魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
海鳴市の夜空を、二つの光が疾走していた。
一つは桜色、もう一つは白銀。高町なのはと芹葉紗雪は、新たなジュエルシードの波長を追って臨海地区の倉庫街へと急行していた。
「……おかしいな」
飛行しながら、紗雪は微かに眉をひそめた。彼女の視界に展開されたファイル「MOIRA網」は、ジュエルシードの反応と、それに先行して接触しているフェイト・テスタロッサの魔力を正確に捉えている。だが、それとは別に、上空の極めて高い高度から「別種の巨大な魔力波長」が降下してくるのを検知していた。
(この整然とした空間転移(トランスファー)の波長……時空管理局の艦船か! 予想以上に介入が早い!)
「紗雪ちゃん、フェイトちゃんがいたよ!」
なのはの声に意識を引き戻される。眼下の巨大な倉庫の屋上では、フェイトがバルディッシュを構え、ジュエルシードの光を封印しようとしている最中だった。
「なのは、特訓通りにいくぞ。私が使い魔(アルフ)の射線を潰す。君はその隙に、フェイトの機動力を網で封じろ!」
「了解っ!」
なのはが急降下と共にレイジングハートを掲げる。
「ディバイン……シューターッ!」
特訓を経て圧倒的に精度を増した十数発の桜色の誘導弾が、フェイトの退路を塞ぐように全方位から殺到する。
「またアンタたちかいッ!」
フェイトを護るべくアルフが魔力弾を放とうとするが、その射線上に白銀の一閃が割り込んだ。
「させないと言ったはずだ!」
紗雪がノーブル・コレッジを振るう。放たれた極小の局所的『イレイズ』が、アルフの魔力弾だけをピンポイントで無に還し、一切の物理的被害を出さずに彼女の攻撃を完全に無力化する。特訓で培われた、完璧な役割分担。
「くっ、またアタシの魔法が……!」
「フェイトちゃん!」
アルフが釘付けにされた一瞬の隙を突き、なのはが弾幕の網を潜り抜けてフェイトの至近距離へと肉薄した。
「……高町、なのは!」
フェイトが悲痛な顔でバルディッシュを振るおうとした、まさにその瞬間だった。
『ストラグル・バインド!』
夜空から突如として響き渡った凛とした少年の声と共に、青白い光の輪が雨のように降り注いだ。
光の輪は、なのは、フェイト、そしてアルフの四肢を瞬時に拘束し、その動きを完全に封じ込めた。
「えっ!? なにこれ……動けない!」
「魔力拘束……ッ!?」
驚愕するなのはとフェイト。紗雪はファイル「MOIRA網」の警告アラートに従い、咄嗟に後方へ跳躍して拘束魔法を回避していた。
「そこまでだ。これ以上の勝手な行動は、次元法に抵触する」
月明かりを背にして、黒を基調とした時空管理局の執務官服を纏った少年が、静かに屋上へと降り立った。手には、青い宝玉をあしらったストレージデバイス『S2U』。
「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。……これより、ジュエルシードの捜索及び回収は、我々時空管理局が引き継ぐ」
クロノは鋭い視線で拘束されたフェイトたちを一瞥した後、真っ直ぐに紗雪へと向き直った。
「そして……君だね。海鳴市全域で確認されていた、ロストロギアの暴走を未然に防ぎ、未知の『魔力消去』を行っていた介入者は」
「……ッ」
紗雪はギリッと奥歯を噛み締めた。
クロノ・ハラオウン。未来の時空管理局において、彼女の直属の上司にあたる提督であり、幾度となく背中を預け合った戦友でもある。
その彼が今、自分を「正体不明の不審者」として警戒し、敵対の意思を向けている。もしここで身元を調べられれば、芹葉家が時空管理局情報部の家系であることがバレるだけでなく、未来から持ち込んだ技術まで露見してしまう。
「どうした。君のそのデバイスも、登録されているデータには存在しない規格だ。所属と目的を明かしてもらおう」
クロノがS2Uの銃口を紗雪へ向ける。
なのはが拘束されたまま、必死に声を上げた。
「ま、待って! 紗雪ちゃんは悪い人じゃないよ! フェイトちゃんだって、本当は……!」
「悪いが、民間人の君たちは下がっていてもらうよ。後で記憶処理を施した上で、自宅へ帰す」
クロノの冷徹な宣告。それは、かつて紗雪自身が「最適解」としてなのはに押し付けようとしていたのと同じ、完全な管理と排除の論理だった。
だが、今の紗雪は違う。なのはの真っ直ぐな想いを知り、フェイトの心を救うと決めた、桜色の砲手の『教官』なのだ。
(ここでフェイトが管理局に捕まれば、彼女はただの次元犯罪者として裁かれる。あの子の心は、永遠に救われないまま……!)
紗雪は覚悟を決め、ノーブル・コレッジを強く握り直した。
「……高町なのは」
「えっ?」
「君の言う通りだ。あの金髪の少女(フェイト)と話をするのは、君でなければならない。……こんなところで、終わらせてたまるかッ!」
『Limit Unlock. Conversion aptitude... Stand by.』
紗雪の杖の先端に、灰色の魔光が収束する。
彼女はクロノではなく、なのはとフェイトを縛り付けている光の輪(ストラグル・バインド)に向けて、魔力消去を放った。
「『イレイズ・シュート』!!」
「なにっ!?」
クロノが驚愕の声を上げる中、灰色の閃光が拘束魔法の構造を強引に演算消去(デリート)する。パリンッという音と共に光の輪が砕け散り、なのはとフェイトが解放された。
「なのは! 私はこいつ(執務官)の足止めをする! 君はフェイトの退路を拓け!」
「紗雪ちゃん! でも……!」
「行け!! 私たちの目的を思い出せ!!」
紗雪の激しい一喝に、なのははハッと息を呑み、そして力強く頷いた。
「フェイトちゃん、こっち!」
「……どうして」
「いいから! 今捕まったら、もうお話しできなくなっちゃうでしょ!」
なのはは困惑するフェイトの手を強引に引き、アルフと共に屋上の端へと走り出す。
「逃がすかッ!」
クロノが後を追おうと地を蹴った瞬間、その眼前に紗雪が白銀の防壁を展開して立ち塞がった。
「君の相手は私だ、時空管理局。……生徒の邪魔はさせない」
圧倒的な練度を誇る正規の執務官と、未来の戦術を知り尽くした孤独な一等空尉。
三つの勢力が交差する夜の海鳴市で、物語は予測不能の激戦へと突入していく。