魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
翌日の放課後。高町家の喫茶店『翠屋』の二階にあるなのはの自室には、かつてないほど人口(と動物)が密集していた。
「時空管理局の巡航艦『アースラ』は、現在、海鳴市全域に高精度の魔力探査網(スキャン)を敷いている。不用意に魔力を放てば、数秒で執務官のクロノが空間転移(トランスファー)してくる盤面だ」
部屋の中心で腕を組み、ホワイトボード代わりに空中に展開したファイル「MOIRA網」 の戦術マップを指し示しているのは、芹葉紗雪である。
ベッドには高町なのはとフェイト・テスタロッサが並んで座り、その足元ではフェレット姿のユーノと、子犬の姿に擬態したアルフが真剣な顔でマップを見上げていた。
「フェイトちゃん。今までシードを集めてた時は、どうやって管理局の目から逃れてたの?」
「……アルフの結界と、空間転移(テレポーション)の転移痕を偽装して、探知を遅らせていたの。でも、あの執務官(クロノ)にはもう手口がバレちゃってるから……」
フェイトが不安げに俯くと、なのはが「大丈夫だよ」と力強くその手を握った。
「私がいるし、紗雪ちゃんの作戦もあるもんね!」
「ああ。私がファイル「MOIRA網」 を用いて、アースラの探査波長に『偽の魔力動態データ』を上書きし続ける。その欺瞞(クローキング)が通用する数十秒の間に、ジュエルシードを完全制圧・封印し、即座に離脱する。……それが私たちの新しい基本戦術だ」
紗雪は白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ』を手に取り、なのはとフェイトの顔を交互に見据えた。
「フェイトは、その圧倒的な機動力で敵を撹乱し、シードの核を露出させろ。私が前衛(盾)となって敵の反撃と射線を全て消去(イレイズ)する。そして、なのは」
「はいっ!」
「君は私たちの後方から、戦況の全てを見渡し……最も重く、最も確実な一撃で、シードを沈めろ。君たちの背中と作戦時間は、私が死守する」
一切の無駄がない、互いの長所を完全に活かし切る三位一体の陣形。
かつては一人で傷つき、全てを背負い込もうとしていたフェイトの黄金の瞳に、パァッと希望の光が宿った。
「私……やってみる。なのはと、紗雪と一緒に!」
その時、紗雪の視界でファイル「MOIRA網」 が鋭いアラートを鳴らした。
『My Lord. 第7セクター、臨海工業地帯にてジュエルシードの覚醒を検知。同時に、アースラからの干渉波長が急接近しています』
「来たぞ。……実践訓練の開始だ!」
◇ ◇ ◇
臨海工業地帯。
そこでは、鋼鉄のスクラップを巻き込んで巨大な多脚戦車のような異形と化したジュエルシードが、暴走の雄叫びを上げていた。
上空に空間転移で現れた三人の少女。
紗雪は紺色に白い縁取りがあしらわれた燕尾服と膝丈のスカートを翻し、素早くファイル「MOIRA網」 による欺瞞結界を工業地帯一帯に展開した。
「結界展開完了! アースラの目をごまかせるのは、もって60秒だ!」
「行くよ、フェイトちゃん!」
「うんっ!」
フェイトがバルディッシュを構え、黄金の雷光となって一直線に怪物へと突撃する。
圧倒的なスピード。迷いを吹っ切ったフェイトの機動力は、これまでの戦闘データを遥かに凌駕していた。怪物が放つ無数の鉄屑のミサイルを紙一重で躱し、バルディッシュの閃刃が怪物の脚部関節を次々と切断していく。
「グォオオオッ!」
バランスを崩した怪物が、怒り狂って全方位への広範囲魔力爆発を起こそうとした。
フェイトの機動力でも、あの至近距離からの面制圧は避けきれない。
「させない!」
フェイトの眼前へ、白銀の閃光が割り込む。
紗雪がノーブル・コレッジを突き出し、局所的な魔力消去(イレイズ)を展開。爆発のエネルギーがフェイトに届くコンマ数秒前に、その魔力構造だけを的確に削り落とし、ただの不発の煙へと変えた。
「ありがとう、紗雪!」
「止まるなフェイト! 装甲の継ぎ目をこじ開けろ!」
紗雪の完璧な防御(カバー)を受け、フェイトは一度も減速することなく怪物の胸部装甲へバルディッシュを叩き込んだ。
雷撃が炸裂し、分厚い鋼鉄の装甲が大きく弾け飛ぶ。その奥で、青く脈打つジュエルシードが完全に露出した。
「なのはッ!!」
フェイトと紗雪が、完璧なタイミングで左右へと離脱する。
その直後、二人の遥か後方、最も高い空の玉座で魔力を集束させていた桜色の砲手が、杖をまっすぐに振り下ろした。
「いっけぇぇぇぇッ!!」
なのはの放った極太の『ディバイン・バスター』が、フェイトがこじ開け、紗雪が射線を確保した軌道を寸分の狂いもなく貫き、ジュエルシードを完全に沈黙させた。
「封印、完了だよっ!」
なのはがシードを回収し、フェイトとハイタッチを交わす。
紗雪は小さく息を吐き、すぐさま転送魔法陣を展開した。
「喜ぶのは後だ! 離脱するぞ!」
◇ ◇ ◇
三人が離脱した、わずか数秒後。
工業地帯の上空に、時空管理局の執務官クロノ・ハラオウンが転移してきた。
「……遅かったか」
クロノは、すでに静寂を取り戻した工業地帯を見下ろし、忌々しげにS2Uを握りしめた。
アースラのセンサーがジュエルシードの反応を捉え、即座に出撃したはずだった。しかし、現場には激しい戦闘の痕跡があるのみで、ロストロギアも、あの正体不明の少女たちの姿も、完全に消え去っていた。
「アースラ、こちらクロノ。またしても空振りだ。……一体どうなっている。索敵網に引っかかってから、わずか数十秒でシードを完全制圧したとでもいうのか?」
クロノの背筋に、微かな悪寒が走る。
ただの子供の火遊びではない。未知の『指揮官』に率いられた、極めて高度な戦術部隊が、海鳴市で時空管理局を完全に手玉に取り始めている。
「……面白い。その尻尾、絶対に掴んでやる」
時空管理局の包囲網が狭まる中、三人の魔法少女の鮮やかな反撃の狼煙が、確かな軌跡を描いて夜空に上がっていた。