魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
「……だれ、か……」
深夜。高町なのはは、胸の奥に直接響くような、微かで悲痛な声に目を覚ました。
窓の外は静かな夜の闇。しかし、その声は助けを求めるように、なのはの心を強くノックし続けている。
「……行かなきゃ」
それが何なのか、危険なことなのかも分からない。けれど、放っておくことなどできなかった。なのははパジャマの上に上着を羽織り、声の導くままに夜の海鳴市へと駆け出した。
◇ ◇ ◇
臨海公園、クレーター跡地。
「時間切れだ。強制的にアクセス権限を抽出する」
「や、やめろ……っ!」
ユーノを閉じ込めた結界を圧縮し、紗雪が手荒な手段に出ようとしたその時だった。
「待って!!」
静寂の公園に、不釣り合いな少女の叫び声が響き渡った。
ピタリと、紗雪の動きが止まる。信じられないものを見るように、ゆっくりと声のした方へ振り返った。
息を切らし、肩で風を切りながら立っていたのは、一人の平凡な小学三年生の少女。
――高町なのは、その人であった。
(な、ぜ……?)
紗雪の完璧な演算処理回路が、初めてフリーズした。
ファイル「MOIRA網」 による海鳴市全域への通信妨害と認識阻害は完璧に機能しているはずだった。民間人がこの異常空間に迷い込むなど、確率論的にあり得ないのだ。
(ジャミングの出力が高すぎたのか? いや、違う。この子の……高町なのはの規格外の魔力資質が、私の張った結界を無意識にすり抜けたとでもいうのか……!)
未来を知るがゆえに焦り、強引すぎる手段でユーノを追い詰めた結果が、本来の歴史よりも早く、最悪の形でなのはを引き寄せてしまったのだ。
「ダメだよ、こんな夜中に……そんな小さな子(フェレット)をいじめちゃ!」
「……いじめているわけではない。これは世界の安全を守るための『適切な処理』だ」
動揺を押し隠し、紗雪は冷徹な一等空尉の顔を取り戻す。
「君は民間人だ。この領域に踏み込むべきではない。……悪いが、少し眠ってもらう。目覚めた時には、全て終わっている」
紗雪は相棒である『ノーブル・コレッジ』の石突を地面に打ち付け、なのはに向けて強力な催眠・記憶処理の魔法を放とうとした。このまま彼女を魔法の世界から遠ざける。それが、紗雪の選んだ「誰も傷つけないための最適解」だった。
「やめろぉっ!!」
だが、紗雪が魔法を発動するより一瞬早く、結界の中でユーノが最後の力を振り絞った。
彼の首元から赤い宝石のようなデバイスが弾け飛び、一直線になのはの胸元へと飛び込んでいく。
「それを受け取って! 君の身を守るために……!」
赤い宝石――『レイジングハート』を無意識に両手で包み込んだなのは。
次の瞬間、彼女の足元に桜色の魔方陣が眩く展開された。
『Stand by ready.(スタンバイ・レディ)』
「えっ……? なに、これ……!?」
溢れ出す圧倒的な光。それは、紗雪が絶対に阻止しようとしていた「悲劇の魔法少女」が、たった今産声を上げた瞬間だった。光が収まると、そこには白と青のバリアジャケットを纏ったなのはの姿があった。
「嘘だろ……」
紗雪はギリッと奥歯を噛み締めた。
自分が一人で全てを解決しようとしたから。その強引なやり方が、結果として彼女を戦いの螺旋へと引きずり込んでしまった。
「よく分からないけど……その子を傷つけるなら、私が止めるよ!」
「……君は、何も分かっていない。その力の先にある絶望も、戦いの痛みも!」
紗雪はノーブル・コレッジを構え、魔力を限界まで練り上げる。
『My Lord. 対象は完全に魔法能力に覚醒しています。説得の成功率は極めて低迷。』
「分かっている……! 言葉で分からないなら、物理で分からせるまでだ!」
論理も戦術も破綻した。ならば残る手段は一つ。
力ずくで彼女の武装を解除し、強引に元の日常へ叩き返す。
「私は……誰も失わないために、ここへ来たんだっ!!」
夜空を焦がす白銀の魔力と、それに相対する桜色の魔力。
未来から来た孤独な空の先導者と、心優しき不屈の魔法少女。
決して交わってはならなかった二つの星が今、互いの「正義」と「優しさ」をぶつけ合うための、激しい物理の戦端を開いた。