魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
時空管理局の巡航艦『アースラ』の整備室。
なのは、フェイト、紗雪の三人は、整備台の上に置かれた自分たちのデバイスを前に、息を呑んでいた。
「……CVK792。時空管理局のデータベースの奥底に眠っていた、旧式の魔力増幅システムの設計図(プロトタイプ)ね」
執務官のクロノが、メインモニターに映し出された複雑な構造図を見上げながら険しい顔をする。
「自身の魔力を弾丸(カートリッジ)に込めて爆発させ、デバイスの出力を限界突破させる……あの鉄十字の騎士たちが使っていた『古代ベルカ式』の技術だ」
「レイジングハートとバルディッシュが、自分からこの設計図を引っ張り出してきたっていうの……?」
なのはが、心配そうにレイジングハートの赤いスフィアを見つめる。
先の戦闘で、彼女たちのデバイスは破壊されていない。だが、二つのインテリジェントデバイスは、主たちが直面している「八神はやてを無傷で救う」というミッションの過酷さを、誰よりも正確に計算していた。
『We need more power.(さらなる力が必要です)』
『For the absolute victory.(絶対的な勝利のために)』
レイジングハートとバルディッシュのコンソールに、決意の言葉が流れる。
紗雪の放つ、暴走コードだけを狙い撃つ『三段位相制御』の消滅魔法。それを成功させるためには、闇の書の強固な防壁を一瞬だけ、はやてを傷つけずに「こじ開ける」ための、圧倒的かつ瞬間的な魔力の爆発力が必要だった。
「……だが、無茶だ」
紗雪が、手元のコンソールを操作しながら首を振った。
「設計思想が根本から違う。近代魔法(ミッドチルダ式)のデバイスに、古代ベルカ式の爆発的なシステムを組み込めば、フレームが魔力負荷に耐えきれない。反動を直接受けるなのはとフェイトの身体への負担も未知数だ」
「やるよ」
紗雪の言葉を遮ったのは、フェイトの力強い声だった。
「バルディッシュが、一緒に戦うために必要だって言ってくれてる。……はやてちゃんを救うために、あと少しだけ力が足りないなら、私はその痛み(リスク)を受け入れる」
「フェイトちゃん……。うん、私もやる!」
なのはもまた、レイジングハートを両手でしっかりと包み込んだ。
「レイジングハートは、ずっと私を守ってきてくれた。今度は私が、レイジングハートの無茶を一緒に背負う番だから!」
二人の少女の迷いのない眼差し。
それを前にして、クロノは深くため息をつき、紗雪は口元を手で覆って「……まいったな」と呟いた。
「どうやら、私の周囲には、論理的リスクよりも感情と意志を優先する馬鹿しかいないらしい」
「エイミィ通信曹長。艦のメインフレームから完全に切り離した、一時的なサンドボックス環境(検証用領域)を構築してくれ。そこにファイル「MOIRA網」 から最適化した魔力バイパスのコードを送る」
「えっ? あ、了解! サンドボックス環境、構築するわ!」
エイミィが慌ててコンソールを叩き始める。
その様子を見ていたなのはが、送られてきたデータを見てふと不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 紗雪ちゃん、送ったデータ……三つあるよ?」
「……ああ。私のノーブル・コレッジにも、カートリッジシステムを実装するからな」
紗雪が、しれっとした顔で答えた。
「ええっ!? だ、だって紗雪ちゃんの魔法は精密射撃なんだから、爆発力はいらないんじゃ……!」
「当然だ。私のカートリッジは、魔力の絶対量を増やすためのものではない」
紗雪は、自らの白銀のデバイスを見つめながら、その尖りきった設計思想を口にした。
「なのはのレイジングハート・エクセリオンは、大出力突破型。フェイトのバルディッシュ・アサルトは、瞬間加速・斬撃型。……対して、私のノーブル・コレッジ・イグニッションは、位相安定・精密射撃型だ」
紗雪の瞳に、技術者としての冷徹な光が宿る。
「私専用の薬莢(カートリッジ)には、事前計算済みの位相・周波数・消滅特性を極限まで圧縮して封入する。射撃時の魔力の揺らぎを極端に減らし、君たちがこじ開けた一瞬の隙に、針の穴を通すための『絶対精度』を担保するシステムだ」
「なのはとフェイトが道を拓き、私が最後の一点を抜く。……この三つが揃って、初めて私たちの『新しい陣形』は完成する」
その言葉に、なのはとフェイトは力強く頷いた。
「だが、自壊リスクはどうなる?」とクロノが険しい声で問う。
「ゼロとは言わない。だが、安全係数(マージン)を極限まで計算し、許容域まで落とし込む。万が一、魔力負荷がフレームの限界値を超えた場合は、即座に異常を検知して強制排莢(パージ)する機構を組み込んだ。……安心しろ、執務官殿。私はなのは達に、無駄な犬死にをさせるつもりはない」
『My Lord. Are you sure?(本気ですか?)』
「私を誰だと思っている。……最高精度の弾丸を、全弾撃ち尽くしてやるさ」
ノーブル・コレッジの冷徹な音声に、紗雪は不敵な笑みで返した。
◇ ◇ ◇
そして、夜明け。
アースラの甲板には、朝日に照らされる三人の少女の姿があった。
「レイジングハート・エクセリオン」
「バルディッシュ・アサルト」
「ノーブル・コレッジ・イグニッション」
新たな名を与えられた三つのデバイス。
その機関部には、重厚な金属音を響かせる「マガジン」が装填されている。
ガシャンッ!!
三人が同時に、テストとしてカートリッジをロードする。
空薬莢が甲板に弾き出され、チャリン、と澄んだ音を立てた。
その瞬間、これまでの彼女たちを遥かに凌駕する、圧倒的な密度の魔力と、極限まで研ぎ澄まされた位相の波が、三人の全身を包み込んだ。
「……すごい。これなら」
「うん。これなら、絶対にはやてちゃんに届く!」
誰も傷つけず、悲しい運命だけを叩き壊すための、新しい力。
鉄十字の騎士たちと同じ「薬莢(カートリッジ)」という名の覚悟を背負い、最強の三連星は、来るべき最終決戦へと向けて静かに空を見上げた。