魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ミッドチルダ・機動六課 通信・機材室。
部隊設立から数週間。新人フォワード陣の専用デバイス(マッハキャリバー、クロスミラージュ等)のロールアウトを目前に控え、メカニック担当のシャーリー・フィネガンは目の下に隈を作りながらモニターと睨み合っていた。
「うう……ハードウェアの組み上げは終わったのに、新しい連携戦術に合わせたソフトウェアの調整が全然終わらないよぉ……」
そこへ、冷えた缶コーヒーを二つ持った芹葉紗雪が入室してくる。
「進捗はどうだ、シャーリー」
「あ、芹葉教官……。それが、教官の考案した『結線記法』を局の標準OSに組み込もうとしてるんですけど、ミドルウェアの層が分厚すぎて、処理遅延(ラグ)がどうしても0.05秒発生しちゃうんです」
紗雪は自身の端末を接続し、ファイル"MOIRA網" に蓄積された最適化モジュールのコード群を展開した。
「私がOSのカーネル部分を書き換える。シャーリーはUI(ユーザーインターフェース)側の調整を頼む」
「えっ!? で、でも教官、戦闘用デバイスの本番機でいきなりカーネル書き換えるなんて……検証環境は!?」
「ある」
「回帰試験(リグレッションテスト)は!?」
「ファイル"MOIRA網" 上で回した」
「第三者レビューは!?」
「……」
シャーリーは顔面を蒼白にさせた。
「だからこれから、本局のジェイル課長を呼ぶんですね!?」
紗雪は躊躇いなく直通回線を開いた。
『……今度は何だね、芹葉君』
モニターの隅に、うんざりした顔のジェイル・スカリエッティが表示される。
「課長。今、六課の新人用デバイスのOSをファイル"MOIRA網" のアーキテクチャで再構築しているんだが、ローラー型の駆動系制御でスレッド競合が起きている。特命課のサーバーにある最新の排他制御アルゴリズムのライブラリを使わせろ」
『……は?』
スカリエッティは目を瞬かせた。
『機動六課の最新鋭デバイスのコードを、別部署である我が特命課に投げようというのか? 情報セキュリティの観点からも、部署間の決裁ルートからも完全に逸脱しているぞ!』
もっともな正論である。しかし紗雪は動じない。
「どうせ最高評議会(老人たち)から、『六課のデバイスに監視用のバックドアを仕込め』とでも業務命令が出ているんだろう。だったら最初からコードを共有して、あなたにデバッグと最適化を手伝わせた方がこちらの工数が浮く。……もしかして、他部署のコードだと競合を解決できないのか?」
『……私を安い下請けプログラマーか何かと勘違いしていないかね?』
「できないんだな?」
紗雪の極めてフラットな挑発。
スカリエッティはピキリとこめかみに青筋を立てた。
『……リポジトリ(共有フォルダ)の権限を付与したまえ! ミッドチルダの凡庸な技術者が書いたスパゲッティコードなど、私が3分で美しくリファクタリングしてやる!!』
「助かる。六課と特命課でオープンソース化するぞ」
『二部署で共有しただけでオープンソースを名乗るな!!』
かくして、機動六課メカニックと、戦術教官と、本局特命課長による、奇跡の「クロスチーム開発(合同徹夜作業)」が幕を開けた。
翌日。第1演習場。
「わああっ! すごい、すごいよティア! 新しいマッハキャリバー、私の動きに0.01秒の遅れもなく付いてくる!」
スバルが歓喜の声を上げながら、演習場を駆け抜けていく。
ティアナもまた、手にしたクロスミラージュの流れるような魔力充填に目を見張っていた。
「本当……以前の標準デバイスとは別物ね。……でも、これ」
ティアナはクロスミラージュの起動ログをじっと見つめた。
「……教官。このデバイスのOS、カーネルの署名に『J.S(技術部特命課長承認)』って謎の決裁印が入ってるんですけど。これ、どういうことですか?」
「本局の腕のいい技術屋と共同開発(クロスチームかいはつ)した」
紗雪が涼しい顔でコーヒーを啜る横で、ティアナは頭を抱えた。
「本局の課長クラスをタダ働きさせたんですか!? ていうか共同作業記録残しました!? ソースの著作権は!? 成果物の所管部署どっちです!? そもそも今後の保守責任者は誰が持つんですか!?」
「……」
「何も決めてないんですね!?」
ティアナの悲鳴に重なるように、紗雪の端末から通信が開く。
『言っただろう、私は手続き上、最初から反対したのだと』
「お前、途中から一番楽しんでコード書いていただろう」
『……フン。それより芹葉君。なぜ私のコミットが四回連続で拒否されている?』
「仕様書にないモジュール(バックドア)だからだ」
『私は特命課の課長だぞ?』
「仕様書には書いていない。未承認モジュールの追加は、CI(継続的インテグレーション)チェックで弾かれる仕様だ」
最高評議会から命じられた監視プログラムを仕込もうとしたジェイルの努力は、コードレビュー担当・芹葉紗雪によって物理的かつ合法的にすべてリジェクト(却下)されていた。
『……ええい、忌々しい! 次こそは君のCIパイプラインをすり抜ける完璧なコードを組んでやる!』
「やってみろ。全部弾く」
結果として、最高評議会の思惑は完全に無害化され、機動六課には「本局の天才科学者が徹夜で極限まで最適化してくれた最高性能のデバイス」だけが残された。
今日もまた、ティアナの(内部統制担当としての)胃痛を伴う叫び声が演習場に響き渡るのだった。