駆け出し弓兵、炎の大剣を振るう少女とパーティーを組む 作:名もなきWater
俺達はどこまでもいっても所詮人間だ。
ドラゴンなんて上位種に真っ向から太刀打ちできるはずもない。
そんな俺達が勝つ方法?
そんなもの、決まっている。
放たれた矢が寸分の狂いなく、そこを射抜く。
眼。
おおよその生物、活動の起点。
なんであれ、視て動く生物は例外なく、眼が起点となる。
竜が苦悶の雄たけびを上げる。
木端に過ぎない自分達から、ここまでの痛手を受けるとは思わなかったのだろう。
「飛ぶぞ!」
女剣士の声が届いた。
竜は翼を大きく広げ、羽ばたく。矢が届かない距離へ避難するためだろう。
それでいい。
それが狙い。
地を這う俺達にとって、大空は不可侵の領域。
だからこそ、精神的な隙が出来る。
もう一つの矢を番える。
先端の鏃には、赤い魔力が灯っている。
第二射を放つ。
放たれた矢は彗星のように空を駆ける。
高度を増した竜にはかろうじて届かない。
翼の羽ばたき、荒れ狂う気流によって彗星は停止した。
――上位種たる龍。
天空の覇者を狩る方法は一つ。
奇襲だ。
次の瞬間、赤い閃光が空を覆った。
矢に灯った魔力が行き場を失い、破裂したのだ。
一瞬遅れて、竜の叫びが木霊する。
想定外の爆撃を受けた竜が体勢を崩す。
しかし、それで終わり。墜落には至らない。
――化け物だ。
女剣士の込めた渾身の魔力をまともに受けて、なお揺るがない。
天空の覇者の異名は伊達じゃない。
けれど、望むところ。
そうでなければ、彼女に無理をさせた意味がない。
こちらにはまだ、十を超える魔弾がある。
第三射。
魔力の矢を番え、放つ。
二度目の爆撃が竜を襲う。
第四射。
第五射。
第六射。
動きを読み切り、その行き先を塞ぐように魔弾を放つ。
竜の咆哮が轟く。
残されたもう一つの眼が、射手を捉えた。
苛立ちと殺意。
未だかつてない重圧に、全身が硬直した。
十秒先の死を見つめる。
口か。牙か。翼か。尾か。
なんでもいい。ヤツは全身が凶器だ。どんな攻撃であれ、俺は跡形もなく吹き飛ばされ、絶命するだろう。
だがそれでいい。
ヤツは今、俺を視ている。
「――捉えた!」
爆発する。
空中ではなく、地上。
大剣を携えた剣士が、空を舞う。
――化け物か。
女剣士は魔装具を顕現させ、思いっきり跳躍したのだ。
地形が変化するほどの膂力。
土煙を舞い上げ、第二の彗星が空を昇る。
竜が気づく。
だが、既に遅い。
頭上には、
太陽のように輝く、必殺の刃がそこにある。
◆
――墜落する。
爆撃じみた一撃を脳天に受け、天空を制する王者は地へ落ちた。
土煙が舞い上がり、視界は一瞬にして茶色一色に染まる。
その中から。
「おーい」
場違いなほど呑気な声が、俺を呼んでいた。
燦燦と輝く魔装具を照明にしながら、忙しなく手を振っている。
こちらも片手を上げて、それに応えた。
「お見事。流石の腕前だ、レイン。私の目に狂いはなかったよ」
ディルンウィンは小さく笑いながら、俺の背中をぽん、ぽんと叩いてきた。
「げほっ、げほっ……いや、運が良かっただけさ」
土煙に咳き込みながらも、彼女の労いを受け取る。
自然と、自分の顔にも笑みが浮かんでいた。
ディルンウィンが言っていた勝算とは、弓と魔装具による連携攻撃だった。
あらかじめ、彼女の魔装具によって矢に魔力を充填しておく。
つまり、魔力の爆弾だ。
長距離狙撃によって翼付近まで爆弾を運び、魔装具による遠隔操作で起爆。
体勢を崩した竜を、今度は魔装具そのもので切り伏せる。
この策は、魔法使いでは成り立たない。
魔装具で魔力を充填する媒体が、ただの矢でなければならないからだ。
仮に魔法使いだった場合、魔装具の魔力と狙撃用の魔法を組み合わせる必要がある。
新米の俺達は勿論、上級の魔法使いだってできるか分からない。
「謙遜謙遜。あれだけの精度の狙撃、初めて見たよ。どうして入団試験に落ちたのか不思議なくらい」
「それはこっちの台詞だ。
ドラゴン相手に大立ち回りできる腕前があって、どうして試験に落ちたんだ?」
「ああ、だって……全部、この子のお陰だからね」
そう言ってディルンウィンは、炎の大剣を地面に突き刺した後、労うようにポンポンと叩いた。
ドラゴンと一戦交えた後でも刃毀れ一つない。むしろ、持ち主に呼応して輝きを増しているように見える。
……そういえば、あの試験官もこれを見て驚いてたな。
「私がドラゴン相手に戦えたのは、全部この子が力を貸してくれたお陰。入団試験では使わなかったんだ」
「そうなのか。でも、なんでだ。
その魔装具なら、剣術試験も魔法試験も難なく突破できただろうに」
斥候試験では最低評価を受けそうだが。
「だって、私以外に魔装具を使ってる冒険者がいなかったから。そもそも使ったら駄目なのかって。
まあでも、結果的には良かったと思ってる。
その見落としのお陰で、アンタとドラゴン退治ができたわけだし」
「……そっか」
変わった女剣士もいたもんだ。
「さて、と。戦利品戦利品」
ディルンウィンは、腰から一本のナイフを取り出した。
魔物から素材を剥ぎ取るための万能ナイフ。冒険者の必需品だ。
「ああそうだ。ついでにアンタの弓も新調したら? ドラゴンを素材にした装備って、結構すごいんだろ?」
「遠慮しとく。面倒事が増えそうだ」
冒険者として名が売れるのは嬉しいが、ドラゴン退治の専門家、みたいに勘違いされたら困る。
こんな大冒険は、たまにでいい。
「――ん?」
ふと、ディルンウィンが立ち止まった。
「? おい、どうかし――」
「止まれ」
切迫した声に、思わず足を止めた。
彼女の瞳は、未だ止まない土煙を射抜いている。
それに釣られて、自分もまた土煙を見た。
茶色一色、砂の霧。
その向こうには、巨大な竜の死骸があるはずで――
――本当に?
本当に、そうか?
漠然とした予感。
呼吸の音。
肌を潰す重圧。
意識を研ぎ澄ますほど、予感は確信に変わっていく。
「――――」
少女が剣を構える。
彼女もまた、同じことを考えたのだろう。
煙が止む。
宙を漂う土の霧。
その向こうには――
「――人?」
一見すると、人の姿をしていた。
黒い衣を纏った女性。
いや、よく見ると違う。
角がある。
尾がある。
そして何より――あの眼。
人の世を遥か高みから見下ろしてきた者だけが持つ、静かな強さがあった。
だが今は、片方が閉じられている。
目から頬を伝い、顎にかけて血が流れていた。
煙の中から現れた女性。
負傷した目。
――思い当たる節は、一つだけだった。
あれは。
あれは、俺がやったのか……?
「来るぞ!」
隣から、裂帛の声が響く。
それとほぼ同時に、女性の足元が爆ぜた。
舞い上がる煙を切り裂き、一筋の閃光が走る。
一瞬遅れて、女剣士の足元が爆ぜる。
炎を灯した刃が、大地を疾走する。
「はっ――!」
交差する鋼。
衝撃で火花が散り、漂っていた土の幕は一気に晴れ上がった。
女性の獲物はレイピア。
突きを主体とする細身の剣だ。
そして。
それを手にした女性の顔には、好戦的な笑みが張り付いていた。
「っ――!?」
正確無比な突きを、炎の剣が迎え撃つ。
一息の間に繰り出される連撃。そのどれもが急所を狙う必殺。
剣については齧った程度だが、それでも分かる。
あれは、レベルが違う。
冒険者たちと比較しても、間違いなく最強クラスだ。
だが女剣士は、それらをかろうじて凌いでいた。
斬撃の応酬に応じて、魔装具は徐々に焔を帯びていく。
突出した魔装具の恩恵か。あるいは、相手が様子見に徹しているのか。
「っ――らぁっ!」
一際大きな斬撃の後、両者が距離を取った。
ディルンウィンは肩で呼吸している。
対して女性は、目こそ負傷しているものの、呼吸の乱れはない。
剣を交えて一分も経たないうちに、実力差は明白になった。
さっきまでの竜はどこに消えたのか。
あの女性は何者なのか。
……疑問は尽きない。
けれど、確かなことが一つ。
あれは強い。おそらくはドラゴンよりも。
今は――ディルンウィンを連れて、この場から逃げなければ。
「――――あ」
思考が読まれた。
そうとしか思えない瞬間だった。
流れる黒い髪。
その下から、宝石のような深緑の瞳が、俺を捉えていた。
土が爆ぜる。
止まっていた時間が動き出したかのような錯覚。
女性は鋼の刃を手に、俺に目掛けて加速した。
「くっ――!」
反射的に、腰に備えていた剥ぎ取り用のナイフを引き抜く。
だが。
それを嘲笑うかのように、ナイフが弾かれた。
些細な抵抗すら許されない。
否、抵抗ですらない。
この女にとっては俺如き、敵ですらないのだ。
「――オイ」
「!」
女性の顔から笑みが消えた。
彼女の隣には。
煌々と燃え盛る、焔があった。
炎の一撃が放たれる。
女性の身体が、爆ぜるように吹っ飛ばされる。
――好機だ。
矢筒から魔弾を取り出し。
番え、放つ。
狙いは女性ではなく、その着地地点。
鏃が地面に深々と突き刺さった、その直後。
女性の姿は、再び爆炎に飲み込まれた。
◆