魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
夜の臨海公園に、二色の閃光が激しく交錯した。
「はぁぁぁぁっ!!」
「チッ……!」
上空から放たれた紗雪の白銀の魔力弾を、覚醒したばかりの高町なのはが『レイジングハート』の展開した桜色の丸い盾(ラウンドシールド)で受け止める。
バチバチと火花を散らす魔力の衝突。未経験の素人とは思えないなのはの強固な防御力に、紗雪は顔をしかめた。
(ただの防壁魔法すら、信じられない密度だ。これが……未来において『空戦の魔導師』として無敗を誇る天才の初期値か……!)
紗雪の視界には、ファイル「MOIRA網」が絶え間なく演算結果を弾き出している。
未来の過酷な訓練施設で地獄のような3万時間を耐え抜き、魂に刻み込んだ一等空尉としての戦闘経験。その全てを以てしても、目の前の9歳の少女が放つ異常な魔力ポテンシャルは脅威だった。
『My Lord. 対象の魔力値、急速に上昇中。このまま戦闘を継続した場合、対象のリンカーコアに過大な負荷がかかる可能性があります』
「分かっている! だから、出力が上がりきる前に物理で制圧する!」
紗雪は空中で急旋回すると、ノーブル・コレッジを構えてなのはの死角へと回り込んだ。
「ごめんね、なのは。君の未来の痛みは、私が全部一人で背負うから。……だから今は、おとなしく寝ていて!」
手加減はしつつも、確実に意識を刈り取るための一撃。
しかし、なのはの直感が紗雪の機動を上回った。
「寝てろって言われても……そんなに痛そうな顔をしてる人の言うこと、聞けないよっ!」
なのはがレイジングハートを振り抜く。
そこから放たれたのは、まだ名前すら持たない、ただの魔力の塊(シュート)。だが、込められた想いの強さと純粋な魔力質量は、紗雪の予測を遥かに超えていた。
「なっ……!?」
直撃を避けるため、紗雪は咄嗟に防御態勢に入る。
彼女の強みは、未来から持ち帰った高度な術式制御にある。紗雪は即座に3つの魔力レンズ配置の収束と発散を基本原理とした光パルス演算をノーブル・コレッジに実行させ、自らの前面に多重の偏光防壁を展開した。
ズガァァァァンッ!!
夜空に桜色の爆炎が咲き乱れる。
強固な魔力レンズ防壁で衝撃を拡散・相殺したものの、紗雪の小さな身体は後方へ大きく吹き飛ばされた。
「くっ……あはは、凄まじいな。本当に」
空中で姿勢を立て直し、焦げた前髪を払いながら、紗雪は自嘲気味に笑った。
彼女が守りたかった平和の象徴。決して戦いに巻き込んではいけないと思っていた少女は、たった一撃で紗雪の傲慢な「最適解」を打ち砕こうとしている。
一方、地上から紗雪を見上げるなのはは、息を弾ませながらもその瞳に強い光を宿していた。
「ねえ、どうして……? あなたは、そんなに強い力を持っているのに、どうして一人で全部やろうとするの?」
「……君には関係ない。これは、私の戦争だ」
「関係あるよ! だって今、私とあなたはここで向かい合ってるじゃない!」
なのはの迷いのない言葉が、紗雪の胸の奥、分厚い軍人の仮面で覆い隠していた痛みを的確に抉ってくる。
「誰かを傷つけて、悲しい顔をしながら戦うのがあなたの『正しいこと』なら……私は、全力であなたを止める!」
『Stand by ready.』
レイジングハートの力強い音声と共に、なのはの周囲に更なる魔力が集束していく。
その圧倒的な光の奔流を前に、紗雪はギリッと奥歯を噛み締めた。
論理ではない。感情のぶつかり合い。これ以上は、手加減をして制圧できる領域を完全に超えている。
(……やるしかない。彼女の心を折ってでも、ここで戦いから遠ざける!)
「いいだろう。なら、私がどれほどの地獄を背負ってここに立っているか……その身で味わえ!」
紗雪もまた、ノーブル・コレッジを前方へ突き出した。
白銀の極太の砲線と、桜色の巨大な魔力の塊。
二つの規格外の砲撃が、夜の海鳴市上空で真っ向から激突しようとしていた。
「いくよ、レイジングハート……!」
「全霊で叩き潰す……! バスター・カノンッ!!」
空間そのものが悲鳴を上げるような、閃光と轟音。
交わるはずのなかった二人の少女の最初の激突は、勝敗も、正しさの答えも出ないまま、圧倒的な魔力の爆発によって引き分けという形で夜空に溶けていった。