魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
「……じゃあね、はやてちゃん。また学校でね」
「うん、また月曜になー。気ぃつけて帰りや」
八神家の玄関で、はやてが車椅子から優しく手を振る。
その背後では、シグナムとヴィータが(はやてに怪しまれないよう)ひきつった笑顔で小さく手を振っていた。
バタン、と玄関の扉が閉まる。
閑静な住宅街の通りに出た瞬間、芹葉紗雪は最前線の塹壕で三日三晩を耐え抜いた兵士のように、ふらりと電柱に寄りかかって深く息を吐き出した。
「……疲れた。私の魔力動態スキャンよりも、胃壁の耐久値の方が先に限界を迎えそうだった」
「あはは……紗雪ちゃん、お茶持つ手、すっごく震えてたもんね」
なのはが苦笑いしながら肩をすくめる。フェイトもまた、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「ちょっと、あんたたち」
そんな三人を見て、アリサがいぶかしげに目を細める。
「あのシグナムさんって人と、ヴィータちゃん? なんかあの二人を見てから、あんたたち妙に顔色悪かったわよ。まさか、知り合いなの?」
「えっ!? あ、ううんっ! 知らないよ! ただ、あの、シグナムさんのお茶の淹れ方が、すっごく達人みたいで緊張しちゃったというか……!」
なのはが必死に誤魔化し、紗雪も「いかにも。あの急須の角度は古流武術のそれだった」と真顔で謎のフォローを入れる。アリサは「何それ」と呆れながらも、すずかと共に「じゃあ、私たちはこっちだから。また月曜ね!」と手を振って帰っていった。
二人の姿が見えなくなると、残された「三連星」の間に、重く静かな沈黙が降りた。
◇ ◇ ◇
夕暮れの海鳴公園。
人気のなくなったベンチに並んで座り、三人は先ほどの光景を思い返していた。
「……まいったな」
紗雪が、ファイル「MOIRA網」を展開し、八神家の魔力構造データを暗号化して保存しながら呟いた。
「あの鉄十字の騎士たちの行動原理が、ようやく理解できた。彼女たちは『闇の書』の主である八神はやてを心から愛している。はやての麻痺した足を治すために、魔力収集を強行しているんだ」
その言葉に、フェイトの黄金の瞳が悲しげに揺れた。
「……私と、同じだね」
「フェイトちゃん……」
なのはが、隣でフェイトの手をそっと握る。
フェイトは、かつて自分が母親であるプレシアの笑顔を取り戻すために、手段を選ばずジュエルシードを集めていた日々を思い出していた。
「あの人たちは、はやてちゃんのために必死なんだよ。自分たちが傷ついても、たとえ誰かを傷つけることになっても……大切な家族を、守りたいだけなんだ」
だからこそ、痛いほどわかる。ヴィータがハンマーを振るう時の、あの悲壮なまでの覚悟が。
「だが、現実は残酷だ」
紗雪が冷徹な事実を告げる。
「ファイル「MOIRA網」の深層データと、古代ベルカ式ロストロギアの構造解析から推測される最悪のシナリオがある。……収集が完了し、主を失った『闇の書』は、その膨大な魔力で防衛プログラムを暴走させ、主であるはやて自身を呑み込んで破壊の限りを尽くす可能性が極めて高い」
それが、未来の史実が示す『闇の書』の呪い。
表向きは演算予測として語りながらも、紗雪は拳を強く握りしめていた。
戦いをやめれば、はやての命は削られ続ける。戦って守護騎士を倒せば、はやては家族を失い絶望する。そして、闇の書が完成すれば全てが滅びる。
どちらに転んでも、悲劇しか待っていない「詰み」の盤面だった。
「……どうすればいいの、紗雪ちゃん」
なのはが、震える声で尋ねる。無印編で、プレシアの心を最後まで救うことができず、彼女が次元の狭間へ落ちていくのを止めることができなかった、あの時の悔しさがフラッシュバックする。
「もう、誰も悲しい思いをするのは嫌だよ。……フェイトちゃんみたいに、はやてちゃんが泣くのは、絶対に嫌だ」
「なのは……」
なのはの目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
その純粋で温かい涙を見て、紗雪はふっと、憑き物が落ちたように柔らかく微笑んだ。
(……史実では、誰もが傷つき、多くの犠牲を払ってようやく辿り着いた結末だった。だが)
紗雪はベンチから立ち上がり、夕焼け空を真っ直ぐに見上げた。
「簡単なことだ、なのは。フェイト」
一人で背負おうとしていた孤独な軍人は、今、自分の両隣に並び立つ「親友」たちへ力強く手を差し出した。
「時空管理局の『危険なロストロギアは破壊し、封印する』というルール(最適解)は、ここでは通用しない。……なら、私たちがルールを変えるまでだ」
「ルールを……変える?」
「ああ。『闇の書』の呪われたプログラムそのものを、私たちが書き換える。はやても、あの騎士たちも、誰一人として死なせない。それが、私の……いや、『私たち』の戦いだ」
「未来」という言葉は呑み込み、ただ純粋な決意だけを共有する。
なのはとフェイトが、顔を見合わせる。
そして、涙を拭って力強く頷き、紗雪の手をしっかりと握り返した。
「うんっ! 私、思いっきりお話しする! レイジングハートと一緒に!」
「私も、バルディッシュと一緒に……はやてちゃんの家族を、絶対に救ってみせる!」
白銀の指揮官、桜色の砲手、黄金の騎士。
交差する日常と戦場の中で、少女たちの迷いは消え去った。
相手がどれほど強大でも、どれほど哀しい運命を背負っていても、この三人の連携(リンク)があれば、きっと奇跡は起こせる。
星々の新たな誓いが、夕暮れの空に静かに響き渡っていた。