駆け出し弓兵、炎の大剣を振るう少女とパーティーを組む 作:名もなきWater
「考えてもみなよ。入団試験を受けて合格して、それでなんになる?
下っ端として働いて下積みして、本格的なクエストを受けられるのはいつになるわけ?」
「いや、それが普通だろう」
ギルドに限らず、組織には階級ってものがある。
どれだけ能力が高くても、新人がいきなりトップを任されることはまずない。
クエストをこなして経験を積み、組織を理解し、信用を得る。
それが普通の流れだ。
「普通じゃない方法があるといったら?
なあ、試験官さん? アンタは当然知ってるだろ?」
「…………」
青いローブの試験官は、苦虫を嚙み潰したかのように赤い少女を見つめる。
それは、普通じゃない方法があると認めたようなものだった。
少女は会心の笑みを浮かべ、更に続ける。
「酒場のクエストボード、その一番左下。
――ギルド入団クエスト。
報酬、支給品ともに無し、純粋な実力試験。
クリアしたパーティーは、ギルド『ドラゴンテイル』に即入団でき、様々なクエストを斡旋される。つまり、一定の地位に立つことができる」
「……あ」
そのクエストなら、自分にも見覚えがあった。
隅っこの方にひっそりと張り出されていて、長い間誰の手にも取られていないクエストだ。
「無理だな。
あれは即戦力を集うためのクエストだ。お前ら新米にできるわけがない」
やはりと言うべきか、試験官は開口一番に否定した。
当然だろう。
はっきりと覚えてはいないが、確かその用紙にはドラゴンが描かれていたはずだ。
――ドラゴン。
数多く存在する魔物たち、その上位種。
推測するに、クエストの内容はドラゴンの撃退、ないし討伐だろうか。
いずれにせよ、新人にできるクエストではない。
――そのはずなのに。
赤い少女は、不敵に笑っていた。
からかいでも冗談でもなく、確信を持っている笑みだった。
「私はそうは思わない。
こいつの弓と、私の『これ』があれば」
パチン、と乾いた音。
次の瞬間、空間が揺らぎ、顕現した。
何もなかったはずの空間に、突如として鉄塊が出現したのだ。
いや、よく見ると剣だ。
柄と峰の赤い装飾は、どことなく炎を連想させる。
長さは少女の身の丈ほど。剣術が不得手な自分でも、業物だと分かる逸品だ。
それが――
何故か、自分の、首元に。
「き、気のせいかなー? 首元に何やら物騒なものが当たってる気がするんだが?」
「当ててんのよ」
「わードキドキする、ハハハ」
唐突すぎる展開に、半ば自棄になってしまった。
どうして人質にされているのか小一時間問い詰めたい。
「魔装具、だと……!」
こちらの心境とは対照的に、目の前の試験官は剣そのものに驚きを隠せないでいた。
「見たところ、類を見ない業物……何者だ、お前」
「さあね」
「っ……」
肩を竦める少女。
舌打ちする試験官。
どうもこの剣は、一流の魔法使いから見ても相当な品らしい。
……なら。
そんなものを持っているこの少女は、一体何者なんだ……?
「答える気はない……か。まあ、それだけのものなら当然だろうな。
で? それは脅迫のつもりか?」
「正直に言うと嫌だけど。
でも……ギルド受験者が翌日死亡した、なんて広まったら、かなりまずいだろ?」
「ぶっ――!?」
この少女は何者か、だって?
ああ、心底どうでもいい。
今重要なのは、自分の首が得体の知れない剣に刎ねられそうってことだ……!
「本当にただの脅迫じゃねえか……。
……はぁ。仕方あるまい。
だがこれだけは言っておく。クエストは基本的に、冒険者の命を保証しない。勝利も敗北も自己責任だ。ドラゴン相手に死なない覚悟があるなら、受けてこい」
「じゃあ決まり。なんだ、話が分かるじゃん」
首元に当てられていた大剣が、空気に溶けるように姿を消した。
試験官は何度目か分からない溜息をついた後、少女に尋ねる。
「一つ聞きたい。何故こんなことをする?
そっちの弓兵ははっきり言って、弓の腕はギルドでも上位クラスだ。
お前に至っては言わずもがな。そのご立派な大剣を見せつければ、それだけで引く手数多だろうよ。
普通に受験して、普通にやってけば、それなりの地位につけるはずだ」
試験官の疑問は尤もだ。
自分についてはともかく、この少女については概ね正しいだろう。
「理由なんてない。強いて言うなら……上を目指せるから。
なんであれ、上を目指せるなら登るのが当たり前だ。だから楽しいんだろ」
少女は笑う。それが自然の摂理だと。
登れるから、昇る。
その在り方は、さながら太陽のようでもあった。
◆
山間の街の酒場は、夕刻になると冒険者たちでよく賑わっていた。
木の梁が剥き出しになった天井。薪の匂い。肉を焼く香ばしい煙。
壁際では、旅装の男たちが杯を打ち鳴らし、中央の大机では斧を背負った山猟師たちが笑い合っている。
「うん、あそこが空いてる。ほら、こっち」
少女は迷いなく、空いている二人掛けの席へ腰を下ろした。
遅れて自分も、向かいの席に着く。
……大変なことになってしまった。
ギルドの入団試験を受けて、帰宅して終わり。そういう一日になるはずだった。
ところが、だ。
ギルドの試験官に目を付けられ、正体不明の少女に連行され、あまつさえパーティーを組んでのドラゴン退治ときた。
冒険者らしいといえばそれまでだが、まさかそれが自分の番になるとは思いもしなかった。
「すみませーん」
座るや否や、少女は品書きを片手に給仕を呼びつけた。
「黒パンひとつ。山羊乳のチーズ。あと、鹿肉の香草焼き、それと……」
頁がめくられる。
「豆の煮込み。焼き芋。腸詰め。キノコのバター炒め。蜂蜜酒も。それから……」
「ちょっと待て」
さらに頁がめくられそうになったところを、思わず止める。
「今、何品言った?」
「まだ途中」
「二人分だよな?」
「もちろん」
「…………」
少女は、きょとんとした顔で首を傾げていた。
……やれやれだ。
「大丈夫。私が多めに食べるから」
「そうしてくれ」
少女は気にした様子もなく、頁をめくってからさらに注文を続けた。
――しばらくして、豪勢な料理が机の上に並んだ。
黒パンは香ばしく焼け、表面には焼き色がついている。
鹿肉は脂がほどよく落ち、香草の匂いが立ちのぼっていた。
豆の煮込みは素朴だが滋味があり、焼き芋の甘い匂いが湯気と一緒に上がっている。
山羊乳のチーズは淡く白く、腸詰めは肉汁を閉じ込めたまま皿の上に並んだ。
キノコのバター炒めは、森の香りそのものだった。
評判通り、ここの酒場はいい食材が揃っているらしい。
――が、それにしたって多すぎる。
決戦前夜だ。腹ごしらえをしたい気持ちは分かるが……これではちょっとした宴会だ。
「いただきます」
少女は嬉しそうに両手を合わせたあと、まず黒パンをちぎった。
ひと口かじる。咀嚼する。目を細める。
「うん、おいしい。次は、と」
今度は鹿肉をナイフで切り分ける。
……こうして見ていると、普通の冒険者と変わらないように見える。
実際、今までは見落としていた。この酒場には何度か出入りしているが、この少女にはとんと見覚えがない。
あの、炎の大剣を見ていなければ。
この少女を見ても、何も思わなかったかもしれない。
「……で? なんで俺を巻き込んだ?」
「ん? んー……」
少女はもぐもぐと咀嚼し、ゴクリと喉を鳴らしてから口を開いた。
「勢いでいけると思った。アンタ、強引なのに弱そうだし」
「ぐっ……否定できない」
悔しいことに。
だが、今回ばかりは話が違う。
クエスト内容は、正体不明のドラゴンの撃退、ないし討伐。
どう考えても、新米冒険者が受けていい内容じゃない。
「大丈夫、勝算はあるから」
「ドラゴン相手にか?
というか、そもそも俺に何の得があるんだよ」
「出世払いということで、一つ」
「…………」
天井を仰ぎ見る。
冒険者の出世払い。これほど頼りにならない言葉はない。
実質、タダ働きじゃないか。
「……頼む。アンタしかいないんだ、タダで雇える弓兵は」
「認めちゃったよこの子」
自覚ありですかそうですか。随分と舐められたものですね。
……怒りより先に悲しさが来てしまった。
「それに……アンタの弓じゃなきゃ、駄目なんだよ」
少女はナイフを置き、真っ直ぐに俺を見つめる。
さっきまでの軽い調子とは、明らかに違っていた。
冗談でも、勢い任せの口説き文句でもない。
その目には、確かな意志があった。
「魔法使いじゃ駄目だ。
ただの矢を、あの精度で、あの距離まで狙撃できる弓兵。
他の冒険者は知らない。でも、私にはアンタが必要なんだ」
……胸の奥が、僅かに揺れた。
必要だと言われたのは、いつ以来だろう。
冒険者の試験では、剣も魔法も足りないと言われた。
弓の腕だって、評価の対象にはならなかった。
自分にはこれしかない。
そう思っていた。
それを、この少女は。
たった一度見ただけの弓を、必要だと言ったのだ。
「……はあ。分かったよ」
思わず、ため息が漏れる。
「! ほんとか?」
「ああ。そこまで持ち上げられたら、流石に断れない。
ただし、出世払いは約束してもらう。たんまり貰うからな」
「ああ! 期待しててくれ!」
少女は、本当に嬉しそうに笑った。
……まったく、調子のいい奴だ。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「レインだ」
「? 何、突然」
「名前だよ。パーティーなんだから、無いと不便だろう」
「……そっか。考えたこともなかった」
「なんだそれ。初めてなのか、パーティー組むの」
「うん。それどころか、名乗るのも初めてかも」
「はあ?」
嘘付け。
普段なら即座にそう言い返していただろう。
そうしなかったのは、嘘に見えなかったからだ。
少女は腕を組んでしばらく考えた後、
「うん、決めた。
私の名前は――ディルンウィン。そう呼んでくれ」
ディルンウィン。
音に聞く炎の剣。
赤い少女は、自らをそう名乗った。