魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
海鳴市上空、数千メートルに発生した隔離空間。
七色の転送光と共に突入した三連星とヴォルケンリッターの前に広がっていたのは、赤黒い魔力の嵐が吹き荒れる異空間だった。
その中心部。仮面の戦士たちが、意識を失った八神はやてを祭壇のような場所に拘束し、強引に魔力を注ぎ込んでいた。
はやての胸元で『闇の書』が禍々しい光を放ち、分厚い外殻防壁(バリア)を展開し始めている。
「遅かったですね。すでに『闇の書』は完成し、防衛プログラム(暴走コード)が起動しようとしています」
仮面の戦士が嘲笑うが、突入した七人に迷いはなかった。
「主を……はやてを返せッ!!」
シグナムとヴィータが、怒りの咆哮と共に仮面の戦士たちへと突撃する。
フェイトもまた、バルディッシュにカートリッジを装填し、『ソニックドライブ』の超高速でそれに続いた。
「あなたたちの好きにはさせない!」
三人の圧倒的な猛攻の前に、仮面の戦士たちは防戦一方となり、たまらず後退していく。
だが、彼らを追撃している暇はなかった。
『My Lord。闇の書の暴走コード、起動まで残り40秒』
紗雪の視界で、ファイル「MOIRA網」が冷徹なカウントダウンを開始する。
巨大な闇の書がページを乱舞させ、はやてを完全に飲み込むべく、何重にも重なる強固な球状結界を構築し始めていた。
「時間が無い! 全員、結界の『一点』へ最大火力を集中しろ!」
紗雪の号令に、なのはがレイジングハートを強く握りしめる。
「みんな、いくよっ!」
「ツェアシュラーゲン!!」
「紫電一閃!」
なのはの大出力の砲撃、ヴィータの巨大な鉄槌、シグナムの炎の魔剣、そしてフェイトの雷光。
全員の想いを乗せた極大の攻撃が、闇の書の結界の一点へと同時に叩き込まれた。
メシャァァァァッ!!
空間が悲鳴を上げ、絶対の強度を誇るはずの外殻防壁に、ほんの数秒間だけ、細い「亀裂(射線)」が生まれた。
その亀裂の奥、幾重もの魔力の渦のさらに中心。はやての命を喰らおうと蠢く、毒々しい赤色の『暴走コード』。
「射線、開いた!」
なのはが叫ぶ。
後方で待機していた紗雪は、静かに、そして極限の集中をもってノーブル・コレッジを構えた。
「……ここから先は、私の領域だ」
ガシャンッ!
紗雪のデバイスに、第一の『精密特化カートリッジ』がロードされる。
それは魔力を増幅するためではなく、魔力の揺らぎを極限まで抑え込み、絶対的な「精度」を生み出すための弾丸。
『Phase deviation, 0.001%.(位相誤差0.001%)』
ノーブル・コレッジとファイル「MOIRA網」が連動し、目標である暴走コードとの同期率を計算する。
「まだだ」
紗雪は躊躇いなく、二発目をロードする。
ガシャンッ!
『Phase deviation, 0.0001%.(位相誤差0.0001%)』
「……まだ」
ガシャンッ!
『Phase deviation, 0.00001%.(位相誤差0.00001%)』
『My Lord。暴走コード起動まで残り15秒。結界の修復が始まります』
ファイル「MOIRA網」の警告音が鳴り響く。
こじ開けた防壁の亀裂が、猛烈な勢いで閉じようとしていた。仮面の戦士たちも、紗雪の狙いに気づき、妨害の魔力弾を放ってくる。
「紗雪ちゃん、結界が閉じちゃう!」
なのはが焦燥の声を上げる。
「撃たせねえよ!!」
ヴィータとシグナムが、紗雪の盾となって仮面の戦士の攻撃を全て弾き落とす。
フェイトもまた、結界の修復を少しでも遅らせるべく、バルディッシュを亀裂にねじ込んで必死に耐えていた。
「あと十秒は作る! だから、紗雪!」
仲間の命懸けの援護。
かつては一人で全てを救おうとしていた軍人は、今、彼女たちが作ってくれた「時間」と「道」を信じ、最後の一発を静かに装填した。
ガシャンッ!
『Phase lock. Complete.(位相同期、完了)』
「――射線を開けろ」
紗雪の静かな声に、フェイトがバルディッシュを引き抜き、全員がパッと射線を空ける。
「誰も死なせない。……消えろ。『イレイズ・シュート』!!」
白銀のデバイスから放たれた、極細の一筋の光。
それは、閉じかけた防壁の僅かな隙間をすり抜け、はやてを包む無数の魔力経路の間を縫うように進み――。
最後の一点。
はやての命と直結していた『暴走コード』の中心だけを、寸分の狂いもなく貫いた。
ピキッ……。
澄んだ音が響き、毒々しい赤色のプログラムが、ガラスのように砕け散り、無害な光の粒子となって「消滅」していく。
はやての身体を縛っていた呪いの鎖が、完全に解き放たれた。
「はやて!!」
防壁が消失した祭壇へ、ヴィータとシグナムが駆け寄る。
空中に投げ出されたはやての小さな身体を、ヴィータがしっかりと抱きとめた。
「ん……ヴィー、タ……?」
ゆっくりと目を開けたはやてが、安心したように微笑む。
「あれ……足、なんか……感覚が……」
暴走コードが消え去った『闇の書』は、本来の純粋な魔力だけを残し、はやての麻痺していた足を静かに治癒し始めていた。
「嘘だ……! 暴走プログラムだけを完全に消し去ったというのか!?」
仮面の戦士が、信じられないというように後ずさる。
「さて」
額に汗を滲ませながらも、紗雪は不敵な笑みを浮かべて仮面の戦士たちを見据えた。
その両隣には、レイジングハートとバルディッシュを構えたなのはとフェイトが並び立つ。
「患者(はやて)の摘出手術は無事に終わった。……次は、君たちの『治療』の時間だ」
誰も犠牲にならない、完全なる救済。
最強の絆を結んだ三連星と守護騎士たちの、最後の反撃が幕を開けた。