Ⅸ:妖精メイド
前にも言ったかもしれないが、私は今、洗脳を受けているはずなのだが、あまりその感覚は無い。やはり、サニーが言ったように、妖精は人間よりも弱い種族だから、そこまでできる力は無いのだろうか。
いや、そんなことは無い。妖精は気高い存在で、私のような人間が触れて良い存在ではない…ああ、やっぱり、洗脳されてる性で、思考に洗脳が干渉してくる。
まあ、どちらにせよ、私はこの城から出られないし、そもそも出る気にもならない。サニーには悪いが、さっさと帰ってもらうしかない。
けれど彼女は、私がそう言っても聞かずに、それなら自分もここに居ると言った。まあ、私はそれならそれで良いけれど。
この城は、本当に綺麗だ。これはきっと、私が操られているから、そう感じる訳ではないと思う。氷のように透き通ったシャンデリアや、机などは特に美しく、まるで空を駆ける、一匹の蝶のようだ。また、そこに住んでいる主人も美しいはずだ。そして、私は今から、その主人に会いに行く。あれは、ちょうど私が昼食を作り終えて、上の階へ掃除をしに行く時だった。
先輩の妖精メイドに、リディ様はあまりこちらに姿をお見せにならないので、上の階に行くついでに、食事を持っていけと命令されたので、上の階のリディ様の部屋に、食事をお持ちすることになったのだ。
リディ様の住む階までエレベーターで上がり、お食事をお持ちしました、と言ってノックすると、中から、リディ様に入ってと言われたので、中に入ると、そこには、一人の美少女が居た。背丈はサニーくらいだが、髪はサファイアのように透き通った青髪。服は水色の綺麗なワンピースを着ていて、その立つ姿は、まるで、深海に住むマーメイドのようだ。
「お疲れ。あ、君、一日中働き詰めの人間メイドじゃん。しかも、ナチュレの操り人形なんだっけ?可愛そうにねえ。」
「いえ、私のような身分で働かせていただけるだけで、感謝しています。」
「操られてるから、そんなことしか言えないんでしょ。洗脳解いたら、真っ先に私のこと殺しにきそうで怖いわ、本当に。」
「いえ、そんな滅相もございません。私のような者が、お嬢様の気高いお命に手を出すなど…」
「それ、本心で言ってるなら嬉しいけどねえ。まあ、死ぬまで無給で働いてな。」
リディ様は、とても冷たいお方、と言うような印象を受けたが、その中にも優しさがあるような気もした。私が食事の準備をしていると、彼女は黙って私のことを見ていた。食事の支度が終わった後、彼女は私を見て、君、こっちの人じゃないよね?と、大体そのようなことを仰った。
リディ様は、私が何故、と聞く前に、その理由として、この世界の人間は魔法を使うことを拒むので、君のように魔力が発達した人間は居ないと言うことや、仮に居たとしても、そんな曖昧に魔力を持つことはあり得ないと言うことを仰った後、君はどこから来たんだい?と私に聞いた。
どう答えれば良いのか、解らなくなった。第一、自分の世界の名前など、知る由も無い。確か、前に居た幻想郷って世界の人達は、私が住んでいる世界の名前を知っていた世界を何と言っていたか…ナチュレ様の洗脳のせいで、上手く思い出せない。
「ふうん、ナチュレの洗脳が記憶に干渉してて、思い出せないのね。解ったわ。」
リディ様が、手を二回叩く。私はすかさず、何かお困りでしょうか、と聞くが、違う、君じゃない。と言われ、軽くあしらわれた。待っていると、碧い髪を持った妖精メイド、ナチュレ様が現れた。
「お困りでしょうか、リディ様。」
「こいつ洗脳してるの、君だよね?」
リディ様がナチュレ様にそう聞くと、ナチュレ様は私の体勢を崩し、右手に右足を乗せて体重をかけ、私の口元に左足の靴裏をくっつけ、舐めろ、と命令してきた。私はすかさず、ナチュレ様の靴裏を綺麗にする。
「左様でございます。どうです?このようなことをしても、逆らうことができないくらい完璧な下僕に仕立てあげてありますので。」
「あ、いや。そういうことじゃなくてさ。その洗脳、解いてくれないかな?ちょっと、不都合があってね。」
ナチュレ様は、それを聞くと、少し驚いた顔をした。私を蹴飛ばし、リディ様に、恐らく、逆上して襲いかかってくるとか、逃げ出そうとするとか、大体そのような、それを行うだけのリスクを説明した。しかし、リディ様は、そうしたら、その時に対処すれば良いと言った。それよりも、私の命令に逆らえば、私もそれなりの対処をすると彼女に伝えた。
彼女は、しばらく何も言わなかった。そして数秒後、彼女は私の洗脳を解除したとリディ様に伝えた。
「あ、あの…靴、まだ綺麗にできてませんよね。な、舐めますから…」
私がそう言うと、ナチュレ様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。彼女からすれば、洗脳を解いたのだから、急に逆上して襲いかかってきたり、逃げ出すと言った行為を予想したのだろう。
確かに、私がこの城でメイドをしている理由はそれだ。ナチュレ様に操られ、彼女に無理やりメイドにされ、奴隷同然の扱いを受けた。けれど、私はそもそもこの城の人間や妖精に恐怖したものの、敵意は持っていない。何より、最初は恐ろしかったこの城も、今見れば、美しさすら感じる。辛気臭い大学より、何倍もマシだ。こんな美しい場所に住め、死ぬまでこき使ってもらえるなら、死んでも良い。
「…もう良いわ、これだけ屈辱を受けて、平然としていられるなんて、頭大丈夫?」
あきれた、と言う表情を見せ、ナチュレ様はさっさと帰ってしまった。そんなナチュレ様を差し置き、リディ様は私に、どこから来たの?と聞いた。私は、幻想郷の人が言っていた言葉を思い出し、咄嗟に答えた。
「そ、外の世界…ですかね。」
世界に、外も中も無いでしょ。それとも、監獄から出てきたばかりか何かなの?と、普通の人ならば誰でもそう答えるようなテンプレートの回答を頂いた。まあ、そうだよね。普通はそう思うよね。
まあ、その外の世界?と言う世界から来た君は、一体何の為にこの街へ来たの?と聞かれた。私はすかさず、チルノと言う少女を、城から救い出しに来たと答えてしまった。
しまった。阿呆か私は。ここで喋ったら、チルノを救い出せなくなるでは無いか。そう戸惑ったのがリディ様に分かったのか、彼女はクスクス、と笑った後、あいつなら、私はあいつが嫌いだから、別に連れて行っても構わないけれど、果たしてあいつは、あなたを求めているかしら。と言った。
けれど、せっかくこの城に来たのだからと、私は彼女と、深夜に地下で会う約束をした。私はリディ様の食器を片付けて、上の階の掃除へ向かった。
その後、サニーに会うと、彼女はチルノに会ったと言った。そして彼女は、あんなのチルノじゃない、と呟いて、どこかへ行ってしまった。私はきっと、そのチルノは、先程の私と同じように、まだ操られているだけだと思っていた。しかし、そのような勘違いは、夜の出来事一つで覆ることになるのだ。
夜、夕食の片づけを終え、私は今、部屋のトイレ掃除をしている。妖精にトイレが本当に必要なのか、と思うかもしれないが、まあ、実は結構必要らしい。
そんなことは置いておくとして、そこで私は、目を疑う光景を目にした。あのナチュレ様が、声を漏らして泣いていた。彼女は、あんなのチルノちゃんじゃない、とか、こんなことになるのなら、連れて帰って来なければ良かったとか、そんな言葉も漏らしていた。
よくわからないが、彼女のあの涙は、心の底からの涙であると私は感じた。数週間、操られている間も、ずっと彼女を見ていたが、彼女が涙を流すことなど、まるでなかった。それほどまでに、彼女は変わり果ててしまったのだろうか。