魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
海鳴市の外れにある、人気のない深夜の海浜公園。
地下水路からの強引な離脱を果たした四つの影が、荒い息を吐きながら芝生の上に降り立った。
「はぁっ、はぁっ……ここまで来れば、大丈夫だよね……?」
「……ああ。時空管理局の索敵は、完全に振り切った」
なのはの問いに、紗雪は紺色に白い縁取りがあしらわれた燕尾服と膝丈のスカートのバリアジャケットについた水滴を払いながら頷いた。
彼女は念のため、視界の隅で海鳴市の戦術情報を司るファイル「MOIRA網」を起動し、周囲に巡航艦『アースラ』からの干渉波長が存在しないことを入念に確認する。
安全が確保されたと知るや否や、なのははすぐさまフェイトの方へと振り返った。
「フェイトちゃん、ケガはない!? アルフちゃんも!」
「……どうして」
フェイトは、バルディッシュを握りしめたまま、困惑しきった黄金の瞳でなのはと紗雪を交互に見つめた。
「どうして、あそこで私を助けたの? あのまま私たちが時空管理局に捕まれば、あなたたちはジュエルシードを独り占めできたのに……。それに、あんな怪物を倒すのに、私の力なんて……」
「フェイトちゃんがいなかったら、倒せなかったよ」
なのはは、ゆっくりとフェイトに歩み寄り、その手からそっとバルディッシュを下ろさせた。
「フェイトちゃんの雷の魔法があったから、私の砲撃で作った隙に、怪物を完全に止めることができたの。……それにね」
なのはは、夜の星明かりの下で、とびきり優しく微笑んだ。
「私、フェイトちゃんが管理局の怖い人たちに連れて行かれるの、絶対に嫌だったもん。だってお話し、まだ途中だったでしょ?」
「な、のは……」
フェイトの瞳が大きく揺らぐ。
傍らで警戒していた使い魔のアルフも、なのはの嘘偽りのない真っ直ぐな言葉と、先ほどまで自分たちを庇って盾(前衛)となってくれた紗雪の姿を見て、小さく息を吐いて戦意を収めた。
「……アンタたち、本当にお人好しのバカなんだね。アタシらはずっと、アンタたちを攻撃してきたっていうのに」
「バカで結構だ。誰かがバカにならなければ、悲劇の連鎖は止まらないからな」
紗雪はノーブル・コレッジを消散させ、腕を組みながら静かにフェイトを見据えた。
「フェイト・テスタロッサ。君が母親の笑顔を取り戻すためにジュエルシードを集めていることは知っている。だが、時空管理局が本格的に介入してきた以上、もはや君一人で立ち回れる盤面ではない」
「……母さんは、私がシードを集めれば、きっと昔みたいに優しく……!」
「君の母親の心を蝕んでいるのは、ジュエルシードの力だけではないはずだ」
紗雪の鋭くも悲しげな指摘に、フェイトは言葉を詰まらせた。
痛いほど分かっていた。どれだけシードを集めても、プレシアの瞳に宿る狂気と冷たさが消えることはないのではないかと、心のどこかでずっと怯えていたのだ。
「一人で抱え込むな、フェイト」
紗雪が静かに告げる。
その声は、かつて孤独に未来を変えようとしていた一等空尉のものではなく、今のなのはを導いている『教官』としての、厳しくも温かい響きだった。
「君の母親を救う方法があるかは分からない。だが、君がこのまま時空管理局に次元犯罪者として捕まり、心を壊される未来だけは、私たちが絶対に阻止する」
「紗雪ちゃんの言う通りだよ、フェイトちゃん!」
なのはが、フェイトの両手を自分の両手でギュッと包み込む。
「一人で辛いなら、私たちに半分こさせて。ジュエルシードも一緒に集めるし、お母さんのことも一緒に考える! だから……もう、敵同士はやめにしよう?」
「……っ」
フェイトの目から、せき止めていた感情が決壊したように、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
温かい。なのはの手も、紗雪の言葉も。
ずっと暗闇の中で一人ぼっちで震えていた自分を、二人の少女の光が力強く引っ張り上げてくれるのを感じた。
「……私、は……」
フェイトは嗚咽を漏らしながら、なのはの胸に顔を埋めた。
なのはは優しくフェイトの背中を撫で、アルフもまた、泣き崩れる主の傍らでそっと目を伏せた。
紗雪は、夜空を見上げながら静かに微笑んだ。
本来の歴史では血を流し合い、傷つけ合うことでしか分かり合えなかった二人の少女が、今、確かな絆で結ばれたのだ。自分の介入が導き出した、何よりも尊い『最適解』がそこにあった。
「……泣き止んだら、作戦会議だ。時空管理局の目から隠れつつ、残りのジュエルシードを全て回収する。忙しくなるぞ、二人とも」
白銀の指揮官、桜色の砲手、そして黄金の騎士。
三つの星が初めて同じ空の下で重なり合い、最強の同盟が結ばれた夜だった。