魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ミッドチルダ北部・放棄された工場地帯。
機動六課のフォワード陣がガジェット・ドローンの群れを制圧し、未知のロストロギア『レリック』を確保した直後。現場の仮設テント内では、モニター越しに静かな、しかし一触即発の「縄張り争い」が繰り広げられていた。
『――ですから、八神部隊長。未知の技術的遺物(レリック)および敵性兵器の解析は、本局技術部特命課の管轄です。速やかに現物をこちらへ引き渡していただきたい』
モニターに映る白衣の男、ジェイル・スカリエッティが慇懃無礼な笑みを浮かべて要求する。
対する八神はやても、部隊長としての威厳を崩さず、にっこりと笑い返した。
「お言葉ですが、スカリエッティ課長。ここは機動六課の作戦行動エリア内です。現場の安全確保と初期解析が終わるまで、作戦指揮権は私にあります。いくら本局からの要求でも、はいそうですかと渡すわけにはいきませんな」
火花を散らす二人。テントの隅でその様子を見ていたティアナやスバルたちは「うわぁ……大人の世界だ……」とドン引きしている。
そこへ、現場でガジェットの残骸を調べていた芹葉紗雪が、ファイル「MOIRA網」 の解析データを片手にテントへ入ってきた。
「二人とも、不毛なリソースの無駄遣い(口論)はやめろ」
紗雪は端末をテーブルに置き、淡々と告げた。
「私は技術部特命課の所属であり、同時に機動六課の戦術教官だ。私が六課の作戦指揮下において『初期解析』を行い、そのデータを特命課へ『共有』する。これなら権限分界の要件を満たしつつ、双方の面子が立つ。違うか?」
その提案に、はやては「しゃあないな」と肩をすくめ、スカリエッティは「……君がそういうなら、仕方ない」と眼鏡を押し上げた。
数十分後。現場の最深部、レリックの保管区画。
「……で? わざわざ『視察』という名目で現場まで足を運んだ理由はなんだ、課長。あなたの白衣の裾、泥で汚れているぞ」
紗雪が背後を振り返ると、そこにはホログラム通信ではなく、護衛のナンバーズ(ウーノ)を伴って実際に現場へ降り立ったスカリエッティの姿があった。
「現場の空気を吸うのもたまには悪くないと思ってね。それに、君の口から直接『報告』を聞きたくてね」
スカリエッティは周囲に機動六課の隊員がいないこと、そして一切の盗聴器がないことを確認すると、ガジェットの残骸を杖で小突いた。
「どうだい、このシステムの出来は」
「最悪だ」
紗雪はファイル「MOIRA網」 のログを展開し、スカリエッティだけに見える角度でホログラムを提示した。
「旧式のアーキテクチャ(最高評議会)が、システム全体のリソースを不当に占有している。そのせいで、新規のモジュール(ナンバーズ)が本来のポテンシャルを発揮できていない。レガシー部分はさっさと切り捨てるべきだ」
「……同感だとも。だが、その『古いコード』がシステムの管理者権限(スポンサー)を握っている以上、我々末端の技術者には削除できないのだよ」
ウーノが二人の背後で、無表情のまま静かに口を開く。
「……お二人とも、比喩が露骨すぎます」
その時、スカリエッティの懐にある暗号通信端末が、低く震えた。
最高評議会(三脳)からの、直通通信だ。
『スカリエッティ。……そこには芹葉一尉もいるな。直接命令を下す。六課を出し抜き、レリックの現物を直ちにこちらへ回収しろ』
機械的に響く老人たちの声。
「裏でこっそり奪ってこい」という、責任の所在を曖昧にした典型的な暗闘の指示。
スカリエッティの顔に微かな緊張が走る。彼がどう答えるか迷うよりも早く、紗雪が一歩前に出て、通信機に向かって事務的な口調で告げた。
「その命令を実施する権限が、現在の私には付与されていません」
『……何?』
「機動六課への出向命令第4項。ここには『作戦行動中の芹葉一尉に対する戦術的指揮権は、機動六課部隊長に専属する』と明記されています。現場指揮官を通さない本局からの特命(割り込み処理)は、現行の指揮命令系統上、実施不能です」
『貴様……我々を誰だと――』
「命令内容は記録しました。実施不能として処理します。当処理を上書きしレリックの移管を求めるのであれば、機動六課部隊長宛てに、最高評議会名義での『正式な指揮権変更命令』をご送付ください。……以上、通信終了します。失礼いたします」
ピッ。
紗雪はキレることも、声を荒げることもなく、ただ淡々と「業務処理」として最高評議会との通信を切断した。
「……というわけで、私は現場の規定に従い、処理不能なプロセスを破棄しただけだ。安心しろ」
「……君というやつは」
スカリエッティは呆れたように天を仰いだ。
反乱ではない。
権力者を力で止めるのではなく、「権力を行使するなら責任の残る形(ログ)で行使しろ」と要求し、権力行使を可観測化させたのだ。
「仕方ない。私も『規定』に従うとしよう」
スカリエッティは手元の端末を開き、最高評議会への報告書を作成し始めた。
【対象は現在、六課の作戦証拠物として管理下にあります。現場指揮官の承認なしに移管すれば、証拠保全規定への抵触が避けられません】
「これでいいかね?」
「ああ。全部事実だ」
虚偽報告は一切ない。だが実質的には「無理だ。欲しけりゃお前らの名前で正規命令を出せ」という、最高評議会に対する官僚的かつ完璧なブロック。
二人は互いの思想に共鳴したわけでも、仲間になったと約束したわけでもない。
紗雪は六課の指揮系統を守り、ジェイルは三脳直属の課長として報告義務を果たした。ただ、それぞれの「正規業務」を極限まで厳密に遂行した結果、不正な命令経路だけが見事に遮断されたのだ。
「さて、私は私のラボに帰るとしよう。……芹葉君。君のその無茶な『権限の最適化』、いつかバグを生むかもしれないから気をつけることだ」
「心配には及ばない。私のエラー処理は完璧だ」
背を向けて歩き出す技術部特命課の男と、それを見送る機動六課の戦術教官。
人柄への盲信でも、未来知識でもなく。ただ「現在の事実とログ」のみを基盤として、二つの組織の間に奇妙な均衡が生まれた瞬間だった。