魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~   作:長谷川広軌

45 / 57
第三部 StrikerS編
プロローグ:【時計仕掛けの親権争いと、見えない首輪】


ミッドチルダ首都・クラナガン。

時空管理局本局、技術部特命課――その最深部に位置する専用ラボには、けたたましいアラート音と、重いため息が響き渡っていた。

「……随分と弄ったね、私の最高傑作を」

白衣を纏った男――技術部特命課課長、ジェイル・スカリエッティは、メインモニターに表示された異常な魔力負荷のログを見上げながら、眉間を揉みほぐした。

彼の視線の先にある調整槽の中では、白銀のデバイス『ノーブル・コレッジ』が冷却液の泡に包まれて静かに浮遊している。

「無茶な運用ではない。工学的な限界値と物理的耐久性の範囲内で、最適化を施した結果だ」

調整槽の傍らに立つ19歳の少女――時空管理局一等空尉、芹葉紗雪は、手元のコンソールを叩きながら淡々と反論した。

「高町なのはの『エクセリオン・バスター』や、フェイト・T・ハラオウンの神速。あれらを真正面から凌ぐには、着弾点の術式構成を0.1ミリ単位で数%削り落とす『局所消去(サージカル・イレイズ)』しかない。既存の魔力シールドによる負荷分散では、装甲も関節も吹き飛ぶ。生存するための合理的な判断だ」

「私は、そんな狂った使い方を想定して設計した覚えはないのだがね」

スカリエッティは呆れたように肩をすくめる。

「……設計者として質問していいかな。どうしてまだ壊れていないんだい? 君も、コレッジも」

「私のデバイスだ」

即答する紗雪に対し、スカリエッティは眼鏡の位置を直しながら冷たく言い放つ。

「作ったのは私だよ?」

「10年かけて育てたのは私だ。実戦での稼働データは私が全て握っている」

「なるほど。親権争いか」

『両名ともおやめください。メインフレームの温度が不要に上昇しています』

調整槽の中から、コレッジの無機質ながらもどこか呆れたような電子音声が響き、二人の不毛な口論を強制終了させた。

ラボに、束の間の静寂が落ちる。

紗雪はふと、目の前に立つこの男の顔を盗み見た。

――未来で知っていた歴史では、彼はこの世界の最大の敵になるはずだった。

しかし、A'sの事件を経て歴史を大きく変えた今、紗雪の目の前にいるのは、純粋に技術を愛し、自分の開発したデバイスの無茶な運用に頭を抱える神経質な技術屋だ。

未来の記憶はある。だが、それはもう正解を示す羅針盤にはならない。今の彼が何者であるかは、現在の行動と事実だけで判断するしかない。

「……それで、課長。上の老人たち(最高評議会)からの次の『仕事』は?」

紗雪が問いかけると、スカリエッティの顔から技術者としての熱がスッと消え、代わりに深い疲労の色が浮かんだ。

「『戦闘機人計画』の推進と、レリックの回収……まただよ。全く、設計思想が古すぎる」

スカリエッティは忌々しそうにデータパッドを机に放り投げた。

「自律人格まで構築した高度生命体を、ただの消耗部品として使い潰す。技術者として美しくない。そんな無駄遣いをするなら、最初から作らない方がマシだ。……だが、直属の命令である以上、無視もできない。厄介な首輪だよ」

命の尊厳ではなく、あくまで「技術的な美意識」と「設計思想」の観点から最高評議会に嫌悪感を示す上司。その絶妙にズレた倫理観に、紗雪は小さく息を吐いた。

「私の人事・技術上の所属はこの特命課だが、今日から新設される『機動六課』へ出向となる。作戦指揮は八神はやて部隊長だ」

紗雪は調整を終えたノーブル・コレッジを手に取り、腰のホルスターに収めながら念を押す。

「三脳からの特命は、原則として課長(あなた)を経由し、六課の指揮系統を通すようにしてくれ。直接命令されても、私は現場の作戦行動を優先する」

「やれやれ。八神部隊長とうちの優秀な一尉の人事台帳を巡って、綱引きをする羽目になるとはね」

スカリエッティは苦笑しながら、手元の端末を操作した。

「君は現場(外)で、好きに飛び回るといい。私はここで、上を適当に誤魔化しながら『不良仕様の修正』でも進めておくよ」

ラボの自動ドアが開く。

紗雪は歩き出しながら、手元の情報端末を開き、これまでの10年間で死に物狂いで構築し、改良を重ねてきた戦術と戦場のすべてが記録されているファイル「MOIRA網」のデータ同期を開始した。

「さて……教育の時間だ」

かつて未来を恐れた少女は、誰もが恐れる「生ける伝説の戦術教官」として、機動六課の扉を開く。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。