魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
夜空で激突する桜色と黄金の光。
「友達になりたい」という高町なのはの言葉に、フェイト・テスタロッサは明らかな動揺を見せていた。
「と、もだち……? 遊びじゃないんだよ! 私は、母さんのためにジュエルシードを……っ!」
フェイトは悲鳴のように叫びながら、バルディッシュを振るう。しかし、その太刀筋には先ほどの鋭さはなく、迷いが雷の魔力を鈍らせていた。
なのははレイジングハートのシールドでそれを受け止めながら、一歩も引かない。
「遊びじゃないよ! だから、真剣にお話ししてるんだよ、フェイトちゃん!」
地上では、その様子を見上げた使い魔のアルフが焦燥の声を上げた。
「フェイト! くそっ、あんなわけのわからない子の言葉に耳を貸すんじゃないよ!」
アルフが強靭な脚力で上空へ跳躍しようとした瞬間、その軌道上に灰色の魔力弾が数発、正確に撃ち込まれた。
「ッ!? 邪魔するな!」
「よそ見をするなと言ったはずだ。君の相手は、この私だろう?」
白銀のバリアジャケットを纏った芹葉紗雪が、ノーブル・コレッジを構えて立ち塞がる。
紗雪の視界には、ファイル「MOIRA網」が弾き出したアルフの筋肉の収縮率、魔力の指向性、そして次の機動予測が完璧なデータとして展開されていた。
(野生の勘と圧倒的な身体能力。だが、直線的すぎる。予測は容易だ)
「小賢しい真似を……! アタシの魔力を消せるからって、調子に乗るんじゃないよ!」
アルフがフェイントを交えた連続攻撃を仕掛けるが、紗雪は最小限の動きでそれを躱し、魔力による攻撃のみを変換資質『消滅』で的確に無効化していく。
かつてのように「すべてを一人で消し去る」ための暴走ではない。高町なのはという規格外の『砲手』が、フェイトの心を打ち砕き、救済するその時まで、盤面を完全にコントロールするための『指揮官』としての立ち回りだ。
「高町なのはは、今、本気でフェイトと向き合っている。……使い魔である君なら、あの金髪の少女が本当は戦いなど望んでいないことくらい、分かっているんじゃないのか?」
「……ッ!」
紗雪の静かな問いかけに、アルフの動きが一瞬止まった。図星だった。誰よりもフェイトの傍にいて、彼女の心に負った傷の深さを知っているのはアルフ自身なのだ。
上空では、なのはの放ったディバイン・シューターの誘導弾がフェイトの周囲を取り囲み、その機動力を完全に縫い留めていた。
「お願い、フェイトちゃん! 一人で辛いなら、私にも分けて!」
「私は……っ、私は……!」
フェイトの瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちる。
母プレシアへの絶対の愛情と、初めて触れた同年代の少女からの無償の優しさ。二つの感情に板挟みになったフェイトの心は、限界を迎えていた。
「……アルフ、帰るよ!」
フェイトは半ば強引に魔力バーストを起こしてなのはとの距離を取ると、足元に黄金の転送魔法陣を展開した。
「フェイト! ……チッ、今日はこのくらいにしておいてやるよ!」
アルフもまた、紗雪から距離を取り、フェイトの魔法陣へと飛び込む。
「待って、フェイトちゃん!」
なのはが手を伸ばすが、二人の姿は金色の光と共に夜空へと溶けて消えてしまった。
後に残されたのは、静寂を取り戻した廃工場と、未回収のまま転がっていた一つのジュエルシードだけだった。
◇ ◇ ◇
「……逃げられたか」
地上に降り立った紗雪が、ノーブル・コレッジの形態を戻しながら呟く。
なのはもゆっくりと降下し、ジュエルシードを封印して回収した。その顔には、敵を逃した悔しさよりも、どこか安堵したような、しかしひどく心配そうな色が浮かんでいる。
「フェイトちゃん、泣いてた……。やっぱり、誰かに無理やり戦わされてるのかな」
「ああ。彼女の使い魔の反応を見る限り、その可能性は極めて高い」
紗雪はファイル「MOIRA網」のインターフェースを閉じながら、夜空を見上げた。
「だが、今日の君の言葉は、確実に彼女の核(コア)を揺さぶった。次会う時、彼女は今日までのような冷徹な戦士ではいられないだろう」
「うん。次こそ、絶対にお話ししてみせるよ」
なのははレイジングハートを胸に抱き、力強く頷いた。
紗雪はふと、隣に立つ桜色の少女を見つめた。
もし自分が、あのまま一人で全てを背負い、力ずくでフェイトを制圧し、ジュエルシードを奪い尽くしていたらどうなっていたか。フェイトの心は永遠に救われず、悲劇の連鎖は形を変えて続いていたかもしれない。
(救済とは、ただ悲劇の原因を力で排除することではない。誰かの心に寄り添い、共に未来を歩むこと……か)
未来の軍人として叩き込まれた冷徹な論理が、9歳の少女の温もりによって少しずつ溶かされ、全く新しい形へと再構築されていくのを感じていた。
「……行くぞ、なのは。今日は私の家で反省会だ。君のあの誘導弾(デコイ)の展開タイミング、もっと効率化できるはずだ」
「えぇー!? 今から紗雪ちゃんのスパルタ特訓!? ユーノ君、助けてー!」
「あはは……僕は遠慮しておくよ」
月明かりの下、二人の少女の笑い声が静かに響く。
孤独だった白銀の先導者は、もう一人ではない。彼女は今、最強の相棒と共に、本来の歴史よりも遥かに温かく、そして力強い未来の空を飛び始めていた。