魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
海鳴市の雑居ビル群の上空。
周囲の景色が赤黒く染まり、空間が外部から完全に隔離される。鉄十字の騎士たちによる結界の展開だった。
「来たわね……!」
上空に転移してきたなのは、フェイト、そして紗雪の三人は、眼下で待ち構えていた二つの影――シグナムとヴィータを見据えた。
「ちっ、またお前らかよ。邪魔すんなって言ってんだろ!」
ヴィータが苛立たしげに『グラーフアイゼン』を構える。その傍らで、シグナムも静かに炎の魔剣『レヴァンティン』を抜いた。
以前の三連星であれば、ここで即座に相手の戦力を分析し、もっとも効率的な「制圧」へと動いていただろう。しかし、八神家の温かい食卓を知ってしまった今の彼女たちに、敵意は微塵もなかった。
「ヴィータちゃん、シグナムさん! お願い、お話を聞いて!」
「問答無用だ。……ツェアシュラーゲン!!」
なのはの悲痛な叫びを掻き消すように、ヴィータがカートリッジを装填し、巨大化したハンマーを振り下ろしてくる。
理不尽なまでの破壊力。しかし、紗雪の瞳に焦りはなかった。
(ファイル「MOIRA網」 、戦術予測更新。……敵の軌道、完全に掌握した!)
紗雪は自らは動かず、背中を預けた二人の親友へと通信(リンク)を飛ばした。
「なのは、右舷上方! フェイト、死角から回り込んで武装を弾け!」
「うんっ!」
「いくよ、レイジングハート!」
紗雪の完璧な演算支援を受け、なのはが桜色の防壁を展開してヴィータのハンマーを正面から受け止める。
凄まじい衝撃。だが、以前のように押し負けることはない。なのはは一歩も引かず、その瞳で真っ直ぐにヴィータを見つめ返した。
「何で……っ、アタシの全力のハンマーを……!」
「ヴィータちゃんたちが、はやてちゃんのために必死なのは分かるよ! だから、私たちと一緒に……!」
「お前らに、はやての何が分かるってんだよ!!」
ヴィータが激昂し、さらにハンマーを押し込もうとした瞬間、その死角から黄金の閃光が飛び込んだ。
フェイトのバルディッシュが、ヴィータのハンマーの柄を正確に弾き飛ばし、体勢を崩させる。
「ヴィータ!」
シグナムが援護に入ろうと地を蹴った。しかし、フェイトはそのまま空中で反転し、今度はシグナムのレヴァンティンと正面から刃を交えた。
ガァァンッ! と重い金属音が響く。烈火の将の重い一撃を受け止めながら、フェイトの黄金の瞳が悲しげに揺れた。
「……分かるよ」
「何……?」
シグナムが眉をひそめる。フェイトは、バルディッシュに魔力を込めながら、かつての自分自身の痛みを吐露するように叫んだ。
「痛いほど、分かる! 大切なお母さんの笑顔が見たくて、誰かを傷つけてでも願いを叶えようとした……私にも、その気持ちが痛いほど分かるの!」
「……っ!」
フェイトの魂からの叫びに、シグナムの剣先が一瞬だけ鈍る。
それは、偽りのない真実の言葉だった。かつてプレシア・テスタロッサのために罪を重ねたフェイトだからこそ、はやてのために罪を重ねるヴォルケンリッターの悲哀に、誰よりも寄り添うことができたのだ。
「私たちは、はやてちゃんを救いたい! だから……誰も死なない方法を、一緒に探させて!」
フェイトの言葉に、シグナムは強く唇を噛んだ。
「……甘いな。だが、その甘い言葉に縋れるほど、私たちに残された時間は長くないのだ!」
シグナムがレヴァンティンを鞭の形態(シュランゲフォルム)へと変化させ、フェイトを強引に後退させる。
その隙を突き、ヴィータが再びグラーフアイゼンを振りかぶってなのはへと突撃した。
「うるさい、うるさい、うるさい! ハヤテを救うのはアタシたちだ! お前らなんかに……!」
ヴィータの悲壮な叫び。
彼女たちの背負う絶望の深さを前に、なのはは悲しげに目を伏せ――そして、レイジングハートを強く握り直した。
「……紗雪ちゃん」
「ああ、分かっている。全力でお話ししてこい、なのは」
後方でファイル「MOIRA網」 による広域演算を担っていた紗雪が、力強く頷く。
言葉だけでは、彼女たちの焦燥と絶望を止めることはできない。ならば、彼女たちの心を縛るその強固な鎖を、魔法という名の全力の想いで叩き割るしかない。
「ごめんね、ヴィータちゃん。ちょっとだけ、痛いかもしれないけど……!」
なのはの周囲に、無数の桜色の魔力球が展開される。
相手を倒すためではない。ただ、その強ばった心に自分の想いを届けるための、優しくも苛烈な魔法。
『Divine Shooter - Full Burst - 』
夜空を埋め尽くすほどの桜色の流星群が、鉄十字の騎士たちを包み込む。
それは、戦場という名のキャンバスに描かれた、あまりにも美しく、そして切ない「対話」の始まりだった。