺんに力が抜けたヒスイ。

 握り締めていた剣の切っ先が、カツリと足元の岩肌を打った。

 

「……ボスは始末した。もうここに用は無い」

 

 次いで、シュウホウが視線を左右に振りつつ、淡々と告げた。

 

「他の奴等に見付かる前に、早く出よう」

「は、はいっ──」

 

 ベルナに肩を貸したシュウホウが、ヒスイの脇を通り抜けて前へと出る。

 

「──ッッ」

 

 その刹那、ヒスイは見た。

 見とめてしまった。

 

 

 

 

 

 すれ違う間際、きつく歯を噛み締めたベルナの面差しを。

 暗がりの中、一瞬だけ間近となったことで捉えた──目元に残る、泣き腫らした跡を。

 

 

 

 

 

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