魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ミッドチルダ・第4演習場。
「クロスファイヤ・シュートッ!!」
ティアナ・ランスターの放った魔力弾が、空中の標的を次々と撃ち抜いていく。
だが、彼女の視界の端で、模擬戦の相手である高町なのはが一瞬にして距離を詰め、圧倒的な魔力光を収束させていた。
「――っ、シールド!」
ティアナは咄嗟に防御魔法を展開するが、なのはの砲撃の余波だけでシールドにヒビが入り、吹き飛ばされそうになる。
(くそっ……出力が違いすぎる! こんなの、どうやって防げって言うのよ!)
ティアナが歯を食いしばったその瞬間。
彼女の前に、黒いバリアジャケットの背中が音もなく降り立った。
「そこまでだ」
芹葉紗雪一等空尉。
彼女は腰のノーブル・コレッジを軽く抜くと、迫り来るなのはの魔力光に向けて、ただ一筋の極小の閃光を放った。
『Surgical Erase(サージカル・イレイズ)』
バチュンッ、という乾いた音と共に、なのはの巨大な砲撃が「術式の急所」を撃ち抜かれ、霧散するように消滅した。
爆風すら起きない、あまりにも静かな幕切れ。
「……っ」
ティアナはその光景に息を呑んだ。何度見ても理解できない。AAA+の魔力で、S+の砲撃を完全に相殺しているのだ。
「ティアナ。お前は今、相手の魔力出力に対して、自分のシールドの『強度』だけで耐えようとしたな」
振り返った紗雪の目は、獲物を見る猛禽のように冷徹だった。
「出力差がある場合、正面から受け止めれば確実に装甲ごと吹き飛ぶ。魔力も所詮はパルス信号の伝送システムに過ぎない。力押しで防ぐのではなく、3つのレンズ構成を用いた発散と収束の基本原理を応用しろ。着弾の瞬間に相手の術式を『発散』させ、自らの防御を一点に『収束』させるんだ」
「パルス信号……レンズの発散と収束……?」
魔法の概念とはかけ離れた工学的な説明に、ティアナは目を白黒させる。
「そうだ。相手の出力が100であっても、着弾時の構成ベクトルを数%狂わせれば、威力は致命的に減衰する。この局所消去と魔力拡散の戦術理論は、すべてファイル「MOIRA網」に記録してある。今夜中に目を通し、お前自身の射撃システムに最適化して組み込め」
「……は、はいッ!」
圧倒的な実力と、あまりにも理路整然とした戦術論。
ティアナは、ただただ直立不動で頷くことしかできなかった。
同刻。時空管理局本局・技術部特命課。
「……やれやれ。またファイル「MOIRA網」のアクセス履歴が跳ね上がっているね」
暗いラボの中で、ジェイル・スカリエッティはモニターに映るデータ通信量を見て、深くため息をついた。
画面には、紗雪が第4演習場から送信してきた最新の稼働ログが表示されている。
『マスター。ノーブル・コレッジの第3関節ブロックに0.02ミリの摩耗を確認。彼女がまた、3レンズ構成の概念を用いた無茶な魔力発散を行ったものと推測されます』
スピーカーから流れるコレッジの報告に、スカリエッティは眉間を揉みほぐす。
「分かっているよ。彼女の戦術は確かに合理的だが、デバイス側の物理的限界を計算に入れるのがいつもギリギリすぎる。高町なのはの砲撃を捌き続けるという異常な環境下で、アレが壊れないのは私の設計が完璧だからだと、そろそろ彼女にも理解してほしいものだ」
スカリエッティがぼやきながら調整用データのコンパイルを進めていると、不意に背後の専用通信コンソールが赤く点滅した。
最高評議会(三脳)からの、秘匿回線だ。
スカリエッティの顔から、技術者としての呆れ顔が消え、冷ややかな無表情へと変わる。
『――ジェイル・スカリエッティ課長。レリックの回収と、ナンバーズの調整状況について報告を求める』
「……滞りなく進んでおりますよ、評議員閣下」
スカリエッティは恭しく、だがどこか嘲るような響きを含んで答えた。
『ふむ。機動六課という目障りな部隊が設立されたと聞く。貴君の計画の邪魔にならねばよいが』
「ご心配には及びません。六課には、我が特命課から『優秀な監視役』を出向させておりますので」
『……芹葉一尉か。あれは使えるのか?』
「ええ。とても優秀な『部品』ですよ」
通信が切れると同時に、スカリエッティは忌々しそうに舌打ちをした。
「……部品、だと。自律思考と高度な戦術構築能力を持つ技術の結晶を、ただの歯車扱いとは。相変わらず、虫唾が走るほど美意識に欠ける老人たちだ」
彼は再びモニターに向き直る。
そこには、六課で後進の指導にあたる紗雪と、彼女を支えるノーブル・コレッジの稼働データが静かに明滅していた。