魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
海鳴大学付属病院の特別病棟。
深夜の病室で、車椅子に乗った八神はやてが激しく咳き込み、床へとしずしずと崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……んぐっ……!」
胸を締め付ける、耐え難い激痛。
ベッドの傍らに置かれた『闇の書』が、不気味な紫色の光を放ち、主のリンカーコアから命の糧を強引に吸い上げている。
「はやて!!」
空間転移で病室に駆け込んできたシグナムとヴィータが、青ざめた顔で抱き起こす。
はやての顔色は紙のように白く、その手足は氷のように冷たくなっていた。
「くっ……もう時間がない! なのはたちへの躊躇いなどが、はやての命を縮めていたのだ……!」
シグナムが歯噛みし、ヴォルケンリッター全員の胸に悲壮な覚悟が満ちた、その時だった。
「……ふふふ。困ったお方たちですね」
病室の影から、不気味な仮面をつけた二人の影――仮面の戦士たちが姿を現した。
「誰だッ!?」
シグナムが即座にレヴァンティンを構える。しかし、仮面の戦士は嘲笑うように手にした不気味な宝珠を掲げた。
「あなた方が甘い考えで足踏みをしている間に、主の命は尽きかけています。……ならば、私たちが強行手段で『闇の書』を完成させて差し上げましょう」
仮面の戦士が放った黒い魔力の波が、はやての身体と『闇の書』を包み込み、そのまま空間の彼方へと無理やり転送・拉致してしまった。
「はやてぇぇぇッ!!」
ヴィータの悲痛な叫びが、夜の病院に虚しく響き渡った。
◇ ◇ ◇
同じ頃、上空を巡回していたアースラのブリッジ。
『My Lord。第3セクター上空にて、急激な次元歪曲および異常魔力反応を感知。……対象は八神はやて、および未登録の仮面勢力!』
ファイル「MOIRA網」 からの緊急アラートが、紗雪の視界で真っ赤に点滅した。
「来ただと……!? クロノ執務官! 敵は八神はやてを拉致し、闇の書を強制起動させようとしている!」
「何だと!? 全機、緊急出撃(スクランブル)だ!」
アースラのカタパルトから、三つの光が夜空へと飛び出した。
白銀の指揮官――芹葉紗雪。
桜色の砲手――高町なのは。
黄金の騎士――フェイト・テスタロッサ。
「なのは、フェイト! 敵はヴォルケンリッターではない、仮面の第三勢力だ! 容赦はいらない、新システムの実証試験を行う!」
「了解っ!」
「うんっ!」
◇ ◇ ◇
臨海部の廃ビル街。
はやてを奪われたシグナムとヴィータは、必死の追跡の末に仮面の戦士たちを追い詰めていた。しかし、仮面の戦士が展開した古代ベルカ式の強力な呪縛結界『バインド・ケージ』に囚われ、動きを完全に封じられていた。
「くっ……動けない……っ! はやてを……はやてを返せ!!」
「無駄ですよ、守護騎士。あなた方の役目はここまでです。あとは私たちが……」
仮面の戦士が、身動きの取れないシグナムへ向けて漆黒の魔導弾を振り下ろそうとした――その瞬間。
『Load Cartridge.』
ガシャンッ!!
夜空に響き渡ったのは、重厚で、あまりにも澄んだ金属排莢音。
「なっ……!?」
直後、夜の闇を切り裂いて現れたのは、光速を超えた黄金の突風だった。
『Bardiche Assault - Sonic Drive.』
「はやてちゃんの家族に……手を出すなーーーッ!!」
爆発的な推進力を得たフェイトが、仮面の戦士の眼前へと一瞬で肉薄。閃光の一閃が、シグナムを狙っていた漆黒の魔導弾ごと、仮面の戦士の武器を木端微塵に砕き飛ばした。
「ぐはっ!?」
吹っ飛ばされる仮面の戦士。シグナムとヴィータは、目を疑った。
「フェイト……!? そのデバイスの音は……まさか!」
『Load Cartridge.』
ガシャンッ!!
ふたたび響く排莢音。上空で杖を構えるなのはの『レイジングハート・エクセリオン』から、桁外れの魔力の炎が噴き出していた。
「シールドごと……打ち抜くッ! 『アクセル・シューター』!!」
大出力モードで放たれた数千の桜色の光弾が、シグナムたちを拘束していた『バインド・ケージ』の外部防壁を一瞬で破砕・消滅させる。
「アタシたちの結界を一撃で……!? 馬鹿な、あいつら、アタシたちと同じ『カートリッジシステム』を組み込んだというのか!?」
ヴィータが戦慄する。
だが、驚愕はそれだけでは終わらなかった。
「なのはが道を拓き、フェイトが敵を抑えた。……最後は私だ」
二人の後方、上空の玉座で白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ・イグニッション』を構える芹葉紗雪。
彼女の手元で、専用に仕立てられた特殊薬莢が装填された。
『Precision Cartridge loaded.』
ガシャンッ!
『Phase deviation, 0.0001%.(位相誤差0.0001%)』
「まだだ。……もっと収束させろ」
ガシャンッ!
『Phase deviation, 0.00001%.(位相誤差0.00001%)』
「……ターゲット補正完了。シグナムたちを縛る内殻術式(バインド)のみを狙い穿つ」
『Phase lock. Complete.』
「――消えろ。『イレイズ・シュート』」
紗雪の放った白銀の細い一筋の光線。
それは、シグナムとヴィータの衣服一枚すら傷つけることなく、彼女たちの身体を縛り上げていた複雑な呪縛のコードだけを、針の穴を通す正確さで完璧に「消滅」させて削り落とした。
「……縛りが、消えた……?」
自由を取り戻したシグナムが、呆然と自分の手を見つめる。
強大な破壊力で敵を粉砕したなのはとフェイト。そして、神業じみた精密さで自分たちを救い出した紗雪。
「なぜだ……! なぜ、我らを助ける!?」
シグナムの問いかけに、上空から降り立った紗雪は、紺色に白い縁取りの燕尾服を翻しながら、静かに、けれど力強く告げた。
「言ったはずだ。私たちは、はやてを救う。……そのためには、はやての大切な家族である君たちの力が必要なんだ」
「……ッ!」
シグナムとヴィータの胸に、熱い衝撃が走る。
自分たちを強化したのは、敵を倒すためではない。はやてを救い、自分たちを助け出すための「絶対的な準備」だったのだと。
「くそっ……おぼえていなさい……!」
攻撃を潰された仮面の戦士たちは、不利を悟って捨て台詞と共に空間の彼方へと逃走した。
夜の廃ビル街に残されたのは、三人の魔法少女と、二人の守護騎士。
カートリッジの甘い硝煙の香りが漂う中、運命の歯車はついに、誰も傷つかない「真の最終決戦」へと向けて回り始めた。