駆け出し弓兵、炎の大剣を振るう少女とパーティーを組む 作:名もなきWater
冒険者に第一に求められるものは、自衛能力だ。
未開の地の開拓からダンジョンの探索まで、冒険者のクエストは多岐に渡る。
そしていずれも、『魔物との戦闘』が前提だ。
強いか弱いかの差はあっても、魔物と戦えない冒険者は存在しない。
そんなやつは、冒険者とは言わない。
一瞬の衝撃の後、右手から剣が離れた。
剣は勢いのまま空を舞い、地面に突き刺さる。
草原に深々と突き刺さった鋼は、さながら墓標のようでもあった。
「……ここまでだ。これにて剣術試験、終了とする」
青いローブを着た試験官が、溜息混じりに自分の剣を収める。
その声音には、明らかな落胆の色があった。
試験終了と同時、彼の元へもう一人の試験官が歩み寄る。
「ランクはE。文句なしの最低クラスだな。魔法使い相手にこうも一方的では話にならん」
試験官は、手元の資料に筆を走らせる。
冒険者ギルド『ドラゴンテイル』
新人入団試験
入団希望者・レイン
剣術試験・ランクE
魔法試験・ランクE 適正無しのため不問
斥候試験・ランクD 一部能力以外、基準値未満
それが結果。
レインという冒険者の能力であり。
同時に、限界でもあった。
◆
「試験結果は後日、試験官から連絡魔法にて改めてお伝えします。
本日はお疲れさまでした」
試験終了の挨拶が終わり、受験者たちが帰路に着く。
成功した、失敗した、緊張した。
手応えを思い思いに語る、冒険者の卵たち。
その多くは、期待の色に満ちていた。
冒険者ギルド『ドラゴンテイル』
この街に拠点を据える代表的な冒険者ギルド。
入団するには数日に渡って試験を受け、基準値以上の結果を出す必要がある。
試験の内容は、
剣術試験。
魔法試験。
斥候試験。
以上の三種類。
これらの結果からギルド内の配属先が決まり、さらに細分化されていく。
例えば剣術試験でBランクを出したとする。
Cランクを超えている剣士は、鍛え方次第で攻撃型の前衛にも、防御型の前衛にも成れる。
本人の性格、希望、適正。そういった細かい要素を各部署で見極め、冒険者として思いのまま成長していく。
それが、『ドラゴンテイル』の基本方針だ。
「……まあ。
ランクEには、無縁の話だけど」
冒険者たちに背を向けて、さっさと帰路に着く。
……彼らのように、語り合う必要なんてない。
試験の結果なんて、自分が一番分かってるんだから。
◆
この街には、城下町を一望できる広場がある。
『ドラゴンテイル』は、冒険者ギルド界隈でも上澄みだ。
日々、多くの依頼が持ち込まれ、凄腕の冒険者たちが解決に導いている。
となれば必然的に、様々な業界が動く。
例えば、装備。
腕に覚えのある鍛冶屋たちが集まり、日夜技術を磨いている。
街の外れには、金属独特の匂いと熱気が漂っている。
例えば、食料。
役職柄、冒険者たちは大食いが多い。
各地の名産品たる肉や魚、野菜、果実、酒……果ては、ただの水まで。
懐に余裕がある時は、街の様子を肴に食べ歩き、なんて贅沢もできる。
例えば、書物。
魔法について記した本から、海の果ての冒険譚まで。
自分にはまるで縁がないが、街の隅にある図書館には多種多様な本が集まっているらしい。
ここからは、この街の呼吸が感じられる。
世界は広いのだと。
自分の悩みはちっぽけなのだと、思い知らされる。
「――ああ。たかが一回、落ちただけだ」
しかも受けたのは、実力派が集まる有名ギルド。一発目で合格すること自体、虫が良すぎるというものだ。
「……帰るか」
自分に言い聞かせて、踵を返す。
一日が終わった。
また、次の日が来る。
酒場で適当なクエストを探して、日銭を稼ぐ。
何も変わらない、今まで通りの日常だ。
――でも。
今回の冒険は、少しばかり短かったな。
「ん?」
ふと、顔を上げる。
――少女がいた。
燃えるような赤い髪が、風に揺れている。
夕焼けの明かりが照らす様子は、どこか神秘的ですらあった。
見ない顔だ。
城下町でも、酒場でも見覚えがない。
新米の冒険者だろうか……?
「――チッ!」
少女は突然舌打ちし、黄昏の空を睨みつける。
そして懐から、何やら紙を取り出し――
ビリビリに、細切れに引き裂いた。
「今に見ていろ。こんなもので、私は縛られない」
少女は再び、空を睨みつける。
……今、彼女が破り捨てた紙。
一瞬見えた感じだと、おそらくは受験用紙だ。
……今日、この日。そして少女の態度。
すぐに合点がいった。
この子もまた、自分と同類。落第者だ。
肝心の中身は天と地の差かもしれないが。
「……ん? さっきから何、じろじろ見て」
「うっ――」
反射的に身構える。
見ていたの、バレてたのか……。
「ふーん……アンタ、弓兵?」
「……分かるのか?」
「その背負ってる弓見たら誰だって分かるでしょ」
そっか。そりゃそうだ。
背負うのが当たり前過ぎて、自分でも忘れていた。
「その余裕な感じ、もしかして例のギルド所属? 見世物じゃないからさっさと消えて」
「? 待った、それは誤解だ。
俺も『ドラゴンテイル』の受験者だよ。今から帰るところ」
落第間違い無しです、とは言わないでおく。
なけなしのプライドだ。
「……私、『ドラゴンテイル』なんて言ったっけ?」
「言ってないけど、流石に分かるよ。さっき破り捨てたの見てたし」
それに、日付も。
大手のギルドの入団試験は、意図的に他と被らないように開催されている。
今日開催された試験は、『ドラゴンテイル』以外ないはずだ。
「――見てた、か。そんなところから、私の手元を、ね」
少女は顎に手を添えて、こちらを観察し始めた。
頭から始まり……身体、弓、腕、そして脚。
視線が一巡した後、少女は遠くを指差した。
「アンタ、弓兵なんだよね? あれ、射抜ける?」
「はあ? いきなり何言ってるんだ……」
突拍子のない提案に呆れつつも、少女の指差した方向に目を向けた。
……鳥形の看板。
木材を鳥の形に組み立てた簡単なもの。
自分も定期的に足を運んでいる、飲食店の看板だ。
「どう? 見える?」
「見えるけども」
「じゃあ射抜いて」
「射抜けって……仕方ないな……」
半ば呆れながらも、背中の矢筒から一本を取り出す。
……実を言うと、小さい頃はこの手の遊びをよくやっていた。
無邪気さ故の無鉄砲と残酷さ。
飛んでる鳥類を撃ち抜いたり、とある飲食店の看板を破壊してしまったり。我ながら酷かったものだ。
矢を番え、放つ。
ただし、射抜かない。
標的の鳥の看板、その目。
ちょうど空洞になっている部分へ、針を通した。
「な――」
「……ふう。これで勘弁してくれ。あの店には昔から世話になっててね。これ以上迷惑はかけたくない」
弓兵の冒険者なら、あの看板を木端微塵に打ち砕くこともできただろう。
だが、自分には絶対無理だ。
……蘇る拳骨の記憶。
あれは、もう嫌だ。
「よーう。精が出るなあ、お二人さん」
聞き覚えのある声に振り返る。
最初に目に入ったのは青いローブ。魔法使いの冒険者が着る類のものだ。
生地から察するにかなりの上物。
そして――所属ギルドを現す縫い模様。
昼間の剣術試験でもお世話になった、魔法使いの試験官だった。
その顔を確認するや否や、赤い少女の顔があからさまに歪んだ。
「誰かと思ったら、あの時のうるさい試験官じゃん。
仕事はどうしたのさ。私ら落ちこぼれに構ってる暇あんの?」
「誰かと思ったら、パワーしか取り柄のねえ女剣士じゃねえか。
心配すんなよ、仕事なら今からやるところだ。
――なあ? そっちのお前」
試験官の目がこちらに向けられる。
赤い少女に向けた、からかうような目じゃない。
「見てたぞ、今の狙撃。
お前……試験で手を抜いただろ」
目の色が変わる。
まるで、昼間の試験の続きを受けている気分だった。
「……冒険者ってのは常に死と隣り合わせだ。クエストに失敗して戻ってこない、なんてのも珍しくねえ。
分かるか? 人員は常に不足してんだ。
そんな状況で、試験で手を抜く、なんてやられちゃ迷惑なんだよ」
「…………」
試験官だけじゃない。赤い少女もまた、自分を見つめていた。
手を抜いたことを疑っているのかもしれない。
だけど、それは誤解だ。
「どうもこうもないですよ。あれが俺の実力です。
正しく評価されない……それも含めての実力なんですよ」
冒険者のクエストはダンジョン攻略……閉所での戦いが基本だ。
魔物との距離を確保できない。
離れた場所から標的を射抜く弓術は、そもそも需要がないのだ。
需要が無いから評価されず、ギルドの入団試験でも採用されない。
剣、魔法、斥候。
この三つが大きな軸となる。
――斥候試験・ランクD 一部能力以外、基準値未満
強いて言うなら、あの項目が弓術の恩恵かもしれないな。
「……なるほど。お前じゃなく、試験そのものに問題があったってことか。
遠距離攻撃がしたいなら、適当な魔法で十分だからな。お前の言葉、確かに一理ある。
だがな……一つだけ言わせてもらう。
評価される場所を探さないのは、お前の怠惰でしかねえ」
「っ――!」
怠惰……か。
痛いことを言ってくれる。
弓術を活かせる場を探せ、ということだろう。
だけど、それは嫌だ。
認められない。
だってそれは――
俺は、冒険者になれないということだ。
「……ま。
その原因が本人かそれ以外かは、議論が分かれるところだがな」
「――え?」
試験官は懐から一枚の用紙を取り出した。
これは……何度も見た、入団試験の用紙だ。
「明日だ。
冒険者レイン。明日、改めて本ギルドの入団試験を行う。
……万全の状態に整えておけよ、新米」
「っ……!」
半ば強引に、用紙を握らされる。
何度も折り畳み、くしゃくしゃになった紙。
だけど、文字ははっきりと書かれていた。
……流石は大手のギルド『ドラゴンテイル』
変人もそれなりにいるってことか。
「あっ、結構でーす」
「へ?」
パシリ、と乾いた音。
それと同時に、手元の用紙が姿を消した。
「何してんだお前。お前にはやらねーぞ」
少女の手が紙に触れる。
……いや、ちょっと待て。
この女、ほんとに何しようとしてるんだ……!?
「だーかーらあ」
――裂けた。
縦に一直線。
冒険者を集うはずのそれは、あっという間に紙屑となった。
「そういうのいらないって。
この人、私が貰うから」