東方吸血精   作:tesorus

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ⅩⅩ:パチュリー・ノーレッジ

どこまでも真っ暗な世界。

 

手を差し伸べたら飲み込まれてしまいそうなほどに暗く、まるでこの世界全ての心の闇を収容しているかのような暗さだ。

 

そしてその闇に蓋をするようにそびえ立つ鉄格子。

 

まあ、蓋をされているのは、本来はこちら側だが。

 

サニーは、さとりさんは、今頃何をしているのだろうか。もしかすると、自分達を命の危険に晒した私なんて捨てて、とっくに幻想郷へ帰ってしまっているかもしれない。

 

そりゃあそうだ。さとりさんはともかく、サニーは本来、私達のように任務を背負っている訳ではない。彼女が、友人の二人とついてきた理由は、単にアリスさんについていけば面白そうだったから。

 

咲夜さん達も、自分達のことが終わったら、さっさと帰ってしまうだろう。私など、本来は関係のないお荷物。死ねばそれで良いし、生きていてもそれで良い。

 

はっきり言って、どうでもいい。

 

そんなことを考えていると、目頭が熱くなる。このまま一生をここで過ごすなど、数週間前の私ならば、まず考えられなかった。

 

しばらくすると、兵士が私の独房の鍵を開けて、私を外に出した。

 

彼は私を外に出すなり、私の両腕を手錠で繋ぎ、腰のあたりに鎖を腰縄のように通して、手錠を南京錠でそれと繋ぎ、その後で私をその場に座らせ、重い足枷を私の両足にはめて、繋ぎ目をハンマーで叩いて、きつくその口を閉ざす。

 

確かなことは判らないが、刑が確定した囚人はロープで繋がず、こんな風に鎖でがんじがらめにされて連行されるらしい。

 

向かった先は、囚人の烙印を押される場所。手錠などを外され、囚人服も、上半身だけ脱がされ、装置に固定された後、背中に烙印を押された。

 

熱さによる激しい痛みが、背中を襲う。悲鳴をあげても、誰も助けに来てくれない。

 

烙印は数分で押し終わり、私の背中には囚人の証である、赤い烙印ができた。

 

烙印が押し終わると、また囚人服を着せられて、私は先ほどの拘束具で再び繋がれ、元の独房まで戻された。

 

兵士は、独房で私の拘束具を外すと、独房の鍵を閉めて、その場を去った。

 

誰も助けてくれない。もう、それを考えているだけで胸が苦しくなる。

 

もう遅い、寝よう。そう思い、ベッドに入ると、すぐに意識が遠のいた。二日間もあんな状況に居たんだ、睡魔が襲ってくるのは必然だろう。

 

ベッドに仰向けになると、地下牢の上の窓から、月の光が差し込んでいる。あの光、昔からずっと見ていたが、まさかこんなシチュエーションで見ることになるとは。考えるだけで辛くなる。

 

それから目を瞑り、睡魔に身を委ねてしばらくすると、急に眩しい光が差し込んだ。

 

朝は一瞬で訪れた。昨日、私の影に蠢いていた睡魔は消えていた。

 

「…王様に散々言ったんだって?やっぱり、いろんな意味で、あなたって私達とは感覚が違いすぎるわ。」

 

その声に、鉄格子の外を見ると、呆れた表情でリリィさんが私を見ていた。コーヒーハウスで出会ったときの、ゆったりとした洋服ではなく、他の兵士達のように鎧をまとい、いかにもと言う雰囲気だ。私達がつけた怪我は大分良くなったようで、もう病院からも出てきたと言う。

 

「…驚いたわ。今日から出勤してきて、王様の元へ出向いたら、あなたが地下牢の囚人になっているんだもの。ほら、今日の餌よ。」

 

リリィさんから、水とパンが渡される。私がそれを食べようとすると、彼女はそれを引っ込め、地面にぶちまけた。

 

「………!」

 

「囚人なんだから、もっと無様になさい。」

 

私は落ちたパンを広い、地面にぶちまけられた水を、地面に口をつけて飲む。彼女はそれだけに留まらず、水を飲んでいる私の頭をげしげし踏みつけてくる。

 

囚人なんだから、これが当たり前。私はそう感じ、彼女のことは恨まずに、感情を抑えた。

 

その後で、驚かせてごめん、とへらへら笑いながら謝ると、彼女はふざけないでと、私を怒鳴り散らした。

 

彼女は、私が朝食を食べ終わったのを見ると、私の独房の鍵を開け、王様がお呼びよと、彼女は私を外に出した。そして、彼女は、鉄格子にかけていた手錠の鍵を開けて取り出し、早くと冷たく命令した。

 

そうだ、これが囚人と兵士。支配するものと、支配されるもの。私に人権なんか無い。あるのは、支配に従順に従う義務だけ。

 

背中にある烙印が、その動かぬ証拠だ。

 

彼女の言う通り、両腕を前に差し出すと、彼女は慣れた手つきで私の両腕に手錠をかけて、鍵をしめる。

 

「…昨日みたいに、ロープで縛るんじゃあないんですね。」

 

「そんなこと、囚人のあなたには関係ないでしょ。捕まえるときとか、処刑するときにはロープで縛って、それ以外は手錠で済ます。それだけよ。」

 

昨日の晩と同じように拘束され、さらには昨日のように猿轡も咬まされ、階段を登り、王様の玉座まで連行される。足枷を繋ぐ鎖がジャラジャラとなり、すれ違う執事やメイド達を振り向かせる。

 

使用人の見る冷たい目。素足に伝わってくる、大理石の冷えた感覚。今は夏だと言うのに、身体全身が冷えて仕方がない。

 

階段を一段上がるごとに、自分が囚人であることを自覚させられているような気がして、嫌な気分になる。

 

玉座に着くと、王様が待っていたぞと言わんばかりに立ち上がり、私を手招きした。

 

リリィさんは、私を王様の手前まで護送し、正座させた。

 

「ほう、ずいぶんと囚人らしくなったな。昨日の威勢がまるで見られんぞ?…ふふ、良いぞ。余は、そのゴミ屑のような表情がたまらん。」

 

どうした?昨日のように睨んで見せたらどうだ?と私の頭を撫で、私の顔を、彼自身の顔に近づけた。

 

そうか、なるほど。こいつは最低だ。王様は私の意見など、まるで聞いてもいない。ただ単に、あれほどの憎しみをはらみ、死さえ恐れぬほどの暴言を吐いた私が、囚人となって虐められ、どれだけ人としての尊厳が失われるか、囚人として堕ちていくか。それが見たかっただけだったのだ。

 

つまり彼は、ワンダーシティでアリスさんが見せたようなものを見たいと言う趣味がある。くそ、騙された!こんな状況に立たされて、彼に逆らえるわけがない。もう一生、私は屑人間だ。

 

「で、どうなのだ?昨日余に吐いた、ありったけの言葉を聞かせてもらおうか。」

 

ダメだ、もう何を言っても通じない。言う通りにしなければ、彼の気にいるようにしなければ、殺される。

 

「…そんな、滅相もございません。私は…私は卑しい囚人です。」

 

もう一生、こんな醜態を晒し続ける。私はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんなとき、救世主が現れた。

 

突然、玉座の扉が開いた。まるで、パンドラの箱の最後に残った、一縷の光。

 

「いいえ、それは違うわ。あなたは私達の…我が国の、大切な仲間!」

 

王様と私は、何事かと扉の先を見た。

 

扉の先には、白いドレスで着飾った、紫髪の女性が居た。女性は金色のティアラを身につけ、彼女の背後には、喜びの涙を流し、彼女のドレスがひきづらぬように、その端を持つ使用人が数名。

 

見慣れた顔だが、後ろにいる彼女は、まるで別人だ。まるで、一国を導く、王妃のようだ。

 

彼女は天使のような表情で私に微笑み、ちゃんと迎えに来たわよと、最高の笑顔を見せた。

 

王様はそれを見ると、私などには目もくれず、彼女の元へと走り出した。リリィさんも、驚いているのか喜んでいるのか解らぬ顔になり、無意識に涙を流す。

 

「パチュリー!何故ここに…吸血鬼達に殺されたはずでは…」

 

「…ジェルク、ごめんなさい。ここには来ていたのだけれど、中々、ここに来る為の決心ができなかったの。皆、ここへ来たら心配するのではと…」

 

「うっ…そんなことは…どうでもいい!」

 

まるで、ドラマのワンシーンのような光景。ネクロシティの王様、ジェルク王はパチュリーさん…いや、パチュリー王妃を抱き締めて涙を流し、もう死んだのかと思ったとか、この夢が覚めるものなら、私も夢へと消えようとか、そんなことを言った。

 

「王様!私、城の皆に伝えてきます!」

 

「馬鹿者が!この使用人達の表情を見ろ!パチュリーが帰ってきたことなど、皆知っているわ!城ではない、街中の民に知らせるのだ!」

 

「はい!」

 

私を離し、城の外へ走っていくリリィさん。王様とは一日しか知り合いでなかったが、いつもの二人とはまるで違う。パチュリー王妃は王様をそっと包み込み、二人だけの世界がそこに創られている。

 

「……えっと、私は?」

 

昨日のような絶望は感じないが、やっぱり私は、なんか一人だ。

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