時が経つにつれて、夜の闇はさらに深みを増し、空には血のような月が姿を表す。
ネクロシティ外れにある、吸血鬼達の住む城。門前まで行くと、門番の吸血鬼達は血まみれで倒れていて、そこから城の入り口までも、血が流れている。
門番の足や手の血痕を見ると、ナイフのようなものでやられた跡が見える。かなり深くまで刺さっているので、魔力によるものか何かだろう。
ブレイブクロスか、いや違う。城の兵士達は、もう吸血鬼狩りから退散しているはずだ。となると、やはり咲夜さん達が城に忍び込み、吸血鬼達を相手にしたのか。
状況は最悪。できれば門前で彼女達を止めておきたかったが、こうなれば城内まで行くしかない。
息を殺して、城内に侵入する。
先日の人間城とは違い、警備の吸血鬼達は皆倒れていて、私達が忍び込むのは楽勝だった。まあ、フランドールが居るからかもしれないが。
「ちょっと、しっかりしてよ!何があったの?」
「ふ…フランドール様…メイドが、人間兵達のメイドが…」
フランが話しかけた吸血鬼は、それだけ話すと、血を吐いて倒れた。
死相がくっきりしている。彼はもうダメみたいだ。私達は彼の目を閉じて供養し、近くにまだ居る気配に気づき、身をかがめる。
耳を澄ませれば聞こえる、革靴が周囲を貪り歩く音。恐らく咲夜さんだろう。でなければ、この死体しか眠らぬ通路に、革靴の音がする訳がない。
吸血鬼達は皆伏しているし、仮に闘う吸血鬼が居たとしても、こんな優雅に歩くはずがない。
ネオティスアさんは、パチュリー王妃と共に、私達の迎えが来るまで、彼女達の城で食事会をしている。どうやら、人間達は吸血鬼達には恨みがあっても、悪魔にはそこまで恨みを持っていないようであった。
いや、今はそんなことを言っている場合ではない。魔法は使えないが、この場を切り抜けてみせる。
「…居るのね、まったく。見てわかるでしょう?援護は要らないわ。さっさとあなた達は幻想郷に戻りなさい。」
バレている。そう思った瞬間、さとりさんは脳よりも先に体を動かし、私とフランドールを、通路の先の二方向に投げ飛ばした。
魔法が使えないのを彼女が知らないのは好都合であった。彼女は、自分の実力では勝つことができず、なおかつ、まさか敵にはなり得ないだろうと勝手な慢心をして、私を止めにかかった。しかし、私が近づくと、彼女は私の先制魔法に警戒して、ナイフを取り出す。
そのせいで、反応が一瞬だけ遅れた。私は彼女に構わず、スルーして、悪魔城の最上階まで駆け上がる。
彼女は追おうとしたが、目の前にはさとりさんと、サニーが立ちはだかった。
私は、二人にありがとうと言って、しばしの別れを告げた。
「さて、あなた達。冗談はここまでよ。このまま幻想郷に帰るなら、見逃してあげる。けれど、お嬢様の復讐に邪魔を加えるならば、私が殺す!」
「…どっちの台詞かしら。」
彼女を煽り、集中力を切らす。隣にはサニーが居るが、恐らく私一人でなんとかできるだろう。
確かに、レミィの恨みはわかる。私も二年前、兄への恨みを燃え上がらせ、彼を殺めようとした。
しかし、想真や霊夢さん、それに結衣に教わった、許すと言う選択。あの日にそれをしたことの正しさは、今でも私の妹やペット達に誇れるほどの正しい選択であった。
だからレミィにも知ってほしい。自分にとっては憎い人であっても、それはきっと、誰かにとっての大切な人。
「…無限、解放。氷刀を操る程度の能力!」
サードアイが光り、右腕を包み込むほどの氷の刀が完成する。使い方は、まるで昨日使っていたかのように、身体や精神に溶け込んでいる。
私は彼女の懐へ忍び込み、剣を振るう。しかし、彼女は目の前から突然姿を消し、彼女の居た場所には、代わりに何本ものナイフが現れた。
そうか、忘れていた。彼女の能力は、時を操る程度の能力。単純な攻撃では、彼女に避けられてしまう。
まあ、所詮能力は早い者勝ち。彼女の能力が使えるのは私も同じだ。
「…時を操る程度の能力!」
右手を鳴らすと、辺り一面の時が止まる。咲夜さんは空中で静止し、サニーはその場に立ち尽くしている。飛んできたアクアフィルムも、羽根を光らせたまま静止し、雲の動きも全て止まる。
彼女の操る空間は、今や完全に私のもの。彼女の腹を氷刀でえぐっても、彼女や血はびくとも動かない。
再び右手を鳴らすと、時は再び動き出した。彼女は突然の痛みに驚き、空中でバランスを崩した。彼女の心中には、一体何が起きたのか解らないと言うような心が渦巻いている。
しかし、慢心していられるのも今のうち。すぐに悟られ、対策を練られるだろう。
彼女に、二度同じ戦法は通じない。となれば、戦法を変えるだけ。
その後、彼女は戸惑い、幾度となく瞬間移動をし、私の目の前にナイフを出現させるが、私には届かない。
彼女は恐らく、「昔ほど」ナイフを使い回すことができない。能力に溺れ、ナイフの腕を磨き忘れたのだろう。まあ、それは私も同じかもしれないが。
「さて、お得意の時止術の後は何を見せてくれるのかしら?十六夜咲夜…いや、本名で予防かしら。気分はいかが?シェリー。」
「……!どうしてその名前を…」
サニーや結衣の心にあった、リリィと言う少女。彼女のことを私は知らないが、恐らく彼女が思っていたシェリーと言う少女は彼女のことだろう。咲夜が完全に忘れていても、彼女の心境を探せば、そんな記憶はいくらでも掘り起こせる。
記憶は、遺跡に似ている。遺跡も、歴史と言う壮大な人間の体内が生み出した、記憶や黒歴史の塊。ヒトと言う名前の細胞が生み出して、そして忘れ去った記憶の数々。しかし、ピッケル一つで、簡単に掘り出すことができる。
記憶だって同じだ。キーワード一つで、記憶は簡単に蘇る。彼女は元々、完全に忘れ去った、いや、忘れ去りたい過去を思い出しかけてしまった。大切な友人との日々、忘れ去りたい悲劇的な事件。そして、ブラッデル・スカーレットとの出会い、レミィとの絆の理由の全て。
彼女はそれを忘れたいが為に、ナイフの扱いや兵士としての記憶。その全てを忘れかけている。時を操ると言う超人的な能力を盾にして戦い、いつしか照準を合わせると言う基礎的なことを忘れた。
対して私は、同じ力が使える上に、無限の取得の為に視覚を閉ざし、ひたすら修行に励んだ。兄と闘う理由をなくしてからも、無限を強化し、練習し続けた。
彼女の能力を破った今、彼女を倒すことなど容易だ。彼女の攻撃をやすやすと交わし、代わりに反撃の一撃を喰らわす。
無限にある彼女の体力も、次第に尽きてくる。彼女の息が上がり、動きも鈍くなってきたところで、一気にトドメの一撃を刺す。
「運命を操る程度の能力!」
身体に力が沸いてきて、この周囲の生物を操る、運命の糸が目に見える。これから先に動く未来も、それまでどのような行動をしてきたかも。
シェリーがどのように進むか、どのように闘うのか。その全てが見える。そこの運命の糸にそぐうように、神の槍を放つ。
「神槍、スピア・ザ・グングニル!」
槍が、彼女の身体を貫く。避けられるはずのない一撃。彼女はまともに食らった。
避けられない理由は、その槍を、決して避けられぬように、運命の糸の先から撃ったからだ。彼女の運命を操り、放った一撃。避けられる者は存在しない。
彼女は地面に伏し、目を開けたまま、絶句していた。
「あなたを守れませんでした。お嬢様…」
「…ねえシェリー。あなたも、知っていたのでしょう?本当は、復讐など何もならないと言うことを。だからこそ、レミィとブラッデルの二人きりで、話をさせたかった。そうじゃないの?」
「…知ってて、何故あんなことを?…はは、やっぱり私は馬鹿ね。争うことでしか、誰かを救えない。完全にあの結衣って娘の下位互換ね。その証拠を教えてあげるわ。王妃に聞いたでしょう?レミリアお嬢様が磔になっていたこと。あれをやったの、私よ。少しでも、パチュリー王妃を吸血鬼の魔の手から逃れさせたくて。でも、それを話したら親友達は…リリィも、王妃の親友を殺したと言って、私から離れていった。ついには、パチュリー王妃の勅命で、私は王宮から追放。それで飢えて、倒れてた所をブラッデルに見つかって、それから私は吸血鬼の犬よ…はは、また言った。新しい名前まで貰ったのに、その恩を仇で返すなんて。私、馬鹿みたい。私なんか、死ねば良いのに。」
………!
サニーは彼女の言葉を聞いて、泣きそうになっていた。私もその言葉を前に、弓で心臓で射たれたようにショックを受けた。
争うことでしか、誰かを救えない。それは彼女だけではない。私だって、結衣を守ろうとして、兵士達を傷つけようとした。
人間や妖怪達だけではない。鳥だって、子供達を救うために、虫達を傷つける。そうしなければ、子供達を救えない。そして、人間が忌み嫌う寄生虫達も、他の生物達を傷つけねば、子孫の命を救うことができない。
生物に定められた永遠の輪廻。無限に続く、生命の渦。憎しみあいの世界。
彼女はそう呟き、息を吐き、力を抜いた。どうやら彼女、下の階の吸血鬼の殲滅だけではなく、上の階への乱入者を防ぐ役割も担っていたらしい。
結衣の言葉の一句一句を思い出し、口の中に嚙みしめる。その言葉はとても甘くて、私達には眩しすぎるようなものだ。
私達は、憎しみあいでしか命を救えない。なら、憎しみあい無しでネクロを救った結衣は、私達の上位互換?思考回路が止まらない。
…まあいい。彼女に関しては、少しだけ興味深い情報を得ることができた。レミィの親子喧嘩の仲裁は、結衣に任せよう。
恐らく、この世界に居るのは、今晩で終わりだ。パチュリーと、ネオティスアを呼んでこよう。きっと彼女ならば、上手いようにやってくれるはずだ。
それが終わったら、結衣ともお別れだ。
次回、吸血精最終回。