魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
深夜の海鳴市。
自室のベッドの上で胡座をかいた芹葉紗雪の視界には、海鳴市の事象を演算し、彼女が参照できるファイル「MOIRA網」のインターフェースが展開されていた。
『My Lord. 第3セクター、廃工場跡地にてジュエルシードの反応。……同時に、フェイト・テスタロッサ及び使い魔の魔力波長を検知しました』
脳内に響くノーブル・コレッジの報告に、紗雪は鋭く目を見開いた。
「来たか。……高町なのは、聞こえるか」
『うん、聞こえるよ紗雪ちゃん! 私もすぐに向かうね!』
念話越しに伝わってくるなのはの声には、以前のような戸惑いは一切ない。あるのは、悲しい顔をした同い年の少女と「お話し」をするための、揺るぎない決意だけだった。
◇ ◇ ◇
廃工場跡地。
そこでは、フェイトと使い魔のアルフが、暴走したジュエルシードの捕獲を試みていた。しかし、二人がシードを封印しようとしたその瞬間、夜空から降ってきた桜色の誘導弾が二人の足元を牽制するように着弾した。
「フェイトちゃん!」
月明かりを背にして降り立ったのは、白いバリアジャケットを纏った高町なのは。そしてその隣には、白銀の杖を構えた芹葉紗雪が並び立っていた。
「……高町、なのは」
フェイトはバルディッシュを構え、警戒の色を強める。前回、圧倒的な魔力消去で自分たちを制圧した紗雪が一緒にいるのだ。緊張が走るのは無理もなかった。
「また邪魔をしに来たのかい! アンタたちには関係ないだろう!」
吠えるアルフが、強靭な脚力で一気になのはへと飛びかかろうとする。
しかし、その射線を遮るように紗雪が白銀の閃光となって割り込んだ。
「君の相手は私だ、使い魔」
「どきなッ!」
アルフの鋭い爪と魔力弾が紗雪に襲い掛かる。
紗雪はノーブル・コレッジを素早く回転させ、物理的な爪の連撃をギリギリで弾きながら、魔力弾の部分だけを変換資質『消滅』の局所展開で的確に無に還していく。
大規模な消去魔法(イレイズ)は使わない。物理攻撃に弱いという自身の弱点をカバーするため、最小限の魔力でアルフの機動力を削ぐ「徹底した前衛(タンク)と妨害(デバフ)」の立ち回りだ。
「なのは! この犬っころは私が引き受ける! 君は、あの子に言葉を届けてこい!」
「うんっ! ありがとう、紗雪ちゃん!」
なのははレイジングハートを構え、フェイトへと真っ直ぐに飛翔した。
「……バルディッシュ!」
『Scythe Form.』
フェイトのバルディッシュが鎌の形態へと変形し、黄金の稲妻となってなのはに迫る。圧倒的なスピード。しかし、今のなのははただ防御するだけの素人ではなかった。
「ディバイン……シューターッ!」
なのはの周囲に展開された十数発の桜色の魔力弾が、フェイトの退路を塞ぐように全方位から殺到する。それは相手を傷つけるためではなく、フェイトの超高速機動を相殺し、立ち止まらせるための「網」だった。
「くっ……!」
弾幕を避けきれず、フェイトの足が止まる。
そのコンマ数秒の隙に、なのははフェイトの至近距離まで肉薄していた。
「フェイトちゃん! お話ししよう! どうして君は、そんなに悲しい顔をしてるの!?」
「……ッ! あなたには、関係ない!」
フェイトが悲痛な声を上げ、バルディッシュを振り下ろす。なのははラウンドシールドでそれを受け止め、火花を散らしながら至近距離でフェイトの黄金の瞳を見つめ返した。
「関係なくないよ! 私は、フェイトちゃんと友達になりたいの!」
「と、もだち……?」
「うん! だから、教えて? ひとりで何を抱え込んでるの!?」
ガキィィィンッ!という音と共に、二人の少女の魔力と想いが夜空で激しく交錯する。
一方、地上でアルフの猛攻を捌き続けている紗雪は、上空の二人を見上げながら、かすかに口角を上げていた。
(……ああ。やっぱり君は、規格外の馬鹿(天才)だ)
紗雪の脳裏には、未来で叩き込まれた3万時間もの実戦と訓練の記憶がある。その地獄のようなデータの中に、「敵と刃を交えながら友達になりたいと叫ぶ」などという戦術は一つも存在しなかった。
未来を知る自分が、一人で強引に全てを終わらせるのが「最適解」だと思っていた。
しかし今、目の前で高町なのはが切り拓こうとしているのは、誰も欠けることなく、敵対していた相手すらも救い上げるという、圧倒的に優しくて泥臭い「未知の未来」だった。
「よそ見してるんじゃないよッ!」
「ふん……焦るな。私たちの役割は、あの子たちの『対話』が終わるまで、ここで泥臭く時間を稼ぐことだろう?」
紗雪はアルフの蹴りをノーブル・コレッジの柄で受け流し、不敵な笑みを浮かべた。
孤独だった一等空尉の心には、もう迷いはない。
白銀の指揮官と桜色の砲手。二人の少女が織りなす全く新しい魔法少女の物語が、夜の海鳴市で確かな熱を帯びて加速し始めていた。