魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
「遅い! フェイトの機動力なら、今ので三回は真っ二つにされているぞ!」
「くぅ〜っ! 紗雪ちゃん、例えが怖いよー!」
「……そうか? 現実的な脅威度を述べたまでだが」
「も、もう一回!」
週末の海鳴市、人目を避けた山林の奥深く。
紗雪が展開した強固な結界の中で、二人の少女の魔力が激しくぶつかり合っていた。
紗雪の白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ』から放たれる牽制の魔力弾を、なのはが『レイジングハート』の桜色のシールドで受け止め、即座に誘導弾(ディバイン・シューター)で反撃を試みる。しかし、紗雪は最小限の動きでそれを躱し、なのはの死角へ回り込んで杖の石突を寸止めした。
「……そこまで。防御からの反撃(カウンター)への移行に、まだ0.2秒のロスがある」
「はぁっ、はぁっ……紗雪ちゃん、手加減なしだね……っ」
なのはは肩で息をしながら、芝生の上にペタンと座り込んだ。
紗雪はバリアジャケットの武装を解除し、自らもなのはの隣に腰を下ろしてスポーツドリンクを手渡した。
「当然だ。私たちが次に相対する時、あの金髪の少女――フェイトは、間違いなく本気で向かってくる。君の言葉に揺らいでいたとはいえ、彼女の使い魔がそれを許さないだろう」
スポーツドリンクを飲み干しながら、紗雪は視界の隅に MOIRA網 を展開した。
このシステムは、海鳴市全域の微細な魔力動態を把握するための戦術情報支援ネットワークである。紗雪は MOIRA網 を通じて、先ほどの模擬戦におけるなのはの魔力波長や反応速度のデータを解析していた。
(……恐ろしい成長速度だ。たった数日で、私が未来で叩き込まれた空間戦術の基礎を身体で理解し始めている)
かつての紗雪にとって、この情報網は単独行動を完璧に遂行し、自分一人で「最適解」を押し付けるための孤独なシステムだった。しかし今、その莫大な情報処理リソースの多くは、高町なのはという規格外の『主砲』を最も効果的に活かすための、火力支援と射線確保の計算へと割かれている。
「紗雪ちゃん? どうしたの、難しい顔して」
「……いや。ただの事実確認だ。君の魔力出力はすでに私を上回っているが、制動力と戦術の引き出しがまだ足りない。私が徹底的に教え込んでやる」
「うんっ! よろしくお願いします、紗雪教官!」
なのはがビシッと敬礼のポーズをとる。その無邪気な笑顔に、紗雪は思わず毒気を抜かれたように小さく吹き出した。
「教官、か。……まあ、悪くない響きだ」
かつては一人で全てを終わらせようとしていた少女が、今は隣で笑う同い年の親友を守り、その想いを届けるために力を貸している。その変化は、紗雪自身の心を何よりも救済していた。
「よし、休憩終わりだ。次は、君の誘導弾と私の魔力消去(イレイズ)を連携させた、対高速機動用の拘束陣形を試す。ついてこれるな?」
「もちろんだよ! 絶対にフェイトちゃんとお話しするんだから!」
二人の少女は再び立ち上がり、決意を新たに空へと舞い上がった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
海鳴市の遥か上空、次元の狭間を航行する時空管理局の巡航艦『アースラ』。
「……艦長。第97管理外世界『地球』の極東地区にて、大規模なロストロギアの反応を複数確認しました」
艦橋のモニターを見つめながら、執務官の少年――クロノ・ハラオウンが鋭い声を上げた。
「やはり、ジュエルシードね。……被害状況は?」
「それが、妙なのです」
艦長席に座るリンディ・ハラオウンの問いに、クロノは眉をひそめてデータを拡大した。
「次元震の兆候は何度も確認されているのですが、その度に『何者か』が局地的な空間結界を展開し、被害をゼロに抑え込んでいます。さらに……」
クロノは、先日紗雪がフェイトとなのはを止めるために放った『局所的な魔力消去』の残滓データを画面に表示した。
「この空間の魔力波長。信じられないことに、ジュエルシードとも、現在確認されている次元犯罪者とも違う……全く未知の、しかし極めて高度な『魔力消去(ディスペル)』の痕跡があります」
「……単なるロストロギアの暴走じゃない。誰かが、意図的に事態に介入しているということ?」
「はい。それも、相当な手練れです。場合によっては、我々時空管理局の障害になる可能性も……」
クロノが厳粛な顔で告げる。リンディは静かに頷き、艦長としての命令を下した。
「アースラ、現宙域より第97管理外世界へ次元跳躍(システム・トランスファー)。……ジュエルシードの回収と並行して、その『未知の介入者』の調査を急ぎなさい」
「了解(イエス・マム)!」
海鳴市で絆を深め、フェイトを救うための特訓を続ける紗雪となのは。
悲しみを抱えながらジュエルシードを求めるフェイト。
そして、事態の異常性を察知し、ついに本格的な介入を開始した時空管理局。
役者は揃った。
未来の歴史を静かに書き換えてきた紗雪の介入が、ついに時空管理局の目に留まり、物語はさらなる激動の渦へと突入しようとしていた。