Ⅻ:デッド・オア・アライヴ
結衣さんが出て行ってから数時間、辺りは夕日が沈み、幻想的な雰囲気を見出している。
私、ルイズと彼女、アリスの間には、特に交友関係はない。というか、単に有名だから知っているだけ。
彼女は、今や魔界の誰もが知っている有名人。女王に逆らった反逆者。女王はあまり気にしていないようだけれど、魔界の人間は、彼女を激しく憎んでいる。彼女を魔界の民衆に放り込めば、肉片と化すのは時間の問題かもしれない。
もちろん、彼女もそのことはわかっているだろう。彼女は、ナイフを両手に持ち、自分の目の前に立てている。
敵の手にかかるくらいならば、自ら生を断つ。それが、魔界の人間の掟だ。腐っても、彼女には魔界人としてのプライドはあるようだ。
でも、死なせてあげない。彼女のプライドをズタズタに引き裂き、魔界の兵士ではいられなくなるほどの衝撃を与えて、彼女をただの木偶人形にしてしまおう。
そう考えた私は、彼女をそれにすべく、一人の男の名前を挙げた。
「ねえ、アリスさん。確かに、貴女の行為は死に値します。ですが、貴女は死を、軽く考えすぎている。貴女がそんなことをしたら…もう、彼に逢えないのですよ?」
「そんなことは無いわ。神綺には、私の、地に伏した屍を捧げる。それに、彼って誰よ。悪いけれど、私に最愛の人間など…」
「レイクロク・マーガトロイド。彼が悲しみますよ?」
私がその名を口にすると、彼女は目の色を変え、絶句した。やはり、噂は本当だったようだ。まあ、彼本人が言っていたのだし、間違いな訳が無いのだけれど。
「どうして、どうして貴女がレイクロクのことを知っているの?」
「知っているも何も、彼は私の友人です。そして、貴女の友人でもある。ふふふ、私と貴女、もし貴女が道を外さなければ、仲良くなれたかもしれませんね。そうそう、友人ではありませんが、貴女の友人のことなら、ある程度知り合いは居ますよ?例えば、博麗靈夢と言う神官や、霧雨魔理沙と言う少女、それに、風見幽香と言う妖怪も、貴女の友人なのでしょう?」
「う……くそ、こうなったら!」
アリスは、自分の腹にナイフをあてた。しかし、彼女の両腕は、それ以上動かなかった。
彼女の両腕は、死にたくない、とでも言うかのように震えていた。先ほどの言葉が、よほど効いたのだろうか。いや、彼女自身、もう魔界人としての誇りなど、形としてしか残っていないのかもしれない。
幻想郷の人妖やトウキョウの人間に毒され、彼女は、既に心の九割は幻想郷の住民なのかもしれない。死を恐れ、人間や妖怪と間抜けに生き、常に博麗の神官に守られる愚か者。
まあ、それもまた一興か。
「かなしー、アリスがこのままじゃ死んじゃうわー。なんて。早く死なないのですか?」
「うるさい…貴女の言うことなんて、聞かない…どうして、どうして動かないの!?こんなに殉死したいのに…どうして…こうなったら、腕でも良い!リストカットして…」
「おやめなさい。」
アリスが右手でナイフを握り直し、左手の付け根を裂こうとすると、その右手を、氷のように冷たい瞳をした少女が握って止めた。
アリスは、その右手を握った少女を見て、驚愕した。少女は、そのアリスの顔を見て儚く笑い、アリスの顔に手を翳した。
「この館で、そんな品のない心情で死なないでちょうだい。ごめんなさいね、ナチュレから聞いたわ、私のせいで、貴女にも魔理沙にも、迷惑をかけたようね。」
彼女の手から冷気が発されると、アリスは目を閉じ、その場に倒れた。
「あなたかしら?アリスに、このような品のない死に方をさせようとしたのは。」
「申し訳ございません、チルノお嬢様。罰は何なりと。」
「まあいいわ、それよりも、トウキョウからの来客が居るようね。扉の向こう側に居るのかしら、出てらっしゃい。」
チルノお嬢様がそう仰ると、結衣さんが扉を開け、その場に現れた。
私がやっとの事で部屋に戻り、扉を開けると、そこにはルイズさんと、リディ様と同じく、氷のような眼を持った少女、それから、人形のような表情で眠るアリスさん。
魔法学園の生徒の間では、アリスさんは、実は人形そのものではないのだろうか、と言う噂が囁かれている。実際にはそんなことは無いのだが、今の彼女の寝相からは、その噂が誠であるかのように感じる。
今の彼女は、本当に美しい。
「ごめんなさいね、私がやったの。彼女の自殺願望が、実に穢れていたから…」
アリスさんが自殺?まさか、アリスさんが死んだ?本当に、人形のように動かなくなった?
私は考える前に、アリスさんの元に駆け寄り、脈拍を確認した。
大丈夫、脈拍はある。気を失っているだけだ。私はその事実に気がつくと、安心して、肩を落とした。
それにしても、何故アリスさんは自殺を図ろうとしたのだろうか。それを、その場に居合わせたルイズさんや、氷のような目をした少女に聞こうとすると、アリスさんは目を覚まし、まるで自分が寝たふりをし、全てを聞いていたかのように、それが、私達の掟だから。と小さい声で答えた。
「…どういうことですか。自殺することが掟って。そんな掟、誰が作ったんですか?」
「…そうね、あなたには、まだ何も話していなかったわね。ルイズ、離反者の言うことなんて聞きたく無いでしょうけれど、説明してあげて。私達が、どういう者なのか…」
私は、まだこんな状態だから。と言って、彼女はまた眠ってしまった。おそらく、氷のような彼女に、特殊な攻撃を受けた影響だろう。
アリスさんが倒れた後、ルイズさんは笑顔でよろしい、と答えた。
「結衣さん、私は、この世界や、あなた達の世界の者ではありません。魔界と呼ばれる、幻想郷の人間が忌み嫌う世界から来ました。」
「ルイズさんが魔界から来たのは知ってます。と言うか、この前教えてくれたじゃないですか。魔界には女神様が居てって話も…」
「はい、そうでしたね。そこはあまり問題ではありません。しかし、ここからが問題。実は、貴女の師匠たるアリスも、その世界の住民でした。しかし彼女は、魔界において、博麗の神官たる博麗靈夢と交わってから、変わりました。」
「アリスさんが、魔界の人間?そんな馬鹿な、彼女はずっと私達と居たんですよ?それに、何が変わったんですか?」
「彼女は、幻想郷に度々訪れるようになり、現地の人々との交わりも深くなりました。現地に行ったばかりの頃は、魔理沙と言う少女に本の強盗に押し入られ、神官の靈夢にも掃除役としてこき使われたにも関わらず、です。そして彼女は、我々の帰還命令にも従わなくなりました。彼女の力が加われば、幻想郷から魔界への侵入者も、捕らえられたかもしれないのに。」
私は、黙って彼女の話を聞いた。ルイズさんに伝えたいことを心の中に封じ込め、ただひたすら。
「そして彼女は今日、命令に従わぬ反逆者として有名になりました。そして、彼女を捕らえるよう、魔界から放たれた刺客である私達は放たれ、各世界に潜伏していました。私の身の上はこんな感じですかね。因みに、トウキョウにはユキ、イナバには夢子、邪気世界にはサラ、メトロにはマイが潜伏していたのですがね。えっと…何の話でしたかね。」
「…何故、死ぬことが掟か。です。でも、何となくわかりました。それが、その女神様が定めた法。ですよね?」
「はい。大正解です。」
なるほど、魔界の女神様にとっては、人間なんか所詮は道具。使えなくなれば、自ら死ねと言って死なせれば良いのか。
私は人間だから、神の思考など理解できない。いや、理解したくもない。どうせ、自分が作った命だから、どうするのも自分の勝手だとか、そんな感じだろう。反吐がでる。
「何で、魔界の人達は、アリスさんみたいに、女神様に逆らわないのですか?そんな残酷な女神を、何故信仰するのですか?ルイズさん達は狂ってます、私にはそう見えます。」
私が彼女にそう言って詰め寄ると、彼女は私の眼を見て、幼いのね、とでも言うかのように上品に嘲り笑った。
「好き勝手言ってくれますね。まあ、そういう人、嫌いじゃないですけどね。まあ、貴方には関係のないこと。忘れなさい。」
「忘れません。絶対に。どのようなものの命であろうと、命は宝です。どんなに汚くなっても、どんなに恥曝しになろうと、それでも生きなきゃダメなんです!」
私が彼女に怒鳴ると、側で眠っていたアリスさんは瞳を開き、精神が半分壊れたような顔で私を見て、今私が言った、どんなに汚くなっても、どんなに恥曝しになろうと、生きねばいけないと言う言葉を、小さな声で口ずさみ、繰り返した。
ルイズさんはそれを見て、クスッと笑い、そんなに生きることを宝と見るのならば、そこに居る、私達の主に述べてみよとだけ言い残し、扉を開けてその場を去った。
その声に応えるかのごとく、椅子に座り、紅茶を手にする、氷のような少女は、紅茶をティーカップに置き、私とアリスさんの元へ近づいた。
「ごきげんよう、血郷結衣。私の名前はチルノ・ブリザードセル。貴方達には、随分と迷惑をかけたようね。」