魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~   作:長谷川広軌

29 / 44
第28話:星たちの帰還、新しい朝

時空管理局の巡航艦『アースラ』の医務室。

消毒液の微かな匂いの中、フェイト・テスタロッサはゆっくりと重い瞼を開けた。

「……ここは」

ぼんやりとした視界が焦点を結ぶ。

真っ白な天井。そして、両手から伝わってくる、確かな温もり。

視線を下ろすと、ベッドの右側では高町なのはが、左側では芹葉紗雪が、フェイトの手をしっかりと握りしめたまま、すーすーと穏やかな寝息を立てていた。足元には、使い魔のアルフとユーノが丸くなっている。

「なのは……紗雪……」

崩壊する時の庭園で、絶望の底に落ちていく自分を、二人が両側から力強く引き上げてくれた記憶が蘇る。

母を失った悲しみは、まだ胸の奥に冷たく横たわっている。それでも、自分の両手を握るこの温もりが、フェイトに「生きていていいのだ」と静かに語りかけていた。

フェイトの瞳から、安堵の涙が一粒こぼれ落ちた。

◇ ◇ ◇

数時間後。『アースラ』のブリーフィングルーム。

紺色に白い縁取りの燕尾服のバリアジャケットを解除し、私服姿に戻った紗雪は、艦長リンディと執務官クロノ・ハラオウンと対峙していた。

「……以上が、私たちが海鳴市で回収したジュエルシードの全データと、次元犯罪者プレシア・テスタロッサに関する戦術記録だ」

紗雪は、自身の視界に展開していたファイル「MOIRA網」 に蓄積された膨大な観測データを、アースラのメインコンソールへと転送した。

クロノはモニターに表示された極めて高度な戦術データに目を通し、信じられないというように眉間を揉んだ。

「本局の戦術プロトコルを完全に把握した指揮能力に、この異常な精度のデータ網……。君は、一体何者なんだ?」

「ただの、本をよく読む小学生だ」

紗雪はしれっと嘘をついた。

「ふざけるな。局員に的確な指示を出し、私の防御魔法の射角まで完璧に補正してみせた9歳児がどこにいる」

「ここにいるだろう? ……まあ、細かいことは気にするな、執務官殿」

紗雪はクスッと笑い、リンディへと視線を向けた。

「それよりも、約束の件はどうなる?」

「ええ。フェイト・テスタロッサの身柄は、私が責任を持って保護・監督するわ。あなたたちが提供してくれたこのデータは、彼女が置かれていた状況を説明する重要な資料になるわ。私も出来る限り力を尽くします」

リンディが優しく微笑んで頷く。

紗雪は深く息を吐き、深く一礼した。

「感謝する。……もう、彼女を一人にはしない。私たちがいる」

かつては「自分一人が全てを救う」と意気込んでいた少女の、確かな成長の証だった。

その背中を見つめながら、クロノは小さくため息をついた。

正体不明で、生意気で、それでいて誰よりも戦場を知り尽くしている不思議な少女。だが、彼女がフェイトやなのはに向ける瞳が、純粋な優しさに満ちていることだけは確かだった。

◇ ◇ ◇

数日後。海鳴市。

休日の午後、高町家の喫茶店『翠屋』の二階には、賑やかな笑い声が響いていた。

「はい、お待たせ! 今日は特別に、お父さんが特大のイチゴタルトを焼いてくれたよ!」

私服姿のなのはが、大きなケーキを持って部屋に入ってくる。

テーブルを囲んで待っていたフェイトと紗雪の目が、同時にパァッと輝いた。

「わぁ……美味しそう!」

「ふふん、私の戦術的予測によれば、このタルトは間違いなく海鳴市で一番の糖度と幸福度を誇るはずだ」

紗雪が真面目な顔で冗談を言うと、フェイトがたまらず吹き出した。

「もう、紗雪ったら。ケーキを食べるのに難しい言葉を使わなくていいんだよ?」

「むっ、これは未来を生き抜くための重要な分析で……」

「はいはい、教官殿はお口を開けてー! あーん!」

なのはがフォークで切り分けたケーキを、紗雪の口に強引に放り込む。

途端に、紗雪の顔がふにゃりと緩み、威厳ある一等空尉の面影は完全に消え去った。

「……美味しい」

その様子を見て、なのはとフェイトが顔を見合わせて笑い合う。

窓から差し込む温かな陽射し。誰かのルールに縛られることもなく、孤独に涙を流すこともない。紗雪が目指した完璧な『居場所』が、ここにあった。

「フェイトちゃん」

「うん?」

「これからも、ずっと一緒だよ。いろんなところに行って、美味しいものをたくさん食べようね!」

「……うんっ!」

フェイトは、黄金の瞳に涙ではなく、星のような輝きを宿して力強く頷いた。

未来の悲劇を知る少女が舞い降りた海鳴市の空は、本来の歴史よりも遥かに明るく、温かい。

白銀の指揮官、桜色の砲手、黄金の騎士。

三人の魔法少女たちが紡ぐ新しい日々は、優しくて甘いケーキの味と共に、穏やかに幕を開けたのである。

【第一期編・完】




取り敢えず第一期無印編のみ様子見で投稿しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。