魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ミッドチルダ・機動六課 隊舎ロビー。
初陣の報告書をまとめ終え、コーヒーサーバーの前で一息ついていた紗雪の背中に、明るい声が掛かった。
「紗雪ちゃん! 六課の立ち上げも一段落したし、久しぶりに旧交を温めつつ模擬戦行かない?」
「いいね。私も紗雪の今の『現在地』、しっかり見ておきたいし」
高町なのはと、フェイト・T・ハラオウン。
まるで「これからお茶しない?」とでも言うようなテンションで、ミッドチルダが誇る二大エースが恐ろしい提案をしてくる。
「……ふむ。新人たちの教導にリソースを割いていたからな。ファイル「MOIRA網」 の実地データの更新も兼ねて、悪くない」
紗雪が淡々と頷くと、横からひょっこりと八神はやてが顔を出した。
「おっ、ええなー! ほな、私は紗雪ちゃんと組むわ! なのはちゃん&フェイトちゃん vs 私&紗雪ちゃんの二対二(タッグマッチ)や!」
「行く行くー!」
「うん、決まりだね!」
キャッキャと盛り上がる隊長陣と、涼しい顔でノーブル・コレッジのメンテナンスモードを解除する紗雪。
その光景をロビーの隅で見ていたティアナたち新人フォワード陣は、顔面を蒼白にしていた。
「……ウソでしょ。S+とS+のタッグに、SSの部隊長と、あの教官がやり合うって……?」
「空間、保つのかな……」
スバルとエリオがガタガタと震える中、機動六課の第4演習場にて、最高強度の『封時結界』が展開された。
第4演習場・封時結界内。
開始の合図と同時に、フェイトが音速を超える速度で距離を詰め、なのはのブラスタービットが一斉に高出力の魔力光をチャージする。
「はやて、お前は後方で広域魔法の詠唱を進めろ。私が120秒、盤面を押し開ける」
「頼んだで、紗雪ちゃん!」
はやてが巨大な魔法陣を展開し、膨大な魔力の集積を始める。
その直後、なのはのディバインバスターとフェイトのプラズマザンバーが、紗雪に向かって放たれた。
しかし紗雪は、防御魔法(シールド)を展開しない。
彼女は、前衛の壁でも砲撃手でもない。戦場そのものに「通路」を作る、戦術的リードブロッカーだ。
なのはの圧倒的な砲撃が迫る。
紗雪はそれを全部受け止めるような真似はせず、局所消去(サージカル・イレイズ)で術式の危険な部分だけを削り落とし、残りの魔力を自らの横へ流してやり過ごす。
フェイトがその死角から神速で突破を図る。
だが、その進路上の「予測位置」には、既に紗雪の放った牽制弾と誘導防壁が置かれており、フェイトは最短コースからの離脱(迂回)を余儀なくされる。
「くっ……相変わらず、やりづらい……!」
空中でフェイトが舌打ちする。
二人が連携して最高効率のクロスファイアを狙おうとしても、紗雪が絶妙なタイミングで射線と移動経路に干渉し、強制的に動線をずらしてしまう。
S+級の高火力(なのは)には、火力で勝つ必要はない。
S+級の超高速(フェイト)には、速度で勝つ必要はない。
ただ、彼女たちが最高効率の攻撃コースを使えないよう、盤面をコントロールし続ければいい。
自分が活躍するのではない。仲間(はやて)が決定打を放つための道を切り拓く。
それこそが、AAA+の魔力しか持たない少女が、10年間の死闘の果てに辿り着いた「最適解」だった。
「……よし」
120秒後。紗雪の唇が微かに動いた。
「詠唱完了や!」
後方で極大のバッチ処理(詠唱)を終えたはやての声が響く。
「道は開けた。撃て、はやて」
紗雪が鮮やかに射線を譲ったその空間を通り抜け、空を覆い尽くすほどの広域殲滅魔法が、演習場全体を真っ白に染め上げた。
「すご、い……」
観覧席のモニタールーム。ティアナはその光景を前に、自らの手が震えていることに気づいた。
「すごいね、ティア! 教官、防御魔法を使ってないのに、なのはさん達を完全に封じ込めてた!」
スバルが目を輝かせる。しかし、ティアナの瞳の奥には暗い焦りが渦巻いていた。
「……教官が私たちに教えてくれたこと。スバルが突破するんじゃない。エリオが突破できる道を、スバルが作れって……こういうことだったのね」
ティアナは拳を強く握りしめる。
(でも……私は教官じゃない。あんな神業みたいな空間把握、私にできるわけがない。もっと……もっとやらなきゃ、私はあの人たちの背中すら見えない……!)
同刻。時空管理局本局・技術部特命課ラボ。
『警告。機動六課・第4演習場にて、規定値を300%超過する魔力エネルギーの衝突を観測』
「……またか。またあの『幼稚園』で、空間の物理演算エンジンをクラッシュさせる気か」
ラボのモニターを前に、ジェイル・スカリエッティは深くため息をついた。
画面には、3つの規格外エネルギーと、それを完璧に捌き切った1つの高効率エネルギーのログが狂ったように明滅している。
「……芹葉君。君はいったい、何と戦っているんだね?」
専用回線を開くと、息一つ乱していない紗雪の声が返ってきた。
『ただの旧交を温めるPing送信(生存確認)だが?』
「限界設計のデバイスで局地災害クラスの飽和攻撃を捌き切ることを、世間ではPing送信とは呼ばない!!」
スカリエッティはバンッと机を叩いた。
「ただでさえコレッジの関節部の摩耗率が上がっているのだ。そんな設備耐久試験を娯楽にするのはやめたまえ!」
『問題ない。互いの要件定義(実力)のすり合わせは無事に完了した。明日の保守点検は頼むぞ、課長』
通信が一方的に切られ、スカリエッティは静かに胃薬を水で流し込んだ。
「……あの幼馴染四人組が一番の災害じゃないか……」
技術部特命課の暗いラボに、悲哀に満ちた中間管理職の呟きが吸い込まれていった。