階段の一段一段が、重く感じる。
こんなに急な階段を登ったのは、いつ以来だろうか。
《お呼びでしょうか?》
《ああ、パチュリーから連絡があってな。チルノが行方不明だから、幻想郷で探すのを手伝って欲しいって。》
《ええ、わかりました。出発は明日で良いわね。ちょうど良いわ。結衣、あなたも来なさい。》
考えてみれば、あの時はこんなことになるなんて、まるで思わなかった。単なる面倒ごとを押しつけられたような、そんな感じ。
考えてみれば、あの時から、全ての運命は決まっていたのかもしれない。あれから色々な人に会い、色々な価値観を知って、それでも自分の信じた平和の為に世界を救い、命までおかした。
心残りがあるならば、氷の城の、桜の下の死体である。今もきっと、たくさんの人達が苦しみ、そして傷ついている。言われた言葉は、「独りよがり」に「自分勝手」。
確かに、そうかもしれない。けれど、もしみんなを、私の信じる正義で救えたならば、きっと世界は形を変える。
そんな気持ちを抱いて、吸血鬼の城の玉座を開けた。
そこには、翼が消し飛び、うずくまるレミリアと、それにトドメを刺そうとする父親ブラッデルの姿。
レミリアには、もう意識はなく、小石のように動かない。
「…なるほど、解ったか、お前はそこまでだ。たった一人の妹を守れぬお前など、姉としての価値も、娘としての価値もない。」
ブラッデルは、剣に魔力をため、彼女を貫かんと、彼女の目の前に立っていた。彼は私が来たことに気づいてはいるものの、それを無視して、いや、私達にも話しかけるように、レミリアに視線を落とし、話し続ける。
「お前の妹、フランドール・スカーレットは、生まれつき身体が弱かったのだ。人間を超える力はあっても、その力は、同じ年齢の吸血鬼を遥かに下回る。お前のように、吸血鬼の正義の為に闘うことも、親友と遊ぶこともできぬ。フランドールは…」
「フランは、何も望まなかった。莫大な富も財産も自由も、何一つ。そんな彼女が唯一欲したのは、姉であった…ですよね?」
知っている。今日フランから聞いたばかりだ。だからこそ、フランは家にレミリアが来たときに、本当に嬉しかった。
フランは、身体の弱さから、外にも出られず、また出ようともしない。だからこそ、一緒に遊んでくれる姉を欲した。
ブラッデルはそれを聞いて、私の方を見ずに、そうだと答えた。
「だが、レミリア。お前はそんな妹に何をした?姉として遊んでやることもせず、現実逃避をするように親友と遊び、せっかくお前にやった自由時間も、全てあの王妃に注いだ。挙げ句の果てには、妹の思いを無視して、異世界の狭間に消えた。場所なら解っている。あのメトロポリスとか言う連中の植民地だろう。今は変わったなどという言い訳は聞かぬ。今でもお前は、あんな私の明言一つで、下階の咲夜や、ここに居る二人の仲間を見捨てた。くだらん娘め。これで終わりにする、禁忌、レーヴァテイン!」
ブラッデルが話し終わると、剣は一層力を強めた。まずい、このままでは彼女は殺されてしまう。私は彼とレミリアとの間に入り、それを止めにかかる。
すると彼は、私に視線を落とした。そして、私の耳元でつぶやいた。
今の話を聞いても、この女を守る価値があると思うか、と。
「あります。」
私は断言した。当然だ、彼女は私の、大切な仲間。どれだけ自分勝手であろうと、私の大切な仲間。それが、私にとっての彼女だ。
すると彼は、レミリアと私から距離を置き、体内の魔力を増幅させた。私は彼女をおぶり、必死で彼女の身を守る。
「ならば、そんな下等な女の為に闘うが良い!禁忌、フォーオブアカインド!」
彼の身の中から、三匹の、宝石の翼を持った黒いドラゴンが姿を現した。黒いドラゴンはそれぞれ自我を持ち、黒い炎を吐く。
しかし、決めたことだ。私はその場を離れない。対してブラッデルは、その老いた見た目とは似ても似つかぬ速さで飛び回り、三匹のドラゴンもそれについて行く。
数秒が経ち、私の腹が、彼の剣によってえぐられる。えぐられてしばらくすると、激痛が身体を襲う。
私は思わず悲鳴を上げたが、レミリアを守るために、必死に耐え続ける。
続いて、三匹のドラゴンの爪が、身体全身に引っ掻き傷を残す。もう痛さで何がなんだか解らなくなる。
私の様子がおかしい、彼はそう悟ったのか、不意に攻撃をやめた。
「…馬鹿な。闘わないのか?お前には魔力を感じる。魔女なのだろう?まさか魔法を使えない訳では…」
「使えません。城の王様と約束したんです。誰も傷つけずに、吸血鬼を救うって。そのときにつけられたのが、この枷です。」
「そうか…何故傷つけない?そうしなければ、お前は愚か、守る人間の命も危ういのだぞ?私が攻撃をやめなければ、今頃お前は死んでいたのだぞ?」
下の階から、足音が聞こえる。一人じゃない。魔力を感じ取れば分かる。さとりさんや、サニー、パチュリー王妃、咲夜さん。それだけじゃない。生き残った吸血鬼兵も一緒だ。
丁度いい。みんな纏めて説教してやる。
「誰かを傷つけるとか、それで世界を、仲間を救えるとか、そんなことは、ただの臆病者の戯言です!確かに、そりゃあやられたらやり返したくなるし、潰さなきゃ潰されるってこともある!私だって、幼馴染の早苗にいじめられていた時、殺したいほど憎みました!毎日購買まで走らされて、買ってきたらこれじゃないと殴られたなんてこともありました!それは私達に限ったことじゃない。そこに飛んでいるアクアフィルムだって、猫だって烏だって、どこか知らない場所で生きてる怪物だって同じ!だけど、私達が彼らとは違うことが、一つだけある!」
私は、ここに居るみんなに伝わるように、大声で叫ぶ。身体の痛みなんか気にもしない。
「私達は、脳や心を持っている!言葉や、互いに互いを許せるだけの力が!武力行使なんかしなくても、それだけの武器を持っている!それを振るえば、兵士達の剣や、私達魔女の魔法や、あなたの操る運命力なんか要らないほどの、強大な力になる!脳みそを振るって、頑張って考えるの!互いが笑顔になれる方法を!本気で、本気で考え抜いて、考え抜いて考え抜いて!それでもダメなら、考え抜いた後に、相手をもう一回見てみるの!特別な力なんか要らない!時が解決してくれることだってある。だってブラッデルさん、フランドールちゃんは…こう言いましたよ?お願い、魔女のお姉さん!私をあの人間達の所に連れて行って!私、お姉様達の力になりたいって!」
ブラッデルは驚き、フランの方を見る。するとフランは泣きながら、首を縦に振った。その後彼女は私の背のレミリアに寄り添い、お姉さま、と泣いた。
「本当はあなたも、心配で仕方なかったのでしょう?フランちゃんのことが…その気持ちは解ります。だからこそ、レミリアさんがそんな風に見捨てているのが気に食わなかったんですよね。確かに、レミリアさんがこの世界でしていたことは、聞いていて目に余る物がありました。でもレミリアさん、幻想郷では、ずっとフランちゃんのことを思っていたそうですよ。他でもない、フランちゃんが教えてくれました…それでも、あなたがレミリアさんのことを許せないなら、代わりに私を殺してください。フォーオブアカインドでもレーヴァテインでも、何でも使って。」
「ちょっと、結衣!」
さとりさんの、本気で絶望したと言わんばかりの怒号が飛ぶ。恐らく、彼女は私の本心が見えるからこそ放った怒号だろう。
解ってる。多分彼は、そんなことはしない。
「…その代わり、それをしたら、あなたはそれだけの器の人間と言うことです。」
私は最後に、そう付け足した。別に私個人としては、誰かの幸せを願って死ねるなら、それ以上のことはないかもしれない。
しかし、本当にその必要はなかった。ブラッデルは、失礼な娘だと笑い、全ての魔法を解除した。
その後、彼は人間を許せるようになるまで、しばらくこの地を後にすると言った。
「結衣…ごめんなさい。本当に情けないことを考えて…もう結衣が違う生き物に思えてきて…それで…」
「…え?」
「ごめんなさい…こんなんじゃ、お燐やお空、それにお牢やこいしに合わせる顔が…うわああああん!」
さとりさんは私に泣きつき、しばらく離れなかった。さっきの説教で本当に死んでしまうと思って、とか、そんなことを言いながら、しばらく離れなかった。
後ろで見ていたパチュリー王妃は、しばらくそのままでいたが、時間が立つと冷静な顔に顔を変え、みんな揃っているから、そろそろこの世界から帰るわよと言って、魔導書を詠唱し始めた。
「…娘たちを、よろしく頼む。ふん、お前のような物が娘ならば、苦労しなかったかもな。」
「ああ、はい。」
「…なんて、言うと思ったか!こんな面倒くさい娘など、誰が育てたいと思うか!」
「……やっぱり?」
私がブラッデルと、そんな話をしていると、私達は魔法陣に包まれ、その魔法陣は光を増していった。
平行世界か、まさかこんな世界があったなんて。
…また来れるかな。就職先が見つからなかったら、リディ様の所で働こうかな。
ブラッド・ワールドから、離れていく。さようならは言わない。こんなに暖かくなった世界なら、また来たいから、なんちゃって。
気がつくと、手枷は外れていた。と言うことは、魔女達も笑顔にすることができると言いな。
あと、できればルイズさんも…
ごめんなさい、その日のうちに書き終わりました。
またどこかで、こんな世界に出会えたら。個人的な後書きは、エピローグの方にまとめますね。