魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
夜空を埋め尽くすほどの、桜色の流星群。
なのはの放った『ディバイン・シューター・フルバースト』が、シグナムとヴィータを前後左右から完全に包み込んだ。
「くっ……! 数だけでアタシたちを止められると思うな!」
『Load Cartridge.』
ヴィータがグラーフアイゼンにカートリッジを立て続けに装填する。爆発的な魔力の炎がハンマーを包み込み、迫り来る桜色の誘導弾を次々と粉砕していく。
シグナムもまた、レヴァンティンを鞭の形態で縦横無尽に振るい、防壁ごと誘導弾を切り裂いた。
「フェイト!」
「分かってる!」
紗雪の鋭い指示に呼応し、フェイトが黄金の雷となって弾幕の隙間を縫い、シグナムへと肉薄する。
そして紗雪自身もまた、ノーブル・コレッジを展開し、ヴィータやシグナムが弾き飛ばしたなのはの魔力弾が市街地へ被害を出さないよう、精密な処理を行っていた。
(相手を傷つけず、かつ被害を抑える。ならば『消滅(イレイズ)』ではなく……!)
紗雪は、飛散する魔力弾に対してあえて低出力の解除(ディスペル)を当てた。術式の構造だけを的確に解体し、魔力そのものは無害な光の粒子として空間へ散逸させる。この「選択制御」の訓練こそが、来るべき闇の書との最終決戦に向けた彼女の密かな布石だった。
『……Master』
「うん、分かってるよ、レイジングハート」
前線から少し離れた空中で、なのはは静かに杖を構え直した。
彼女の視界には、激しい戦闘によって生み出された「光の粒子」が、夜空に無数に漂っているのが見えた。
なのはの放ち、ヴィータが砕いた桜色の魔力。
シグナムの炎。フェイトの雷。
そして、紗雪が術式を解き、空間に還元させた膨大な残留魔力。
(私の魔力だけじゃ、ヴィータちゃんたちの心を覆い尽くせない。……だったら)
なのはの脳裏に、数日前の自室で紗雪が見せた「三段位相制御」のシミュレーションがフラッシュバックする。
魔力を分散させ、経路を通し、最後に一点へ収束させる神業。
(紗雪ちゃんのあの技術……逆に使えば、周りに散った魔力を『集める』ことにも使えるかも!)
「お願い、みんな。……少しだけ、私に力を貸して」
なのはがレイジングハートを天へと掲げた。
その瞬間、夜空に漂っていた無数の魔力粒子が、まるで重力に引かれるように、なのはの杖の先端へと一斉に集束を始めたのだ。
『My Lord。空間の残留魔力が、急速に一点へ収束しています。目標座標――高町なのは』
「……なに!?」
MOIRA網からの警告に、紗雪は目を見開いた。
空間に散った他者の魔力波長すらも強引に束ね上げ、自らの力として再構築する。魔法理論の常識を完全に無視した、あまりにも規格外な発想。
(空間の魔力を無造作に集束させて撃つ!? 冗談だろ、位相のズレた魔力を混ぜれば自爆するぞ! ……だが、なのはなら!)
「なんて無茶苦茶な術式だ! ……仕方ない、成立させてやる!」
紗雪は咄嗟にMOIRA網の演算リソースを限界まで引き上げた。
空間に漂う不安定な残留魔力の位相を強制的に整え、なのはのレイジングハートへと最適化されたルートで流し込む、完璧な技術支援(パッチ当て)。
「フェイト! なのはの射線を確保しろ!」
「うんっ!」
フェイトがバルディッシュを振るい、シグナムを強引に牽制してなのはから引き離す。
「紗雪ちゃん、フェイトちゃん……ありがとう! いくよっ!」
なのはの杖の先端に、紗雪の技術を模倣し、逆転させた『三つの光の輪(魔力レンズ)』が展開される。
周囲の魔力を全て吸い上げ、極限まで圧縮されたその桜色の光は、夜空に浮かぶもう一つの太陽のように輝いていた。
「なっ……なんだ、あれは!?」
ヴィータが、圧倒的な光量に目を細めて後退する。シグナムもまた、その規格外の魔力集束を前に、初めて額に冷や汗を滲ませた。
「シグナム、ヴィータちゃん! 私たち、絶対に……はやてちゃんを悲しませない!」
なのはの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは、敵を滅ぼすための破壊の光ではない。悲しい運命に縛られた不器用な騎士たちの心を、丸ごと抱きしめて溶かすための、極大の「対話」の光。
「星よ、集え……!」
なのはの叫びと共に、圧縮された魔力が臨界点に達する。
「『スターライト……ブレーカーーーッ!!』」
閃光。
夜空を二つに割るような、極太の桜色の奔流。
それは、ヴィータのハンマーも、シグナムの炎も、全てを優しく呑み込み、夜の海鳴市を白夜のように染め上げた。
ドゴォォォォォォォォォッ!!!
圧倒的な光の奔流が収まった後。
上空には、魔力を使い果たし、荒い息を吐きながらも真っ直ぐに前を見据えるなのはの姿があった。
そして眼下には、バリアジャケットを大きく破損させ、魔力の大半を強制的に沈黙させられたシグナムとヴィータが、膝をついていた。
「……」
シグナムは、自分の身体を見下ろして絶句した。
あれほどの圧倒的な魔力の直撃を受けたというのに、身体には致命的な外傷が一つもない。ただ、戦闘を継続するための魔力だけが、完璧に奪い去られていたのだ。
「……なぜだ」
シグナムが、震える声で空を仰ぐ。
「あれほどの力がありながら……なぜ、我らを討たなかった」
「なんなんだよ……お前ら……!」
ヴィータもまた、混乱と恐怖の入り交じった瞳でなのはたちを睨みつけた。
「だから、言ったでしょ」
ゆっくりと降下してきたなのはが、悲しげに、けれど優しく微笑みかける。
「私たちは、はやてちゃんを悲しませたくないの。……ヴィータちゃんたちと、お話がしたいだけなんだよ」
その言葉は、どんな物理的な一撃よりも深く、呪いのように騎士たちの胸に突き刺さった。
「……退くぞ、ヴィータ」
シグナムは強く唇を噛み締め、転送魔法陣を展開した。
圧倒的な敗北。そしてそれ以上に、「敵が自分たちを殺さなかった」という処理不能な事実を抱えたまま、二人の騎士は夜空へと逃げるように消え去った。
◇ ◇ ◇
数十分後。八神家。
ボロボロになった衣服を急いで誤魔化し、玄関の扉を開けた二人を、温かい匂いが包み込んだ。
「あ、おかえりシグナム、ヴィータ。今日はシチューやで。冷める前に手ぇ洗っといで」
車椅子に乗ったはやてが、エプロン姿でいつもと変わらない、花が咲いたような笑顔を向けてくる。
「……あ」
「…………」
ヴィータの返事が、一拍遅れた。
シグナムもまた、その温かい笑顔を前に、言葉を詰まらせた。
自分たちは、この笑顔を守るために戦っている。
だが、今日自分たちを圧倒したあの三人の少女たちもまた、自分たちを殺せる力を持っていながら……この笑顔を守るために、凶刃を収めたのだ。
「倒さなければならない敵」が、「自分たちも、自分たちの主も救おうとしている」。
その矛盾が、騎士たちの心を静かに、しかし確実に揺さぶり始めていた。