魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
なのはの放った極太の『ディバイン・バスター』が、時の庭園の淀んだ空気を切り裂き、プレシアの玉座へと直撃する。
強烈な閃光と魔力の爆発。しかし、煙が晴れた後には、何重にも展開された赤黒い魔法陣の奥で、不気味に哄笑するプレシアの姿があった。
「あははははっ! 遅いわ、遅いのよ! アリシア、もうすぐよ……!」
彼女の手元には、フェイトが集めたジュエルシードが異常な光を放って収束している。その莫大なエネルギーが、玉座の奥にあるカプセル――プレシアの本当の娘、アリシアが眠る棺へと注ぎ込まれ、空間の崩壊を急激に加速させていた。
「母さん……!」
フェイトの悲痛な叫びを掻き消すように、庭園の天井が崩落を始める。無重力のように瓦礫が舞い上がり、足元の石畳が次元の狭間へと次々に吸い込まれていく。
その時、強烈な青白い閃光が空間を駆け抜け、降り注ぐ瓦礫を的確に撃ち落とした。
「そこまでだ、プレシア・テスタロッサ!!」
空間転移で突入してきたのは、S2Uを構えた執務官クロノ・ハラオウン。彼の背後には、巡航艦『アースラ』から展開された武装局員たちの姿もある。
「時空管理局……ッ! ええい、小蝿どもが次から次へと!」
プレシアが苛立ちと共に巨大な魔力弾を乱れ撃つ。
クロノが防御を展開しようとした瞬間、彼の視界に「極めて洗練された緊急戦術データ」が送信されてきた。
『射角補正、右へ15度。防壁の出力を前方へ集中しろ、執務官!』
「なっ……この通信は!?」
クロノが驚愕して横を見ると、紺色に白い縁取りがあしらわれた燕尾服を翻す紗雪が、ファイル「MOIRA網」を通じてアースラへの戦術リンクを要請していた。
「空間の崩壊率が90%を超えた! このままでは全員次元の塵だ、局員たちに生存圏の確保を急がせろ!」
クロノは一瞬戸惑ったものの、送られてきた的確すぎるデータと、その背中から感じる不思議な安心感に押され、即座に決断した。
「……信用する。アースラ、彼女のデバイスに臨時回線を開け! 局員の防御指揮を一部委譲する!」
限定的な権限を受け取った紗雪が、戦況を完全にコントロールし始める。
その隙に、なのはとフェイトはプレシアの元へと飛翔した。
「フェイトちゃん! 私は周りの防御システムを抑える!」
「うん……っ!」
なのはがレイジングハートで次々と自動砲台を沈黙させる中、フェイトはついに玉座へ辿り着いた。だが、プレシアはすでにアリシアの眠るカプセルと共に、背後に広がる暗黒の次元の亀裂へと身を投げ出そうとしていた。
「母さん、行かないで! もうやめて、お願いだから……!」
フェイトは手を伸ばし、涙ながらに叫ぶ。
しかし、プレシアの瞳にフェイトの姿は映っていなかった。
「……アリシア。やっと、平和な世界(アルハザード)へ行けるわ……」
プレシアの身体が、ゆっくりと深淵の亀裂へと沈んでいく。
「母さんッ!!」
フェイトは、自らの命綱である飛行魔法すら解き、プレシアの後を追って崩壊する亀裂へと身を躍らせた。
「フェイトちゃん!?」
なのはが絶叫する。しかし、プレシアへ伸ばしたフェイトの手は虚しく空を切り、狂気と悲哀を抱いた大魔導師は、深淵の底へと完全に消え去ってしまった。
そして、フェイト自身もまた、足場のない次元の狭間へと真っ逆さまに落ちていく。
母に拒絶され、生きる目的を失った黄金の瞳が、静かに閉じられようとした。
――その時。
「諦めるな、フェイト・テスタロッサァァァッ!!」
凄まじい速度で急降下してきた白銀の影。紗雪が、燕尾服のスカートを激しくなびかせながら、フェイトの片腕をガシッと掴んだ。限界を超えた身体強化魔法。彼女の額から一筋の血が流れる。
「紗、雪……?」
「私たちを置いて、どこへ行く気だバカ野郎! お前の居場所は、ここにあるだろうが!」
紗雪が叫んだ直後、反対側の手を、今度は桜色の光が力強く握りしめた。
「フェイトちゃん!!」
「なのは……!」
涙でぐしゃぐしゃになったなのはが、フェイトの手を絶対に離さないとばかりに強く引く。
「約束したでしょ! ずっと一緒に、美味しいケーキを食べるって! 誰もいない暗いところになんて、絶対に行かせない!」
その温もりに、フェイトの瞳から再び大粒の涙が溢れ出した。
もう、母はいない。けれど、自分の両手には、どんな絶望からも力強く引っ張り上げてくれる、こんなにも温かい親友たちの手が握られている。
「アースラ!! 全員回収(トランスファー)しろッ!!」
クロノの叫びと共に、青白い転送光が崩壊する時の庭園を包み込む。
三人の少女が強く手を握り合ったまま、光の中へと溶けていく。
直後、プレシアの狂気が生み出した時の庭園は、次元の彼方へと完全に崩壊し、無に還った。
激動の夜が明け、少女たちの物語は、ようやく本当の「始まり」を迎えようとしていた。