魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
薄暗い地下水路には、冷たい水音と、次元の歪みが発する不気味なノイズが反響していた。
紺色に白い縁取りがあしらわれた燕尾服と膝丈のスカートという、可憐ながらも規律あるバリアジャケットを翻し、紗雪は狭い空間を滑るように飛翔する。その後方からは、桜色の魔力を纏ったなのはがピタリと追従していた。
紗雪の視界には、ファイル「MOIRA網」 が展開され、地下水路の複雑な地形データを3Dマッピングしてリアルタイムで投影している。
「フェイトの反応は前方、巨大な貯水槽エリアだ。……だが、シードの波長が不安定になっている」
「急ごう、紗雪ちゃん!」
貯水槽エリアへ飛び込むと、そこでは巨大な水竜の形をとったジュエルシードの怪物と、フェイト、アルフが激しい戦闘を繰り広げていた。
「ハァッ!」
フェイトのバルディッシュが閃刃を放つが、閉鎖空間では彼女の持ち味である最高速度の機動が活かしきれていない。回避が遅れたフェイトの死角を、怪物の水の鞭が容赦なく薙ぎ払おうとする。
「フェイトちゃん、危ないッ!」
なのはが叫び、レイジングハートからプロテクションを展開してフェイトを庇った。
激しい水しぶきが上がり、桜色の防壁が衝撃を受け止める。
「なっ……高町、なのは!?」
「またアンタたちかいッ!」
驚愕するフェイトとアルフ。だが、言葉を交わす暇もなく、怪物が次なる巨大な水圧弾を放ってきた。
その射線上へ、白銀の閃光となって割り込んだのは紗雪だった。
「よそ見をしている余裕があるのか! このデカ物は私が抑える!」
紗雪はノーブル・コレッジを突き出し、『消滅(イレイズ)』の局所展開を実行する。放たれた極小の灰色の魔光が水圧弾の魔力構造だけを的確に削り落とし、破壊力を持たないただの大量の水しぶきへと変えて無効化した。
「なのは、特訓の成果を見せろ! 君の役割を果たしてこい!」
「うんっ!」
紗雪が怪物とアルフの射線を完全に塞ぐ前衛(盾)となる中、なのははフェイトへと向き直った。
「フェイトちゃん! お話ししようって言ったでしょ!」
「……邪魔、しないで……っ!」
フェイトが雷の魔力を纏い、なのはへと突進してくる。
直線的な加速。その瞬間、なのはの脳裏に紗雪教官の鋭い声が蘇った。
『彼女が今いる場所を狙うな! 彼女が次に踏み込む空間に網を張れ!』
「ディバイン……シューターッ!!」
なのはが放った十数発の桜色の誘導弾は、突進してくるフェイトを直接狙うのではなく、地下水路の壁や天井のカーブを利用して跳弾のように軌道を変えた。それは閉鎖空間の地形を逆手に取った、逃げ場のない全方位トラップだった。
「ッ!?」
フェイトが咄嗟に急ブレーキをかけるが、その先の空間にもすでに桜色の弾幕が配置されていた。高速機動の死角を完璧に突かれ、フェイトの足が完全に止まる。
「今だッ!」
なのはが、弾幕の網を自ら潜り抜け、フェイトの至近距離へと一気に距離を詰める。
攻撃のためではない。ただ、目の前の悲しい顔をした同い年の少女に、自分の言葉を届けるための突進。
「捕まえたっ、フェイトちゃん!」
なのははレイジングハートを手放し、両手でフェイトの身体を正面からギュッと抱きしめた。
「……えっ」
突然の温もりに、フェイトの黄金の瞳が見開かれる。
魔力でも、刃でもない。ただの不器用で真っ直ぐな体温が、彼女の冷え切っていた心を強く揺さぶった。
「どうして、お母さんに笑ってほしいのに、フェイトちゃんが泣きそうな顔をしてるの?」
「私、は……っ」
「一人で辛いなら、私たちが手伝うよ! ジュエルシードも一緒に集める! だから、もう痛い思いをして戦わないで!」
なのはの必死の叫びが、水音だけが響く地下空間にこだまする。
フェイトの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。ずっと誰かに言ってほしかった言葉。ずっと誰かに助けてほしかった、本当の心。
「……母さん、が……」
フェイトが震える声で、ついに心の奥底の痛みを吐露しようとした、その時だった。
『――そこまでだ、君たち』
突然、貯水槽エリアの上空から、青白い光の輪(ストラグル・バインド)が雨のように降り注いできた。
なのはとフェイトの周囲を取り囲むように展開されたのは、時空管理局の強力な捕縛魔法。
「なっ……時空管理局の執務官ッ! 結界を抜けてきたというのか!?」
怪物の猛攻を捌いていた紗雪が、ファイル「MOIRA網」 に突如割り込んできた強大な干渉波長を見て鋭い声を上げる。
「あの程度の隠蔽結界、アースラの索敵を甘く見すぎだ。……今度こそ逃がさないよ、正体不明の介入者たち」
暗闇の中から、S2Uを構えたクロノ・ハラオウンが静かに姿を現した。
ジュエルシードの怪物、フェイトとアルフ、なのはと紗雪、そして時空管理局。全ての運命が交差する地下水路で、事態はかつてない混沌へと突入していく。