魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
深夜。高町家の喫茶店『翠屋』の二階、なのはの自室。
窓を音もなく開けて滑り込んできた芹葉紗雪は、バリアジャケットを解除すると同時に、ふうっと深い息を吐き出した。
「お帰りなさい、紗雪ちゃん! ケガはない!?」
「問題ない。時空管理局の執務官は手強かったが、どうにか撒いてきた」
パジャマ姿のなのはと、少年の姿に戻ったユーノに出迎えられ、紗雪はベッドの端に腰を下ろす。
彼女の視界では、海鳴市のあらゆる魔力動態を把握・演算するシステムであるファイル「MOIRA網」が、上空の巡航艦『アースラ』からの探査波長を検知し、微弱な警告を発し続けていた。
「時空管理局……まさか、こんな辺境の次元にまで介入してくるなんて。僕たちがジュエルシードを早く集めきれなかったからだ……」
ユーノが責任を感じたように俯く。
しかし、紗雪は冷静に首を横に振った。
「気にするな。彼らの介入は時間の問題だった。むしろ、今の状況で最も警戒すべきは、彼らの『管理の目』からフェイトをいかに隠し、救い出すかだ」
紗雪は瞳を閉じ、脳内のファイル「MOIRA網」へアクセスして3つの魔力レンズ配置の収束と発散を基本原理とした光パルス信号伝送を高度に制御し、自分たちとなのはの自宅周辺の魔力痕跡をアースラのレーダーから完全に隠蔽する処理を実行した。
「……なのは。フェイトとは、話せたか」
紗雪の問いかけに、なのはは力強く頷いた。
「うん。フェイトちゃん、お母さんのためにジュエルシードを集めてるって教えてくれた。……お母さんに、昔みたいに優しく笑ってほしいんだって」
「そう、か……」
紗雪は小さく呟き、伏し目がちに両手を組んだ。
未来の歴史を知る彼女の脳裏には、フェイトの母であるプレシア・テスタロッサの狂気と、やがて訪れる『時の庭園』での悲劇の記憶が鮮烈に刻み込まれている。
(プレシア・テスタロッサ。もはや対話でどうにかなる段階は過ぎている。このままフェイトがジュエルシードを集めきれば、彼女は用済みとして切り捨てられ……最悪の場合、時空管理局に次元犯罪者として捕らえられる)
かつての紗雪であれば、ここで「自分がプレシアを暗殺して全てを終わらせる」という極端な最適解を選んでいただろう。
だが、今の彼女は違う。隣には、どんな絶望的な状況でも対話と希望を諦めない、桜色の教え子が座っているのだ。
「なのは、ユーノ。よく聞いてくれ。フェイトの母親は、おそらく通常の手段では説得できない。彼女の心はすでに、深い狂気に呑まれている可能性が高い」
「えっ……」
「そして、先ほどの時空管理局は次元の法を司る組織だ。彼らにフェイトが捕まれば、情状酌量の余地なく犯罪者として裁かれる。……つまり、私たちに残された時間は少ない」
紗雪は白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ』を手に取り、真っ直ぐになのはの瞳を見つめた。
「フェイトを、彼女の母親と時空管理局の両方から救い出す。……極めて難易度の高い作戦になるが、君にその覚悟はあるか?」
冷徹な一等空尉としての戦術的判断と、一人の少女としての温かい願いが入り交じった問い。
なのはは、胸元のレイジングハートを両手でギュッと握りしめ、夜の星のように揺るぎない瞳で紗雪を見つめ返した。
「あるよ。フェイトちゃんがあんなに悲しい顔をしてるのに、放っておくなんて絶対にできないもん」
「……ふっ。そう言うと思っていた」
紗雪の口元に、自然と柔らかな笑みがこぼれる。
「ならば、明日から特訓のメニューを切り替える。対・高速機動戦闘に加え、対・複数戦、そして強固な結界の突破術式だ」
紗雪は立ち上がり、教官としての威厳を漂わせながらビシッと指を突きつけた。
「私が持っている戦術と技術の全てを、君のその規格外の魔力に叩き込む。……フェイトを救うための、最強の『主砲』になってもらうぞ、高町なのは!」
「はいっ、紗雪教官! 私、絶対に頑張る!」
ユーノが「またスパルタが始まるのか……」と苦笑いする中、二人の少女の熱い決意が夜の自室に響き渡る。
管理局の追跡という新たな脅威が迫る中、フェイト・テスタロッサ救出という明確な目標に向けて、白銀と桜色のバディはさらなる進化の階段を駆け上がろうとしていた。