ⅩⅩⅠ:歪む運命
「悪かったわね、あんな危険に晒して。」
あれから数時間。私はパチュリー王妃のおかげで解放され、自由の身になった。
おかげで今こうして、彼女と二人きりで話すこともできている。場所は、王宮にある彼女の部屋。彼女が王宮から出て行った時のまま残されていて、山積みの書類もそのままだ。
もちろん、あの王様のことだ。ただで離してくれる訳ではない。私は解放される前に、左腕に鎖の垂れた枷の片側をつけられて、囚人の拘束具から解き放たれた今も、左腕だけはこのままだ。
もちろん、烙印も消えない。烙印に関してはもう無理な話だが、左腕の枷は、条件付きで外れるようになっていると言われた。
その要件とは、この街からの吸血鬼の撤退。それさえ満たせば、この枷は自然と外れる。魔女への迫害も止めてくれる。そういう約束だ。それまでは、この枷が全ての魔法を封じ込めるので、魔法が使えない。
吸血鬼の城は、街の外れにそびえ立つ。過去数千年に渡ってその場に留まり続け、兵士達が攻めこもうが返り討ちにされるだけの城を落とすなど、無理に等しい。
しかも、魔法なしで。どうやらこの枷は、昨日言ったことをどこまで突き通せるかと言ったものらしい。
もし、それが満たされず、三日の時が過ぎれば、王宮に呼び出され、私はまた囚人に逆戻りだ。
「…まだ危険に晒されてますよ。と言うか、あなたの夫はどれだけサドなんですか?」
彼女は、それを聞くと、昔からよと笑みを浮かべた。
ネクロシティの王妃、パチュリー・ノーレッジ。彼女が王位についたのは、今から遥か百年前のこと。王様も、その時から王位を引き継ぎ、彼女と共に国を治めていた。
王様も、人間の純血で生まれた訳ではない。よって、彼も長生きであると言う。当時は、まだ魔女への迫害も強くなく、彼は魔女のパチュリー王妃を嫁に迎えいれても、王宮は大して反抗しなかった。
魔女への迫害が強まったのは、それからのことであった。王様はパチュリー王妃への溺愛から、魔女はこの国に彼女だけで良いと言う身勝手な感情に支配され、魔女狩りをし始めたと言う。それから百年後、パチュリーが吸血鬼と共に姿を消してから、それは他の魔女による恨みのものと言う噂が流れ、魔女狩りは更に強化されたと言う。
「パチュリー王妃は、何故国民を捨てたのですか?皆、あんなにあなたを愛しているのに…」
私はその話を聞いて、なんだか怒りが湧き出てきた。ひょっとしたら、彼女が王宮にずっと居たら、あんな風にはならなかったかもしれないのに。
すると彼女は、衝撃的な言葉を吐いた。
「レミリア・スカーレットを…親友を、信じたからよ。」
パチュリー王妃は、レミリアと自分との出会いを話し始めた。
今から数年前のことだ。パチュリー王妃は、馬車で隣国に出かけた帰りに、傷ついた一人の吸血鬼の少女を見つけた。少女は水のように透き通った青い髪を持ち、吸血鬼の正装をしていた。
名前を聞いても、彼女は答えるほどの体力すら持っていない。兵士達の剣に心臓や両腕をえぐられ、瀕死の状態であった。
もちろん、当時も吸血鬼と人間との戦争は続いていた。彼女は吸血鬼の兵士で、自分は人間達を束ねる王妃。本来ならば、憎みあいの対象である二人。
しかし、王妃には、彼女を見過ごすことができなかった。彼女は、使用人達を反対を押し切り、彼女を城下町の病院まで運び、医者に彼女を治療した。
彼女はそれ以来、城に度々姿を見せるようになった。名前はレミリア・スカーレット。彼女は紅魔館と言う城で、フランドールと言う主に仕えながら、兵士として戦っていた。
王妃が、命を狙われかねないからやめろと忠告しても、彼女は恩返しがしたいと、必死に彼女の元へ通った。
時には、彼女は翼の半分をもがれたり、片目を失って現れることもあったと言う。しかし、それでも彼女は通い続けた。そんなことを繰り返す内に、彼女はレミリアを愛し、彼女が姿を見せるたびに、いつまでもこんな時間が続けば良いと、そんなことを考えた。
しかし、人と吸血鬼の、許されぬ関係。それを兵士達は許してくれなかった。ある日を境にして、彼女は姿を見せなくなった。
王妃は何日も何日も、彼女を待ち続けた。それだけに留まらず、王妃は彼女を探しに、街中を歩き回った。
使用人には拒否され、王様に言えば、悪霊に取り憑かれていると教会に洗礼に行かされ、散々な思いをした。それでも、彼女は探し続けた。
唯一信頼できるのは、金が無いからと、裏で自分の手伝いをしてくれる、スラム崩れの悪魔一匹。
その果てに、街はずれの広間に、彼女の磔にされた姿を見つける。
王妃は、死にかけた彼女の腕の釘を取り外し、彼女の手当を、今度は自分でした。彼女は、なんで助けに来たのと、私が居なくなれば、あなたは幸せなのにと、死にそうな顔で彼女に呟いた。
彼女自身のせいで、王妃が苦しんでいるとでも言われたのだろう。王妃は、もうこんなことにはさせないと彼女に、何とかして二人で逃げられないかと聞いた。
すると彼女は、耳を疑い、そんなことをしたら、あなたの生活を滅茶苦茶にすると、王妃の誘いを拒否した。
しかし、王妃が幾度も幾度も聞くと、彼女は観念して、紅魔館の地下に、時空を超える技術が存在すると話した。
その後で、彼女達は紅魔館に駆け込み、二人でネクロシティから逃げ出し、人間達から離反し、レミリアとフランドールの使用人をするメイドや、強さを追い求め、自分に武者修業を申し込んだ武闘家と、どこの時空の狭間へ消え去るかも解らぬ装置を起動した。
できるならば、誰も知らない、二人が永遠に幸せに暮らせる場所へ。その結果、彼女達がたどり着いたのは、文明も価値観も異なる、全く未知なる世界であった。
私がホテルに戻ると、サニーは私を見て、ごめんなさいと抱きついてきた。ごめんなさいと言いたいのは私の方なのに、先に言われると言いにくい。
しばらく、サニーの懺悔に付き合った後、私は外の空気をもう一度吸いたくなって、昼過ぎの空気を吸いに行った。
この前のコーヒーハウスや、昼間からやっている酒屋など、もう見ることがないと思っていた景色だ。人々は、パチュリー王妃の帰還を大いに喜び、騒いでいるが、先ほどの話を聞くと、素直に喜ぶことができないのは気のせいだろうか。
そんな中、私はすれ違い様に、見慣れた金髪の少女に偶然出くわした。
少女は日傘を差しており、私を見つけると、すぐに笑顔になり、やっと見つけたと言って、私に近づいてきた。
そう、この無邪気に笑う少女こそ、吸血鬼の総帥であるブラッデルの愛娘、フランドール・スカーレットである。
《お願い、魔女のお姉さん!私をあのニンゲン達の所に連れて行って!私、お姉様達の力になりたい!》
私は、ここに来る前に彼女とした約束を思い出した。まあ、今となってはその異変も解決したし、特にその必要はなくなったのだが、まだ彼女本人に関する異変が残っている。
フランお嬢様、か。リディ様やチルノさんとは違って、随分と身勝手そうなお嬢様だ。
彼女がいれば、吸血鬼と人間も、和解ができるかもしれない。私はそう思い、彼女をショッピングやお茶に連れ出した。
お金ならば、先日のさとりさんのおかげで、いくらでもある。新しい洋服や、ぬいぐるみ。彼女の欲しいものは、何でも買ってあげた。
別に、それで気を引き、利益を得ようと言う訳ではない。ただ、私は彼女を通じて、吸血鬼と仲良くなる方法を見つけたいだけだ。
夕方になって、日も暮れて、私たちが休憩にお茶をしているカフェにも、優しい光が満ちている。
「…なんだか、幸せだね。」
彼女が私を見て、無邪気に笑う。そうだねと、私も彼女に返す。
昨日の夜には、考えられないような光景。私とフランはいつまでも見とれ、日の沈む時間までそれを見送りながら、世界が闇に包まれる時間を待つ。
そんなことをしていると、夕焼け空はどんどん紅の色を増していき、夜の訪れを予感させる。
それからしばらくして、フランは何かを思いついたように立ち上がり、私をどこかに連れ出した。街を出て、山を登り、やがてたどり着いたのは、一寸先は崖の高台だ。
「…ここね、お父様が教えてくれた、秘密の場所なの。ここからだと、夕焼け空が一番綺麗に見える。まるで、お姉さまの髪みたい。お姉さまの髪は、青くて水みたいな美しさだけれど、きっと同じだよね。」
フランはその後、父との思い出を語った。彼女の言動から見える、ブラッデルの印象は、レミリアが話したものとはかけ離れていた。どこにでもいる、普通の父親。まるで別人みたいだ。
それはきっと、彼女がお嬢様だからではない。本来ならば、リディ様やパチュリー王妃にもかなうくらいの優しさを持つ人。そんな気がする。
でも、ならば何故、レミリアとフランドールで、あんなにも扱いを変えたのだろう。それが不思議で仕方がない。
私はいびつな感情を抱えながら、フランドールを連れてホテルへ戻った。
私はやはり、ブラッデルに直接会って確かめたいと思った。そうすれば、何かしら分かるはずだ。
しかし、そんな時間は残されていなかった。その日の夜にホテルに帰ると、私達の部屋以外の部屋は全てチェックアウトされていた。
部屋に入ると、サニーは、衝撃的な一言を発した。
「…咲夜さん達なら、吸血鬼の城に向かったよ。ブラッデルって人達と決着をつけて、首を逆に討ちとるって。だから、私達はもう帰れって…」
サニーの言葉を最後まで聞かず、サニー達に荷物を全て持たせ、私達はすぐにそのホテルを出た。
長い夜が始まる。