ⅩⅥ:ニンゲンの楽園
船でワンダーシティを出てから数時間すると、まるで中世にタイムスリップしたかのような、西洋風の街が姿を現した。
ここがネクロシティ。リディ様がおっしゃっていた、ニンゲンの王国。街には、中世風の服装をした人々が歩き、馬車などが物凄い速さで通り過ぎる。
しかし、そんな優雅な街並みの中には、武装した兵士も見られ、街をパトロールしている。恐らく、吸血鬼などの襲来に備えているのだろうか。
船はその後、数分で港に着いた。
船員に礼を言い、ネクロシティの地に足をつける。
街はもう夕方になっていて、ブラッド・ワールドと言う名前が似合う、赤に光る街となっていた。中心には、あのブリザードセル城にも劣らないほど巨大な城がそびえ立つ。そしてその下には、城下町が栄えている。もう辺りも暗くなってきたので、ランプで明かりを灯している建物もちらほら目立つ。
ここが、ネクロシティ。ニンゲンの王国。リディ様は、人間の恐ろしさを見てこいと言ったが、街の佇まいを見ながら、周囲を散策していても、そんな恐ろしさは見当たらない。ひょっとして、彼女の単なる思い込みなのかもしれない。初めはそう思った。まあ、辺りを監視している兵士が怖いと言えば怖いが。
しかし、彼女が話した意味を、私はすぐに知ることになる。
私は、足元に何かの違和感を覚えた。何かの肉を踏んでいるような、そんな感じの違和感。
不意に下を見て、私はぞっとした。それは、紛れもなく、誰かの死体であった。死体には首がなく、幾つもの矢に打たれた後。
横たわる死体。それは、この死体だけではなかった。辺り一面が死体の山だ。しかも、更に恐ろしいのが、その死体には見向きもせず、その上を歩く人間達。
異様だ。この街では、死体が転がっていることなど、日常茶飯事なのだろうか。
処刑したにしても、埋葬くらいはするのではないのか。このネクロシティと言い、アイスバードシティと言い、やはりこの世界は狂っている。どうせ、街の人間にそれを聞いても、チルノさんと同じような回答をするのだろう。
街の公園の中心には、血を吸いすぎて、刃が赤く染まったギロチンがあった。かつてこのギロチンで、どれだけの人が殺されたのだろう。そう考えるだけで、鳥肌が立っていた。
そんなことを考えながら街を散策していると、私達は、気づけば、この街の兵士達に囲まれていた。恐らく、私が魔法使いであることがバレたか、それとも、私かさとりさんか、あるいはサニーについた、レミリアさんやフランの匂いに気づかれたか。
兵士達は、私達に剣の刃を向けている。このシチュエーション、少し前にも味わったような気がする。
そうだ、ワンダーシティの時だ。あの時はルイズさんが助けてくれたが、今回はルイズさんはいない。自分達の力で何とかしなければ、殺されるか、捕まって火炙りだ。
しかし、あの時とは違い、今度は人間だ。ひょっとすると、話せばわかってくれるかもしれない。
「えっと、これは…私達は一体どうなるのですか?」
と、一応話しかけてはみたものの、兵士達は口一つ動かさない。その代わりに、彼らは剣を下ろさず、私達との間合いを少しずつ詰めていく。
このままでは殺されてしまう。聞こえていないのか、無視されているのかは解らないが、とりあえず口を閉じることを止めたら負けだ。
戦うこともできる、が、私達は奴らとは違う。こんな、無差別に敵を殺めたりはしたくない。
「どうして、剣を向けるのですか?私達が、何をしたって言うんです?せめて私達を罪人と思うのならば、私達に反逆の意思があるか、確かめたらどうなんです?それじゃあ、殺し屋と何も変わらないでしょう?」
相変わらず、兵士達は口を開かない。しかし、全く言葉が通じていない訳ではないようだ。
兵士達は、私達へ迫るのをやめ、剣を下ろさぬまま、私達をじっと見ている。サニーは、この隙に逃げようと呟くが、恐らく、少しでもこの場から動けば、無数の剣が飛んでくるのは必至だろう。
そうか、やはり相手も人間。それも、国の為に戦う、誇り高い兵士。無抵抗な相手を殺すなど、プライドや良心が許さぬはず。全く話し合いが通じない相手でも無さそうだ。
「…ごめんなさい。私達が悪いんですよね。でも、聞いてください。私達、この街に来て間もないんです。友人達とここで会う約束をしていて、それで迷っていて…あなた達を攻撃するなんて、滅相もございません。」
言葉に悩んだ結果、私の出した解答は、偽らないことだ。変に偽りがバレれば、また国を脅かす人間であると思われてしまう。
これでダメなら、もう戦うしかない。そう思って出した、必死の解答だ。
それから、数分の沈黙が辺りを包んだ。誰一人物音を立てぬまま、ただ教会の鐘の音だけが響き渡った。
すると、兵士たちは、剣を鞘に収め、囚われるか、この場で死ぬか、どちらか選べと言ってきた。
もう、まともに話せるのは最後かもしれない。そんな彼らの一言は、あまりにも話す余地がない問いかけだった。魔女は殺せ、さもなくば捕らえて火炙りにせよ。これが彼らが唯一守る命令。対象の言葉など、聞き入れもしない。
これが現実。兵士たちには申し訳ないが、戦うしかないらしい。
「…すみません。殺す気なんてないんです。でも、あなた達があくまで、私達を殺す気でいるのなら、私達も、私達の命を守るために、戦わせていただきます。」
私は、聞き入れもしない彼らに断り、魔法で作ってあった異空間から、一つの魔道書を取り出し、開いた。
The Grimoire of Marisa。学園長が執筆した魔道書。これには、彼が未熟だった頃に書いた、魔力消費が少なく使いやすい魔術が、いくつも載っている。これならば、魔力を温存しつつ、戦うことができる。
「やはり魔女か。ならば、何故貴様が囲まれたか解るな。」
「…解りません。先ほども言ったように、この街には来たばかりです。この街のルールなんて知りません。でも、私はあなた達とは違います。質問には答えましょう。そうです、私は魔女です。私を狩る気ならば、私も、私の身を守る為に、戦います。」
「ふん、そうか。正直だな。悪いが、王からは、吸血鬼との関連性から、魔女は全員殺せと言う命令を受けている。そこの屍達はそれで殺した。」
「そうですか。ただの単細胞じゃないみたいですね。少し脱線しますが、なら何故、吸血鬼を狩るのですか?復讐ですか?それとも、防衛ですか?いずれにせよ、正義を振りかざして、そんな無差別な殺戮をすること、とても許されることとは思えませんが。」
「…なんだ、そんなことも知らないのか!」
私の話を聞くと、兵士の一人は激怒し、そのような言葉を吐いて、私に斬りかかった。他の兵士達もそれに続いた。
彼はその後、恐るべき事実を話した。
「吸血鬼は、我々の王妃、パチュリー・ノーレッジ様を誘拐し、殺した!これほどの屈辱を受けて、これを恨まずにはいられるか!」
「……え!?ぱ、パチュリー・ノーレッジって…」
私が、心臓が止まるかと思うくらいに驚き、絶句している隙に、彼らは私の懐へ潜り込み、剣で私の右足をえぐる。
「うっ…ああ!」
「痛いか、だが我々は、これの何億倍もの苦痛を受けた!ああ、王妃が殺された前日に我々が死んでいれば、なんと素晴らしい来世を迎えられたことか!あの日から、我々と我らが王の明日は来ないのだ!」
パチュリー・ノーレッジ、私はその名を知っている。だが、私の知る彼女は、今は生きている。それどころか、彼女は魔女だ。
一体どういうことだ?訳が解らない。
「どうした、手が緩んでいるぞ!」
「あっ…ああ!」
今度は、私の右腕をえぐられる。そこから流れ出る血が体力を奪い、意識を朦朧とさせる。
「くっ…マスタースパーク!」
左腕から、雷の光線を出し、一度兵士達を遠ざける。が、彼らは怯まず、どんどん攻撃を仕掛けてくる。
傷の痛みと、流血による体力の消耗で、まるで酒の飲みすぎで酔ったような感覚になる。先ほどのマスタースパークで、多少敵は、感電によって倒れたが、それでも、ただ攻撃の頻度が下がるだけ。
これじゃあ…もう…ダメ…
「禁忌!リバース・ザ・グングニル!」
もうダメ、そう思ったとき、8本の赤い槍が私達を包み、周りの兵士全てを、赤い暴風によって、一瞬にして吹き飛ばした。
兵士達は倒れ、意識を失い、壁の前に横たわるようにして倒れた。
その後、赤い槍は私達の服を貫き、空高く連れ去った。
私は、その一瞬の出来事に、一体何が起きたのか分からなかった。しかし、自分達は空中に居て、兵士達は気絶している。
自分達は、本当に助かったのか?それとも、実はもう殺されていて、夢でもみているのか?それすらも分からず、ただ唖然としていた。
「良かった、ギリギリでしたね。」
空を飛び、私を気遣う赤髪の美少女。彼女は悪魔の翼を持ち、右腕の魔力で槍を操っている。
私はその姿に、見覚えがあった。
「えっと、その…」
「はい。結衣さんには初めまして、ですかね。私です、パチュリー様の元で働いております、ネオティスア・スカーレットと申します。」