樹海を数日歩き抜けると、そこには歪な世界が広がっていた。
キノコの屋根、それを覆いつくすような巨大な木々。そして、遥か遠くに聳え立つ、血のように赤い城。
樹海には、ドラゴンの咆哮が響き渡っていたが、今度はそれとは違う恐ろしさを持った、様々な人々の話し声が聞こえてくる。まるで、誰もが自分の悪口をしているかのような気持ち悪さだ。
本当にそんな気がして、耳を澄ませていると、ルイズさんに肩を叩かれ、誰かに見張られている。いつでも戦える準備を。と囁かれた。
ルイズさんに言われた通り、数分後、私は森の奥から、誰かの殺気を感じた。臨戦態勢に入ると、森の奥から、お前達は、どこから来た!と言う女性の声を聞いた。
その直後、森の奥から、トランプの鎧を着た無数の兵と、赤いドレスを着た、女王らしい女性が姿を見せた。
「…樹海の向こうから来ました。」
私はそう答え、臨戦態勢を緩めなかった。女王は、私の回答に答えず、ただ私達をじっと見下した。まるで、余所者か。と嘲笑うかのように。
女王は、非情なほどに冷たい。私はなんとなく、そう感じた。私は、王様などは今まで、おとぎ話やゲームの中でしか出会ったことはないが、女王とは、これほどに冷たい人間なのだろうか。
ここが女王の国ならば、私達は、不正入国者かもしれない。私は、このまま殺されてしまうか、一生開かない鉄格子の向こう側へ連れて行かれるかもしれぬと言う恐怖感から、女王の眼をこれ以上見られなくなり、ルイズさんや他の仲間を見渡した。
しかし、その行動が私を落ち着かせる物ではなく、むしろ、余計に心配にする物だとは、思ってもみなかった。
アリスさんと、サニー以外の三月精が居ない。どこかで逸れたのかもしれない。そう思うと、余計に私の心臓は激しく脈をうつ。
「…首をはねよ!」
数分間の沈黙の末、女王の命令と共に、数多のトランプ兵が私達めがけて飛びかかる。あまりに突然であったので、まるで意味が解らずに、しばらくは身体が硬直してしまう。その隙にと、兵士は私の身体に手を触れ、槍を私の首に当て、突き刺そうとした。
もうやられる。そう思ったのも束の間。私は、私を掴んでいる兵士の腕から、力が抜けていくのを感じた。
よく兵士を見てみると、彼らは背中から血を流し、その場に倒れていた。
その兵士だけではない。女王についていた兵士、その全てが、同じようにして、動きを止めている。
一体何が…そう思って周りを見ると、右手を血に染めた、金髪の女性が、その右手をハンカチで拭いていた。
「…ルイズさん?」
「はい。やっぱり、女王には威厳のある余裕と、にこやかな笑顔が必要ですね。あなたには、それが足りません。女王が弱ければ、兵士など、動くステーキですね。やはり、我らが女王…神綺様に敵うような女王など、そうはいらっしゃいません。」
女王は、目の前の光景を、信じられないと言うような表情で見ていた。そりゃあそうだ。あれだけ強そうな兵隊が、一瞬でこんなになったら、言うこともなくなる。
「さて…あとは首だけですかね。」
「お…お前は一体…くそ、無名な娘に、一度とならず二度までも…!」
女王は、空中に輪を描くと、その場から姿を消した。
血を流した兵隊達も、私が気づいた時には、その場から消えていた。私は、それを唖然として見ていたが、数分して、ルイズさんが行った、目の前で起きた悲惨な出来事に気づいた。
「ルイズさん…なんてことを…」
「なんてこと、とは何ですか。やらねば、今頃私達がミンチでしたよ?それより、彼女の援軍が駆けつけたら、大変なことになりますね。ここは一旦、引きましょう。」
ルイズさんは、私の言葉を軽くかわし、私の腕を引っ張り、サニー達と共に、きのこの木々を押しのけ、城と同じ距離を置きつつ、すぐそばの小屋の前まで走り出した。
私の腕を引っ張る右腕には、まだ兵士の血の匂いが残っていた。そして彼女の白い服には、返り血がこびりついている。
いくら兵士だからとは言え、こんなに血を浴びていて、平気でいられるものだろうか。そのことを彼女に聞いても、いつものことですから、と、また軽くあしらわれてしまった。
駄目だ、気が狂っている…そう呟くと、どこかから蝶が飛んできて、この程度で気が狂っていると言うのならば、君はこの場所では生きていけない。と話しかけてきた。
蝶と言えば、アクアフィルムのような、美しい姿が特徴的であるが、この蝶は、そのような特徴が全くない。
タバコを口にくわえ、見た目は老人のような姿だ。
「それよりお前達、この先に何があるか、知っているのか?」
「いえ、知りません。」
当然だ。私達は、この場所には来たばかりだ。どこに何があるかなど、まるで知らないのだ。
「そうか。ならば、何故その場所に行こうとしている?」
「追われているのです。この国の、女王様?らしき人に。」
「そうかい。あの女王は気をつけな。キチガイだからな。気に入らないと、すぐに首をはねよ!だからな。恐らく、お前達も首をはねよ!とか言われたんだろ?なら、気をつけな。お前達が行こうとしている場所には、キチガイが住んでいる。まあ、この国の人間は、みんなキチガイだがな!」
蝶は、それだけ言うと、私達とは反対方向に飛び去ってしまった。
カエルの公爵の家に、人の言葉を話す猫。目の前を通り過ぎる景色は、奇怪そのものである。確かに、あの蝶の言うように、この国は少し狂っているのかもしれない。
ルイズさんに腕を引っ張られてからしばらくして、それまで、全く口を開かなかったさとりさんが、話を蒸し返すようで悪いけれど、と、その重い口を開いた。
「確かに、貴女の言っていることも解るわ。でも、時には、他人への情けを捨て去ることも必要よ。自分が死んでしまったら、もう、苦しんでいる人間を、誰も救えなくなってしまうわ…もちろん、それに苦痛を感じるのは、当たり前のことよ。彼女、ルイズさんも、決して殺人快楽者ではないわ。きっと、私達よりも、ずっとずっと、危険な世界で生きてきたのよ…」
その後さとりさんは、兄からの受け売りだけれど。と付け加えた。
確かに、何もせずに、相手の身だけに全てを委ねてしまうのは、あまり命を大切に思う人間のすることではないのかもしれない。しかし、それで他人の血で身を清めることに、本当に意味があるのだろうか。
そんなことを考えていると、ルイズさんの、腕を引っ張る力が弱まり、腕が自由になった。
目の前には、小さな庭。それと、遠くから見えた、小屋が姿を現した。小屋は古く、樹木が少しずつ侵食してきている。
小さな庭には、タキシードを着た兎や、ハツカネズミ、それに、スーツ姿の金髪の青年が、仲睦まじく紅茶を飲んでいた。
まったく、すぐそばで人が殺されかけていたと言うのに、呑気な連中だ。
目の前の光景に、私は再び唖然としてしまった。とは言っても、先ほどの女王の時のような、泣きたいくらいの緊張感ではなく、逆にほっとしたような、そんな感じだ。
しかし、ルイズさんは、そんな私たちとは、まったく別の行動をとった。
目の前の、スーツ姿の金髪の青年の横に立ち、彼がルイズさんに気づかないしばらくの間、じっと彼を見た後、彼を殴りつけた。
「えっ…」
痛がる青年と、ひたすら殴り続けるルイズさん。私は、先ほどのさとりさんの言った教訓とはあまり関係ないが、すかさず彼女を止めにかかった。
正直、先ほどの彼女の腕さばきを見た後なので、無茶苦茶怖い。
「ちょっと!何するんですか!赤の他人ですよね!?さっきの女王からともかく、何で関係ない人を…」
「いえ、知り合いですよ。」
「そうですよね!知ってるわけないですよ…ね…え?」
彼女は、必死に止める私に、呆れました。本当に正義感がお強い方…と言わんばかりのジト目を披露した。
青年は、庭の草原に倒れ、目の前が見えないのだろうか。鼻血を流しながら、目の前の机を手探りに掴もうとして失敗し、ティーカップを一つ地面に落とし、その後、焦る兎とハツカネズミに助けられながら、机に体重をかけ、やっとのことで起き上がった。
「や…やあルイズ。久しぶり…でもないかな?どうしてここに?」
「…仕事です。私は、貴女と違って忙しいのです。」
「そ、そうか。また神綺様の命令かい?」
「いえ。バイトの方です。」
「そう。まあ、僕にとっては、どっちでも良いけれどね。そうだ、君達も、いつまでもそこに立ってないで、どこかに座りなよ。」
彼は、ずっと彼とルイズさんの間に立っている私と、さとりさんとサニーを手招きし、空いている椅子に座らせた。
彼は、ワインでも飲むかい?と私を誘った。喉が渇いていて、できれば、飲むと答えたいが、私は酒が飲めないので、丁重にお断りさせていただいた。
…ルイズvs女王は、なるべく残酷な描写を控えて書いたつもりです。グロテスクな描写のように見えたら、すみません。