××を殺す病   作:竜胆マサタカ

81 / 81
79

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 耳朶(じだ)に吹きかかる、静かで規則的な吐息。

 カーテンの隙間から差し込む、柔らかな朝日。

 

「…………」

 

 緩やかに(まぶた)を開けたシュウホウの視界へと映ったのは、古びた天井。

 昨日から()()で寝泊まりしている安宿のそれ。

 

「…………」

 

 意識が完全に覚醒するまでの十数秒間、ぼんやりと天上を見つめ続ける金色の瞳。

 (しか)るのちシュウホウは、ほとんど身じろぎせず視線だけを横合いに向けやる。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 褐色の肌に絡んだ、白い手足。

 シュウホウの首筋に顔をうずめ、安心しきった様子で眠る、一人の少女。

 

 ──否。もはや()()とは呼べないだろう。

 

 二十歳の誕生日を迎えるまで、あと数ヶ月。

 少なくとも肉体面においては、すでに十分育ちきった、立派な女性である。

 

「…………」

 

 生身の右手で、彼女──ヒスイの髪を(くしけず)りながら、ふとシュウホウは思う。

 目覚めの際、耳元で寝息を聞くのが当たり前となったのは、いつ頃からだったか、と。

 

「……どうでも、いいか」

 

 小さく呟き、ひとつ溜息。

 なんとはなし左腕(ぎしゅ)を掲げると、耳障りな摩擦音が鼓膜を引っ掻いた。

 

「そろそろ手入れをしないとな……」

 

 ぎこちなく球体関節を(きし)ませる五指と手首。

 いかに旧暦(きゅうれき)の高度な技術で作られた品と言えど、限界はある。

 定期的な整備を施さなければ、劣化や破損は(まぬが)れない。

 

 もっとも、数百年前に滅んだ文明の遺産、それも複雑な機構を備えたものが原形を留めているどころか問題なく稼働する時点で、十二分な驚嘆に値するのだが。

 

 ──閑話休題。

 

「ヒスイ」

 

 シュウホウは先にベッドを抜けると、床に散らばった衣服を拾い集め、簡単に身繕(みづくろ)いを整える。

 次いで、軽くヒスイの肩を揺すりながら、耳元で名を(ささや)いた。

 

「ん……んん……」

 

 あちこちを渡り歩くうち、野宿や(ひと)り寝の際は枯れ葉が地面に落ちる音でさえ敏感に反応するようになったヒスイ。

 だがしかし、シュウホウと寝所を共にした時だけは、少しばかり眠りが深くなる。

 

「……ん……ふあぁ……」

「おはよう」

 

 目覚めたヒスイが、身を起こす。

 その(なま)めかしく成長した肢体を隠そうともせず、さながら猫を想起させる仕草で伸びをする。

 

 シュウホウは彼女の起床(きしょう)を見て取ると、カーテンを開けた。

 

 ちょうど太陽が昇りきったばかりの頃合。

 薄暗かった室内へと、心地良い陽射しが注ぐ。

 

 ヒスイの首に提げられた首飾り。

 彼女の名と同じ音を冠する宝石が、深緑(しんりょく)の光沢を照り返した。

 

「──おはよ。シュウホウ」

 

 毛先が膝に届くほど長く伸びた赤黒(しゃくこく)の髪をかき上げるヒスイ。

 同じく赤と黒に分かれた双眸(そうぼう)を細め、とろりと笑む。

 

「お水、飲みたい」

「ああ」

 

 眠気と甘えを帯びた語調。

 シュウホウが、小さなテーブルに置かれた水差しを取る。

 

 そして、それをヒスイの口元に添え、ゆっくりと傾けた。

 やけに婀娜(あだ)っぽい嚥下(えんげ)の音が、窓の向こうへと溶けていく。

 

「……ふはぁ」

 

 欲しい分だけ飲み終え、ヒスイは満足げに息をつく。

 唇の端から頬、顎、首筋と伝い、鎖骨あたりまで垂れた水滴も、シュウホウが手ずから拭き取った。

 

「今日はどうする?」

「デートしたいな。せっかく王都まで来たんだし」

「分かった」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

担いだ神輿が重すぎる!(作者:Ωが来た!)(オリジナルファンタジー/コメディ)

 周囲が人外だらけの中、主人公が生き残る為に軽そうな魔王候補を神輿として担いだ筈が…なんか気付いたら手に負えなくなっていた話▼ 或いは、ヤバい女達に囲まれ人外価値観に振り回されてながらも、知恵と勇気と下心で切り抜けようとするお話。▼ 尚、大小様々な矢印を追加で受けている様で、しっかりそれにも振り回される模様。


総合評価:1824/評価:8.46/連載:23話/更新日時:2026年09月20日(日) 07:00 小説情報

救えなかったら時が戻る人、やり遂げたら何故か周りが病み始める。(作者:ゲーミング千手観音)(オリジナル現代/日常)

▼ 普通に日常を過ごしていただけなのに、何故か突然「その日毎に救助対象が変わって、しかも助けられずに死なせてしまうと一日の最初に戻る」という状態に陥ってしまう主人公。▼ 絶望して、心を壊しながらも一年間やり遂げた主人公はその呪いから開放される。▼ ────そしたらなんか今まで助けた人全員病んだ。なんで?▼ そう言ったお話。▼ 尚、助けられた人達は呪いが無くな…


総合評価:1124/評価:8.21/連載:8話/更新日時:2026年07月25日(土) 20:00 小説情報

ED傭兵、清純幼淫魔を誑かす 〜行き倒れ淫魔を哀れに思い、ED治療も兼ねて拾ったが――勃たんし、それを硬派で誠実と勘違いされるし〜(作者:ぞうきん)(オリジナルファンタジー/恋愛)

 過去の出来事から不能になったオッサン傭兵クレバーは、ある日淫魔の少女を拾う。あわよくばED治せないかななんて軽い気持ちで考えていたが、彼は淫魔という生物のことを全く分かっていなかった。淫魔は幼かろうがなんだろうが、好いた男のためならば――――人外の執着心を以って、あらゆる手段でその精を搾り尽くさんとするのだ。


総合評価:1759/評価:7.96/連載:10話/更新日時:2026年08月09日(日) 17:59 小説情報

不憫少女を死ぬほど甘やかした結果(作者:重い女すこ)(オリジナルファンタジー/コメディ)

悪魔に転生した。▼最初はマジかよ悪魔かよ俺ツエー無双モテモテ勇者転生譚が始まるんじゃないのかよとか思ったりしたものだが、悪魔に転生してから千年も経ったらそんな憧れも摩耗してきた。▼悪魔は人の欲望を最大化し、不幸と絶望を摂取する生き物だ。男や女どもの醜い欲望丸出しの見下し合い、騙し合い、小競り合いを見てきた結果、人間というものに嫌悪感を抱くまでなってしまった。…


総合評価:2026/評価:8.57/連載:7話/更新日時:2026年06月23日(火) 11:01 小説情報

魔法少女世界で俺のエンカテーブルがクール系に偏り過ぎてるんだが(作者:TSから逃げるなぁぁ!!卑怯者おぉ!!)(オリジナル現代/冒険・バトル)

「大変だお前ら!魔物が現れ」「私には関係無い。」「騒ぎ立てる程の事ではないわ」「私が出る必要が無い…」「…………」「貴様に言われずとも分かっている!」「たぞああぁあああぁああッんああああぁあぁああ」


総合評価:1454/評価:7.92/連載:10話/更新日時:2026年07月27日(月) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>