魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
「よそ見をしている余裕があるのか。……鉄十字の騎士殿」
砕け散る赤い結界の破片を抜け、上空から白銀と黄金の二つの流星が舞い降りた。
なのはの前に降り立った芹葉紗雪は、紺色に白い縁取りの燕尾服を翻し、白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ』を真っ直ぐに構える。その横では、フェイト・テスタロッサが『バルディッシュ』に黄金の雷光を走らせ、鋭い視線で赤い帽子の少女――ヴィータを睨みつけていた。
「紗雪ちゃん! フェイトちゃん!」
「すまない、なのは。少々ケーキを食べ過ぎて到着が遅れた」
紗雪が軽口を叩きながらも、その瞳は極めて冷徹にヴィータの戦力を値踏みしていた。
紗雪の視界には、ファイル「MOIRA網」が展開されている。その高度な演算リソースは瞬時にヴィータの魔力波長と武装の質量を解析し、最適な防御陣形を二人の脳内へリンクさせていた。
「なんだよ、お前ら……! アタシの結界を外から叩き割るなんて、ふざけた真似しやがって!」
ヴィータが激昂し、巨大な鉄槌『グラーフアイゼン』を振りかぶる。
「まとめて潰してやる! ツェアシュラーゲン!!」
『Gigant form.』
グラーフアイゼンのハンマーヘッドがさらに巨大化し、圧倒的な質量と推進力を持って三人の少女へ殺到する。
「フェイトは右舷へ! なのはは後方から牽制! ……前衛(盾)は私が引き受ける!」
紗雪が一歩前に踏み出し、ノーブル・コレッジを突き出した。
局所的な魔力消去(イレイズ)と、多重の物理防壁の同時展開。
ドゴォォォォォッ!!
ハンマーと防壁が激突し、凄まじい衝撃波が夕暮れの住宅街を吹き抜ける。
紗雪は顔をしかめ、ブーツの底でアスファルトを削りながら数メートル後退した。
(重い……! 私がかつて管理局の教導隊で耐え抜いた、3万時間に及ぶ過酷な仮想戦闘の訓練試験……その全データと照合しても、この一撃の破壊力と魔力変換効率は異常だ!)
「ハァァァァッ!」
ヴィータがさらに押し込もうとするが、その死角から黄金の閃光が迫った。
「なのはに、近づかないでッ!」
『Scythe form.』
フェイトのバルディッシュが大鎌の形態となり、ヴィータの防御の外側へ鋭く斬り込む。圧倒的なスピード。ヴィータは舌打ちをし、ハンマーの柄で強引に大鎌の軌道を逸らした。
「チィッ、ちょこまかと!」
「今だよっ、レイジングハート!」
『Divine Shooter.』
フェイトが作った一瞬の隙を見逃さず、後方に退避していたなのはが、十数発の桜色の誘導弾を一斉に放つ。
前後左右、逃げ場を完全に塞ぐ連携攻撃。無印編での血みどろの死闘を経て完成された「三連星」の陣形が、ヴィータを完全に包囲していた。
「なめるなァッ!!」
ヴィータのデバイスから、ガシャン! という鋭い金属排莢音が響いた。
『Load Cartridge.』
瞬間、グラーフアイゼンの推進口から爆発的な魔力の炎が噴き出し、ヴィータの振るうハンマーの速度と威力が跳ね上がった。
(カートリッジの排莢音……古代ベルカ式。やはり来たか、鉄槌の騎士!)
未来の歴史資料で、紗雪はその存在と能力を知っていた。しかし――。
(記録では読んでいた。だがこれは……資料で見るのと、真正面から受けるのとでは話が違う!)
ヴィータの強引な一振りが、なのはの誘導弾を全て叩き落とし、そのまま紗雪の防壁へと激突する。
パリンッ! と紗雪の一枚目の防壁が紙屑のように消し飛び、立て続けに二枚目も破砕される。極限まで魔力を注ぎ込んだ三枚目で、ハンマーの軌道をどうにかギリギリで停止させた。
(……冗談だろ。これを毎回正面から受ける気か、本来の歴史の高町なのはは!)
紗雪が背筋に冷たい汗をかいた、その時だった。
「そこまでだ、ヴィータ」
燃え盛る炎を纏った一本の剣が、追撃を試みたフェイトのバルディッシュと激突する。
ガァァンッ!! と重い金属音が響き、高速遊撃の要であるはずのフェイトが、そのたった一太刀で数メートルも後方へ押し返された。
「くっ……重い……!」
フェイトが体勢を立て直す中、ヴィータの前に割り込んだのは、紫色の髪をポニーテールに結い、騎士の甲冑を思わせるジャケットを纏った長身の女性だった。
「シグナム! なんで邪魔すんだよ、アタシはまだやれる!」
「戦況を見ろ。お前の結界はすでに破られ、あの三人は完全に連携(リンク)している。これ以上の戦闘は消耗を招く」
シグナムと呼ばれた騎士は、冷静な声でヴィータをたしなめると、鋭い眼光を紗雪へと向けた。
その姿を見た瞬間、紗雪の口から無意識のうちに、知るはずのない未来の知識がこぼれ落ちていた。
「烈火の将……」
「……なぜその名を知っている?」
シグナムの瞳が、剣のように細められる。
紗雪はハッとして口を噤んだ。未来の知識が、戦場においてこれほど危険な「地雷」になり得るとは。
「あの強固な結界を外部から即座に解析し、突破した指揮能力……それに、私のふたつ名を知る者。見事だ。名を聞いておこう」
シグナムの静かな、しかし圧倒的なプレッシャーを前に、紗雪は額に汗を滲ませながらも、不敵に笑って見せた。
「芹葉紗雪。……ただの、本をよく読む小学生だ」
「……そうか」
シグナムは一度納得したように目を伏せ、それから冷たい炎を宿した瞳で紗雪を射抜いた。
「では、現代の小学生というものは、随分と恐ろしいのだな。……私はシグナム。いずれまた交えることになろう。撤退だ、ヴィータ」
「クソッ……覚えとけよ、高町なのは!」
シグナムが炎の魔剣『レヴァンティン』を振るうと、炎の渦が二人を包み込み、次の瞬間にはその姿は完全に消失していた。
空間に残留していた結界の波長も消え去り、元の静かな夕暮れの住宅街が戻ってくる。
「……行っちゃった」
なのはがレイジングハートを降ろし、ホッと大きく息を吐き出してその場にへたり込んだ。フェイトも緊張を解き、なのはの無事を確認して安堵の表情を浮かべる。
「ケガはない? なのは」
「うん、フェイトちゃんと紗雪ちゃんのおかげだよ。……でも、今の人たち、すっごく強かった。紗雪ちゃん、あの人たちは……?」
なのはとフェイトの問いかけに、紗雪は夕焼け空を見上げながら、震える手でノーブル・コレッジを握り直した。
「……古代ベルカ式魔法の使い手。そして、魔力増幅システムを実装していた。私たちの連携をもってしても、個体性能では向こうが圧倒的に上だ」
平和な学校生活と、甘いケーキの味。
ようやく手に入れたはずの平穏な日常のすぐ裏側で、新たな運命の歯車が回り始めている。
「どうやら、私たちの『日常』は、そう簡単に平穏を許してくれないらしいな。……油断するなよ、二人とも」
『闇の書』を巡る新たな戦端。
恐るべき騎士たちを相手に、最強の三連星たちの次なる戦いが、今静かに幕を開けた。