魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
「馬鹿な……完成したはずの『闇の書』が、沈静化しているだと!?」
海鳴市上空の隔離空間。
仮面の戦士たち――双子のアリアとロッテは、祭壇の上で純白の光に包まれていく『闇の書』を見て、驚愕に声を震わせた。
「よそ見をしている余裕があるのか」
冷徹な声と共に、双子の背後に白銀のデバイスが突きつけられる。
「なっ……! 空間転移の予兆もなしに……!」
「ファイル「MOIRA網」の予測演算による、お前たちの逃走経路と空間座標の完全なロックだ。すでにこの次元において、お前たちの取れる『有効な手』は存在しない」
紗雪が静かに告げる。
その言葉を証明するように、長命の使い魔であり、卓越した戦闘技術を持つはずのアリアとロッテの全方位を、六つの影が完全に包囲していた。
「退路をこじ開ける! ロッテ!」
「はいっ!」
ロッテが格闘戦の間合いに踏み込もうとするが、その動きを黄金の雷光が先回りして封殺する。フェイトのバルディッシュがロッテの得物を正確に絡め取り、同時にヴィータのハンマーが退路の空間そのものを物理的に叩き潰した。
「ならば、強制転移で……!」
アリアが足元に転移魔法陣を展開した瞬間、その陣のど真ん中に、炎を纏ったレヴァンティンが深々と突き刺さった。
「抵抗をやめろ」
シグナムが、静かな、しかし有無を言わさぬ威圧感を持って仮面のアリアを見据える。
「我らはこれ以上、主の前で誰かが傷つくことを望まん。……お前たちも含めてだ」
その言葉に、アリアは息を呑んだ。
かつては敵対者を容赦なく切り捨ててきた烈火の将が、今は自ら刃を止め、流血を避けているのだ。
そして上空では、なのはのレイジングハートが絶対的な制圧火力(エクセリオン・バスター)をいつでも放てる状態で、静かに二人をロックオンしていた。
圧倒的な武力と、それを上回る完璧な連携。
七人で逃走経路、転移、攻撃のすべてを封じ切る「完全なる詰み(チェックメイト)」。
いかなる老獪な戦術を持っていようと、もはや何も通らない。その事実を突きつけられ、アリアとロッテはついに抗戦の意志を折り、その場に膝をついて武装を解除した。
「……制圧、完了だ」
紗雪がファイル「MOIRA網」の戦術マップを閉じ、小さく息を吐く。
戦闘が終わり、静寂が戻った祭壇の中央。ヴィータに抱き抱えられたはやての胸元で、『闇の書』が優しく、温かい光を放ち始めた。
「はやてちゃん……!」
なのはたちが駆け寄ると、純白に染まった本のページから眩い光の粒子が溢れ出し、空中で一人の美しい女性の姿を形作った。
「私は、『夜天の書』の管制人格。……あなた方が『闇の書』と呼んでいた魔導書の、本来の姿です」
銀色の髪と純白のドレスを纏った女性は、眠るはやての頬を愛おしそうに撫で、そしてシグナムたち守護騎士へと優しい眼差しを向ける。
「主であるはやてと、私の愛する騎士たち。……そして、私自身を呪われた防衛プログラムから救い出してくれた勇敢な魔法少女たち。心からの感謝を」
「……史実のデータで見ていた結末とは随分違うが。この結末(ルート)も、悪くない」
紗雪が、ふっと表情を緩めて呟く。
「なのはちゃん。フェイトちゃん。紗雪ちゃん……」
ヴィータに支えられながら、はやてがゆっくりと立ち上がった。
足の麻痺は完全に消え去り、その両足で、しっかりと大地を踏みしめている。
はやては、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔で、三人の手を力強く握りしめた。
「ほんまに……ほんまに、ありがとう。みんなのおかげや」
「うんっ! はやてちゃん、足、治ってよかったね……!」
なのはもポロポロと涙をこぼし、フェイトも優しく微笑みながら頷いた。
シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四人も、主の無事と新たな家族(管制人格)の誕生に、言葉にならない喜びを噛み締めている。
東の空から、温かい朝の光が差し込んでくる。
長くて、過酷で、けれど奇跡のような一夜が終わり、新しい一日が始まろうとしていた。
「帰ろう、みんなで」
なのはが、朝日に照らされながら振り返って笑う。
「はやてちゃんの、お家に。……シチュー、まだ残ってるかな?」
「うんっ! 冷めてもうてるかもしれんけど、いーっぱいあるよ!」
笑い合う少女たちと、安堵に満ちた騎士たち。
未来の軍人・芹葉紗雪がもたらした小さな波紋は、誰一人欠けることなく迎えた、祝福の朝を導き出した。