魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
深夜の八神家。
主であるはやてが寝静まった後、暗いリビングには四人の守護騎士が集まっていた。
「……傷がない。魔力だけが、完全に空(から)にされている」
治癒術士であるシャマルが、シグナムとヴィータの身体を診察しながら信じられないというように呟いた。
傍らで腕を組む巨漢の騎士・ザフィーラもまた、険しい顔で唸る。
「あの高町なのはという少女が放った極大魔法……。我らを消し飛ばすほどの威力を持ちながら、その実、殺傷力を完全に削ぎ落としていたというのか」
「なんなんだよ、あいつら……!」
ヴィータが、苛立たしげにソファを叩いた。
「アタシたちは、あいつらの命(リンカーコア)を奪いに行ったんだぞ!? なのに、なんで……『はやてちゃんを悲しませたくない』なんて言って……」
「ヴィータ」
シグナムが、静かにヴィータを制した。
烈火の将の瞳には、かつてないほどの深い迷いが渦巻いていた。
「彼女たちは、我々を討てた。だが、討たなかった。……そして、フェイトという少女は言った。『誰も死なない方法を、一緒に探させて』と」
「そんなもの、あるわけないじゃないですか!」
シャマルが悲痛な声を上げる。
「『闇の書』の魔力収集を完了させなければ、はやてちゃんの足の麻痺は治らない! それどころか、このままでは遠からず……命まで……!」
重い沈黙が降りた。
そう、彼女たちには時間がなかった。敵がどれほど優しかろうと、歩み寄ろうとしてこようと、はやての命の砂時計は刻一刻と落ち続けているのだ。
「……迷うな。我らの使命は、主を救うことのみ」
シグナムが、自らに言い聞かせるように呟く。だが、その声は以前のような鋼の響きを失っていた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、時空管理局巡航艦『アースラ』のブリーフィングルーム。
なのは、フェイト、そして紗雪の三人は、艦長リンディやクロノと共に戦術会議を行っていた。
「……以上が、先ほどの戦闘における『スターライト・ブレーカー』の魔力集束データだ」
紗雪がメインコンソールに展開したのは、ファイル「MOIRA網」 によって記録・解析された夜空の戦闘データだった。
クロノは画面に表示された異常な魔力曲線を睨みつけ、深くため息をついた。
「空間の残留魔力をかき集めて撃つだと? 術式を一つ間違えれば、使用者ごと消し飛ぶぞ。……なのは、二度とこんな無茶はするな」
「う、うん……ごめんなさい、クロノくん。でも、紗雪ちゃんがちゃんと魔力の通り道を整理してくれたから……」
なのはが申し訳なさそうに笑うと、紗雪は腕を組んで目を閉じた。
「私の『三段位相制御』の理論を見て、瞬時にあれだけの逆転術式を構築するとは。……正直、なのはの魔法の才能には背筋が凍る思いだ」
「えへへ……」
「褒めていない。私の寿命が縮んだという話だ」
紗雪の小言に、フェイトがたまらずクスクスと笑い声を上げる。
一見すると平和なやり取り。しかし、紗雪がファイル「MOIRA網」 の画面を切り替えると、その場の空気は一気に張り詰めた。
「だが、問題はここからだ」
画面に表示されたのは、『闇の書』の魔力収集率と、八神はやての生体シミュレーションだった。
「私たちが対話の姿勢を見せたことで、ヴォルケンリッターの魔力収集行動に『迷い』が生じる可能性が高い。……しかし、それは同時に、はやてに残された猶予が削られていくことを意味する」
「はやてちゃんの……時間が……」
「ああ。闇の書の呪いは、主の魔力を喰らい続けている。私たちが暴走コードだけを的確に『消滅』させる術式を完成させるのが先か。それとも、はやての命が限界を迎えるのが先か」
紗雪の言葉に、なのはとフェイトの表情が引き締まる。
「急がなきゃ……。私たちも、もっと特訓して、紗雪ちゃんが術式を撃つための完璧なサポートができるように……!」
「うん。はやてちゃんも、シグナムたちも、絶対に私たちが救う!」
◇ ◇ ◇
そして、海鳴市を見下ろす鉄塔の上。
闇に溶け込むような二つの人影が、静かに街を見下ろしていた。
「……どうやら、騎士たちは高町なのはたちに感化され、歩みを止めてしまったようです」
「困りましたね。これでは、闇の書が完成する前に、主の命が尽きてしまいます」
仮面を被った双子の戦士、アリアとロッテ。
彼らもまた、別の目的で『闇の書』の完成を急がせようとする者たちだった。
「仕方ありません。騎士たちが動かないのなら……私たちが、事態を動かしましょう」
交差する想いと、迫り来るタイムリミット。
平和な日常の裏側で、物語は後戻りできない最終局面へと加速していく。