駆け出し弓兵、炎の大剣を振るう少女とパーティーを組む 作:名もなきWater
◆
「はぁ……はぁ……流石に、撒いただろ……」
一目散に逃げ帰った俺達は、山脈の麓の村で一息ついていた。
ドラゴン退治というから、それなりの覚悟はしていたが、あれは想定外過ぎた。
まさか、剣術の達人と一戦交えるとは。
「これは、討伐失敗だな」
息を整えて、空を仰ぎ見る。
竜種。
生態系の頂点。
空を支配する者。
やはりというべきか、新米冒険者に敵う相手ではなかった。
「ちょっと待て。その判断は大いに意義ありだ。ドラゴンはちゃんと倒しただろ」
「倒してないよ。多分だけど」
「その根拠は? 私が最後にぶった切ってから、ドラゴンの姿は見てないはずだ」
「見てないから駄目なんだ。
討伐にせよ撃退にせよ、そう判断できる材料がないと」
例えば、竜の角を剝ぎ取って持ち帰るとか。
もっとも、それは絶対に不可能だろう。
先程の、黒ずくめの女性を思い出す。
透き通るような翡翠の瞳。あれに睨まれた恐怖は、未だに残っている。
女性は片目を負傷していた。
あれをやったのは、おそらく自分。
ドラゴンの目を狙撃した、あの時だ。
根拠はない。
だけど――
自分達を襲ってくる、片目を負傷した者。
この条件に当て嵌まるのは、俺達しかいない。
人間に姿を変える竜。
常識外れだが、そもそも相手は竜種だ。
こっちの常識が通用するとは考えない方がいい。
「ということは……ドラゴンの素材を拾いに、また山を登るのか?」
「そういうことだ」
より正確には、痕跡を探すことが目的となる。
今回のクエストは討伐じゃない。撃退、ないし討伐だ。
この山を去った、あるいは住処を変えたと判断できる材料があれば、クエストは達成となる。
仮になかったとしても、何かしらの竜の素材を持って帰れば、最低でも一戦は交えたと判断され、最低限の報酬は貰えるはずだ。
「……いや、待てよ?
このクエストって、報酬あったか……?」
「? どうした、今更。
ないぞ。
これはクエストじゃなくて、実力試験だからな」
「――――」
ああ……そういえばそうだった。
もう一度空を仰ぎ見る。
日は既に傾いている。人間の時間は終わりを告げ、夜行性の魔物が活動を始めるだろう。
「……明日だ、ディルンウィン。
今日はこの町で宿を取って、明日また山を登るぞ。
このままじゃ骨折り損、儲けゼロだ。何が何でもドラゴンの素材を持って帰る」
目的地は、さっき戦った場所だ。
あの辺りの痕跡を探れば、何かしら残っているはず……
「……ごめん」
「――――え?」
一瞬、自分の耳を疑った。
振り返ると。
少女は、頭を下げていた。
燃え盛るような赤い髪は、どこか燻っているようにも見えた。
「えっと……どうしたんだ、急に」
「勝算はあるって無理に誘っておいて、結果はこのザマだ。
ドラゴンは倒しきれなくて。
あの女には圧倒された。
……お前は凄くいいヤツだ。でも、だからこそ……迷惑かけたかなって」
「…………」
俯いたまま、ディルンウィンは顔を上げようとしない。
……ああ、そうか。
疲れてるんだ、こいつは。
ドラゴンとの戦いだけじゃない。
ここに来るまでの道中も、ずっと気を張り続けていたのだろう。
「とりあえず宿を探してくる。適当に休んでてくれ」
「なっ……! オイ、待てレイン!
私は真剣に――」
「らしくない」
「……え?」
思わず、といった様子でディルンウィンが顔を上げる。
「気落ちするのは分かる。でも、そういうのは終わってからにしよう。
クエストは続いている。俺達は負けていない。ならまずは、やるべきことがあるだろう」
「やるべきこと……?」
「ああ。腹が減っては戦はできぬ、ってな。
……誰のせいでこうなったとか、誰のおかげだとか、そういう話は後にしよう。
まずは、きちんと決着させよう。このクエストを」
勿論、振り返りは大事だ。
何が悪かったのか。何が足りなかったのか。
それを考えることは、次に繋がる。
でも、今はその時じゃない。
まだクエストは終わっていない。
ディルンウィンにはまだ、剣を振るってもらわないと。
「……そう、か。そうだな。
なら、まずは酒場だな。いい加減空腹で倒れそうだ」
赤い少女はそう言って、再び顔を上げて歩き始めた。
……案外、真面目な性格らしい。
ディルンウィンに非なんて、殆どないだろうに。
ドラゴンとの戦いは概ね上手くいっていた。
失敗したのは、人型との戦いだ。
あの時、俺達には幾つか戦い方があったはずだ。
最適解を取れなかった俺にも非はある。
次の策を練るために振り返るのはいい。
でも、いたずらに戦意を削ぐのは良くない。
「ま。なんにせよ、まずは腹ごしらえか」
赤い少女の隣を歩く。
その歩みは、少しだけ大きくなっていた。
「いいパーティーですね。あれほど見事な連携を見たのは久しぶりです。
ところで。ドラゴンの素材とは、こういったものでよろしいのでしょうか?」
「ん?」
後ろから呼び止められ、振り返る。
「――は?」
そこには、信じがたいものがいた。
「――んな!?」
全く同時に、隣からも声が上がる。
無理もないことだ。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
黒曜石のような黒髪は長く、左右へ大きく跳ねた髪の合間から、まるで角を思わせる一対の突起が覗いている。
細身の眼鏡の奥には、冷静で理知的な翡翠の瞳。
ただし、片方だけ。
怪我でもしているのか、もう片方の瞳は瞼に隠されていた。その頬には、痛々しい血流の痕が残っている。
――忘れるわけがない。
あの時俺を見た、透き通るような眼だ。
しかし。
あの時感じた印象とは、全くの別物だった。
武人めいた気迫は鳴りを潜め、柔らかな雰囲気を纏っている。
「あのう、どうかなさいましたか?」
「ああ、いえ――」
こちらの反応に困ったように、女性は首を傾げる。
よく見ると、彼女は給仕服を纏っていた。
黒と白を基調とした古式ゆかしいもの。
俗にメイド服と呼ばれるものだ。
雰囲気が違うのは、衣服のせいでもある……のかもしれない。
「どうかなさいましたか、じゃない!
ついさっき私達を殺そうとしたヤツが何言ってんだ!」
「申し訳ありません。あれもクエストの一環だったもので。
それで、そちらの弓兵様?
ドラゴン退治の証明には素材が必要、とのことでしたが……こちらでいかがでしょう?」
そう言って、女性は自分の手の平にあるものを置いた。
竜の鱗だ。
黒くて艶があり、美しさすら感じる。
野生・生命の鼓動を感じられる逸品だった。
注目すべきは、戦闘の痕跡がないということ。
これであれば文句はないはずだ。
仮にあったとしても、この鱗自体が鍛冶屋に高値で売れるだろう。今回のクエストの報酬としては十分過ぎる。
「よかった。その顔を見るに、十分なようですね。それでは、こちらをギルドに納品してください」
またもや、信じがたいものを見た。
獲物を狩る、狩人のような瞳。
それが今……にこり、と。
俺の目の前で、綻んだのだ。
「それと、一つ訂正を。
俺達は負けていない、とおっしゃいましたね?
違います。あなた方は勝利した。ドラゴンを撃退したのです。負傷したこの目と、脳天に受けた傷がその証拠。
胸を張って山を下りるといいでしょう。ギルドにてお待ちしております」
◆
山脈から戻った俺達が『ドラゴンテイル』の門をくぐった時には、すっかり日が暮れていた。
見慣れた石造りの建物。
受付には何人もの冒険者が並び、酒場からは笑い声が聞こえてくる。
――帰ってきた。
たった一日の出来事だというのに、妙に懐かしく感じる。
「よーう、お疲れさん」
聞き覚えのある声に振り返る。
「そういう顔してるってことは、上手くいったみたいだな。ドラゴンの『撃退』」
青いローブを纏った魔法使い。
以前、入団試験を担当した試験官だった。
「よくやったよ。あのクエスト、何年も誰も達成してなかったからな」
そう言いながら、ちらりとディルンウィンを見る。
「まったく、とんでもねえ新人が入ってきたもんだ」
「そっちこそ。最初から分かってたみたいな顔してるじゃん」
「さてな」
意味ありげに笑う試験官。
……何なんだ、この人。
「それより、素材を納品してこい。クエストの処理が終わらねえと、正式な手続きもできねえだろ」
「ああ、はい」
腰に括り付けていた袋を取り出す。
中身は、竜の鱗。
あの戦いの証拠であり、戦利品だ。
俺はそのまま、クエストの受注口へ向かった。
「――あ」
受付の前には、見覚えのある女性が立っていた。
艶のある黒髪。
細身の眼鏡。
そして、黒と白を基調とした給仕服。
――メイド。
傷ついていた目は、完全に治っている。
血で濡れていた頬にも、傷一つない。
隣を見ると、ディルンウィンもまた目を見開いていた。
「お帰りなさいませ。大変長らくお待ちしておりました」
女性は、にこりと微笑んだ。
まるで、何事もなかったかのように。
「それでは、クエストの達成確認をいたしましょう。ドラゴンの素材をお持ちのはずですね?」
「あっ、はい」
勝手に話が進んでいく。
まるで最初から、何もかも決まっているかのように。
袋から鱗を取り出す。
女性はそれを受け取ると、しげしげと眺めた。
「……確かに。間違いなく、ドラゴンのものですね」
「これで、撃退扱いになるのですか?」
「ええ、勿論です。
お二人は、見事にクエストを達成されました」
女性は力強く頷いた後、柔らかく微笑んでくれた。
「……そう、ですか」
その言葉で、胸の奥からふっと力が抜けた。
……絶対に無理だと思っていた。
新米冒険者が、ドラゴン相手に戦えるわけがない。
実際、戦いにすらなっていなかっただろう。
目の前で微笑む女性を見つめる。
狙撃したはずの目は、どちらも俺を見つめている。
脳天を砕いた痕は、影も形もない。
そんな超常の存在が、こうして目の前で笑っている。
全部、ギルドの手の平の上。
だからこその入団試験、ということか。
「やったな、レイン。
でも、ここからだ。
私達は門の前に立っただけ。冒険の一歩目すら踏み出せていない」
「……確かに。とんでもない門番もいたもんだ」
女性は変わらず、にこにこと笑っている。
この人は多分、分かっててやってるんだろうな。
いや。人じゃなくて、ドラゴンか。
「それじゃあ……これからもよろしく頼む、ディナ」
赤い少女に手を差し出す。
が、握り返されることはなかった。
「……ディナ? なんだ、それ」
「あー……ほら、ディルンウィンだと長いだろ? クエストだと、一瞬の遅れが命取りになる。
だから――“ディナ”。
音にすれば二文字だ。呼びやすいし、間違えない」
「ふーん……ディナ、か」
赤い少女は、しばらく考え込んだ後。
「――うん。悪くないな。
なら、私はディナだ。これからもよろしく、レイン」
ディナは炎のような不敵な笑みを浮かべ、俺の手を握ってくれた。
――炎のような少女だった。
きっとこれからも、俺はこの炎に振り回されるのだろう。
◆