魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
深夜。芹葉家の自室。
ベッドの上に胡座をかいた紗雪は、宙に浮かぶ青い宝石――『ジュエルシード』を冷徹な目で見つめていた。
『My Lord. 第1のシード、封印状態での安定を確認しました』
傍らに控えるノーブル・コレッジの報告に、紗雪は短く頷く。
「ご苦労様。続けて、残るシードの波長特定を急ぐ。ファイル「MOIRA網」 との同期率を最大まで引き上げて」
彼女が単独介入のために構築した戦術情報支援システム、ファイル「MOIRA網」 。その基幹探知アーキテクチャには、3つの魔力レンズ配置の収束と発散を基本原理とした光パルス信号伝送の概念が組み込まれている。これにより、莫大な情報量を遅延なく処理し、海鳴市全域の微細な魔力動態を極めて正確に網羅・把握することが可能だった。
(……よし。このペースなら、他の魔法少女たちが巻き込まれる前に、全てのシードを私が単独で回収できる)
全てを一人で背負い込む決意を新たにしたその時、網膜のインターフェースに赤いアラートが点滅した。
『My Lord. 第3セクターのクレーター跡地に、異界の魔力反応。波長パターンから、使い魔あるいはそれに準ずる魔法生物と推測されます』
紗雪の瞳が鋭く細められる。
「……来たか。シードの本来の管理者。予定通り、接触(コンタクト)して全ての情報を引き出す」
窓を開け、風除けの結界を張ると、彼女は夜の闇へと音もなく飛び立った。
◇ ◇ ◇
臨海公園の雑木林は、無惨な焦土と化していた。
「な、なんだよこれ……っ!?」
フェレットの姿をした異世界の少年魔導師、ユーノ・スクライアは、目の前に広がる巨大なクレーターを見て絶句していた。
彼が追ってきたジュエルシードの反応は、この場所で完全に途絶えている。しかし、周囲に残存しているのはシードの魔力ではなく、空間そのものを力技で焼き尽くすような、規格外の破壊を伴う暴力的な魔力の残滓だった。
「こんな魔法を撃てる奴が……この世界にいるのか? もしこの力が悪用されたら……!」
「――悪用はしない。これは『防衛』のための力だ」
「!?」
頭上から降ってきた冷たい声に、ユーノは弾かれたように空を見上げた。
月明かりを背に浮かんでいたのは、白と紺碧のバリアジャケットを纏った、幼い少女。だが、その手にある白銀のデバイスと、彼女から放たれる尋常ではない魔力の圧は、歴戦の魔導師でさえ本能的に震え上がるほどのものだった。
「お前がシードの管理者だな、フェレット。名はなんと言う?」
「き、君は……っ! 君がこれをやったのか!? ジュエルシードはどこだ!」
「質問をしているのは私だ」
紗雪がノーブル・コレッジの石突で軽く虚空を叩くと、ユーノの周囲に四角形の強固な拘束結界が瞬時に展開された。
「うわっ!? しまった……結界魔法!?」
「抵抗は推奨しない。私の目的はシードの完全回収と、この世界の被害を未然に防ぐことだ。お前が持つシードの捜索データ、及び全てのアクセス権限を私に譲渡しろ。そうすれば、お前は安全な次元へ強制送還してやる」
淡々と、感情の起伏もなく告げる紗雪。そのやり方はあまりにも一方的で、軍事的な制圧そのものだった。
未来の悲劇を知るがゆえに、「被害を出さない最適解」を急ぎすぎる紗雪。しかし、何も知らないユーノから見れば、彼女は圧倒的な力で他者をねじ伏せる危険な存在でしかない。
「ふ、ふざけるな! シードは僕が責任を持って集めなきゃいけないんだ! 君みたいに、周りを顧みずにこんな破壊を撒き散らす人に、任せられるわけないだろ!」
ユーノは結界の中で必死に魔力を練り上げ、助けを求める思念波(テレパシー)を全方位に向けて放った。誰でもいい、この暴走した強大な力を持つ少女を止められる誰かに――!
「無駄だ。ファイル「MOIRA網」 で周辺帯域のジャミングは完了している。お前の声は誰にも届かない。……大人しく情報を渡せ」
紗雪は冷酷に言い放ち、結界の強度をさらに上げてユーノの魔力を封じ込めようとした。
――しかし。
軍人としての論理的演算では測れない「運命」という不確定要素が、彼女の完璧な計算にわずかなノイズを走らせた。
『……だれ、か……』
深夜。海鳴市の住宅街。
偶然にも目を覚ましていた一人の平凡な少女、高町なのはの心に、ノイズをすり抜けたユーノの悲痛なSOSが、微弱ながらも確かに届いていたのである。完璧なはずだった紗雪の「単独行」の歯車が、少しずつ狂い始めていた。