東方吸血精   作:tesorus

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ⅩⅤ:不思議の国の、腐った英雄

私には、もう解らない。

 

何が正しいのか、何が間違っているのか。

 

どこから、私の人生は狂ったのだろう。私は、父親には、立派な魔界兵として勇敢に戦い、それでも勝てない時は、華やかに玉砕せよと言われ、育てられた。

 

全ては、神綺様の意志のもとに。女神の名の下に生まれし、勇敢な魔界の兵士。それが私であり、神綺様こそ我が全て。父親は私をそう洗脳し、異論を認めなかった。

 

それに関しては、父親だけから言われたではない。他の魔界の友人や、学校の教師からもそう言われた。恐らく、あのルイズと言う魔界兵も、その意志に従い、成長したのであろう。

 

しかし、母親からは、父親とは正反対に、常に自分や他人の身を案じ、仮に兵士となったとしても、常に敵味方問わず、全ての兵士を救うことができるように、最善を尽くせと言われた。

 

実際母親は、神綺様の元で魔界兵として配属されながらも、常に他人への慈悲を忘れなかった。彼女の元についた魔界兵はもちろん、敵兵すら、戦死した者は一人も居なかった。

 

彼女の兵士の誰しもが、敵の兵士から戦う意思を奪うような戦い方をし、敵兵全てを味方につけた。今はどうだか知らないが、私が魔界に居た頃は、彼女が私を育てるために職を辞した後でも、彼女の元を訪ねる兵士は後を絶たなかった。

 

私は彼女に、父親が言った、勝てない時は、華やかに玉砕すると言うことの正当性を問うたことがある。彼女は、それは誤りであると言い、勝てない時は、逆に命だけを守り抜けと言った。そうすれば、その命で誰かを救うことができるし、何より、わざわざ恐れている死を、自らの手によって迎える必要はないと言ってくれた。

 

私は当時、彼女の考えを嘲笑い、まったく理解しようともしなかった。数日前も、父親の言葉に従い、ナイフを突き刺して死のうとしていた。

 

しかし、今ならば彼女の言っていることが解る…いや、彼女の言葉に甘えたい気がしてならない。

 

私は怖い、死が。私の身体から、紅の液体が失われていくのが。

 

死んだら、どうなるのだろう。

 

そう言う時ほど、本来なら縋るべきはずの宗教は、まったく信じられなくなる。

 

死んだら、私はただの肉塊と化す。

 

腕の感覚が抜ける。そうすれば、人形を編めなくなる。

 

足の感覚が抜ける。そうすれば、もう走れなくなる。

 

首の感覚が抜ける。そうすれば、もう物を見たり、食物を味わったりできなくなる。

 

脳の感覚が抜ける。そうすれば、もう物を考えられなくなる。私と言う自我がなくなる。

 

それならば、一体私はどうなるのだろう。視界には何が映る。聴覚には何が聞こえる。触覚は、何を感じる。

 

「私」は、一体…

 

 

 

 

 

「ああああああああああああ!」

 

前方にはトランプの形をした兵士達と、赤い服を着た女王。背後には、傷ついたネズミの親子。

 

どうして、このような場所で戦っているのかは解らない。いや、知っていたけれど忘れたのか。

 

私は人形を展開し、持てる限りの力を振るって戦っている。兵士達は人形の攻撃を受け流し、勇敢に立ち向かっているが、彼らの表情は、まるで奇妙な物体を見ているかのように、恐怖を帯びていた。

 

「何だお前は!確かにお前は強い。だが、いや、それなら何故こんな戦い方をするんだ!」

 

「…ふん、堕ちたものね。これがあのアリスだなんて…敵ながら、残念だわ。」

 

そう、私は堕ちた。もうこれ以上戦っていても、勝てないことは確実だろう。兵士達が放つ槍を、私は全て避けているのだから。

 

兵士達の槍は人間らしくできていて、多少のリスクを追えば、避けながら兵士の懐までたどり着くことができるのを、私は知っている。

 

しかし、私にはそれができない。怖いのだ。兵士の槍が。

 

少しでも殺傷能力のある武器には、触れたくない。それが今の私だ。とは言っても、まだ完全に壊れきっている訳ではない。兵士が放つ槍、実に数百本の中の数本だけは我に返り、恐れを捨て、兵士を突き刺すまでに至る。

 

しかし、それは同時に、兵士の血を見ることを意味する。そうなると、当時は何でもなかった、自分が過去に負った古傷の痛みの記憶が身体を支配し、同時に、兵士が私を振り払おうと、振るった槍が身体のどこかに擦り、悲鳴をあげて倒れる。

 

これが今の私だ。向こうからすれば、私が複雑な心境で突き刺した手刀の傷など、傷と感じないほどだろう。だが、私からすれば、擦り傷一つすら、精神崩壊を起こしかねない致命傷。これで勝とうなど、不可能に等しい。

 

挙げ句の果てに吐いた言葉、それを聞いた彼女は呆れ、城に向かって去っていった。

 

「い…命だけは助けて…ください…」

 

ネズミの親子は、私達すら恐れ、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

私はアリスさんを探し、ひたすら走った。

 

嫌な予感がした。それまで尊敬の対象であったアリスさんが、何故か、大富豪ゲームの3の札のように、脆いものであるように思えてしまう。

 

確かに、彼女は強い。けれど、樹海へ入る前の彼女の眼差しは、明らかに、この世界に来たときの彼女とは違った。まるで、蛇に睨まれた蛙のような、実験台に貼り付けられたネズミのような、そんな臆病者の目であった。

 

数時間後、私たちは、その場にうつ伏せに倒れた彼女を発見した。

 

「アリスさん…何でこんな…」

 

私の言葉に対して、彼女の返答はなかった。彼女の目は、樹海へ入る前と同じような眼差しであった。

 

私は思った。もう彼女は戦えない。恐らく、今の彼女を見て、そう思っているのは私だけではないだろう。正直、私はもう、こんな彼女を見ていたくない。

 

≪忘れません。絶対に。どのようなものの命であろうと、命は宝です。どんなに汚くなっても、どんなに恥曝しになろうと、それでも生きなきゃダメなんです!≫

 

私は、こないだ自分が言った言葉を思い出した。そうだ、アリスさんは、死ぬことが自分達の掟であると言っていた。

 

あれは、絶対に間違っている。認めたくもない。しかし、もし、それが彼女の強さの秘訣だったのならば、私の発言一つで、彼女は変わってしまったのかもしれない。

 

それが原因で、彼女は臆病な人間になってしまった。本当にそうならば、私は何てことをしてしまったのだろう。

 

「アリスさん…ごめんなさい。私のせいでこんな風に…」

 

彼女から、返答はない。

 

汚してしまった。彼女の美しい眼を。私は自分まで訳が解らなくなり、もう何が何だか解らなくなってしまい、ただ泣き叫ぼうとした。

 

バシン!

 

その時、私の頬は、急に痛みを帯びた。血の温かさが、頬を包む。

 

平手が飛んできた方向を見ると、さとりさんが私を見下し、馬鹿なの?と私を罵った。

 

「こんな時に、あなたまで壊れてどうするの?そんなことをしたら、他のみんなまで困ってしまうでしょう?時空を超えるのならば、私が彼女の力を借りれば大丈夫。それに、ネクロシティにはレミィ達もいる。レミィ達も、きっと時空を超える力は持っているはずよ。」

 

でないと、この世界から幻想郷へ来れないからね。と彼女は付け足した。

 

そうだ。こんな敵の巣窟のような場所で、私まで壊れてどうするんだ。そんな事では、サニーや他の三月精、それに、さとりさんも不安にしてしまう。

 

「…はい。ごめんなさい。アリスさんは、もうダメみたいですね。スターさん、ルナさん。アリスさんの能力で、さとりさんが三人を幻想郷へ送り返すので、アリスさんを、幻想郷の霊夢さんの所まで連れて行ってください。」

 

ルナさんとスターさんは、私の頼みに、首を縦に振り、サニーに私達のことを頼んだよと言い、彼女を二人がかりで担いだ。

 

《時空用神人形「タイムスペース・ドール」》

 

人形が宙に舞い、魔法陣が三人の周囲に現れる。現れるのは、アリスさんがいつも魔法を使う時に構築する魔法陣だ。

 

魔法陣は、その人間が組み立てる方程式の癖や性格を汲み取り、その姿を表す。なので、別にアリスさんが魔法を使っている訳ではなくても、その魔法の構築の仕方がアリスさんと全く同じならば、魔法陣はアリスさんのものによく似るか、全く同じになる。

 

それは知っているのだが、別に、アリスさんが魔法を使っている訳ではないのに、アリスさんの魔法陣が出るのは、やはり違和感を覚える。

 

三人は、人形と共に、そこから姿を消した。

 

さとりさんは、彼女達を見送ると、近くの住民にネクロシティまでの船の船着場の場所を聞き、私とサニーの元に戻ってきた。

 

…本当に、これで良かったのだろうか。解らない。ひょっとしたら、私があんなことを言わなければ、あんな展開にはならなかったかもしれない。

 

いや、言わねばアリスさんは自殺していたのかもしれない。

 

解らない。けれど、過去を変えることはできない。変わった先の未来など、誰が知るものか。

 

いや、未来はあの時、変わったのかもしれない。まあ、そうだったとしても、元の未来は誰も知らない。

 

…知らない?本当に?いや、私は、本当は知っている?

 

これからの未来も、全てが終わった未来も、その先も?

 

そんなことを考えていると、早く行くよ、と言うサニーの声が遠くから聞こえた。

 

結局、その答えは出ないまま、声のする方へ私は再び走った。




次回から、吸血精最終章、血も涙も足りないネクロシティ編です。
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