魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~   作:長谷川広軌

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第8話:【低S/N環境(AMF)と、非公式DevSecOps顧問】

ミッドチルダ都市部・第8管区。

突如出現したガジェット・ドローンの群れに対し、機動六課は防衛出動を展開していた。しかし、今日の戦場はいつもと様子が違った。

『空間魔力濃度の異常低下を確認! これは……AMF(アンチマギリンク・フィールド)です!』

通信管制を務めるシャーリーの緊迫した声が響く。

前線で急ブレーキをかけたスバルが、周囲の空気の重さに顔をしかめた。

「体が重い……。これじゃ、魔法の出力がガタ落ちになっちゃうよ!」

「落ち着いて、スバル!」

後方に立つティアナは、クロスミラージュのコンソール画面を凝視していた。

魔法の結合を阻害するAMF。情報工学的に言えば、それは「魔力結合のS/N比(信号対雑音比)を極限まで悪化させ、制御誤差と同期失敗を誘発させる悪劣なノイズ環境」だ。本来なら、デバイスと術者のリンクは途切れ、致命的なラグ(遅延)が発生する。

だが――。

「……S/N比の低下は著しいけど、接続(リンク)は落ちてない! 『J.S』署名のカーネルが、ノイズの薄い経路を動的に探索して、冗長制御とエラー訂正を勝手に回してるわ!」

ティアナは驚愕と共に叫んだ。

「す、すごい……! これが本局特命課長の書いた最適化コード……! 低S/N環境(AMF)に対する耐障害性(フォールトトレランス)がバケモノよ!」

「ティア、いくよ!」

スバルが再びマッハキャリバーのアクセルを踏み込む。AMFのノイズに晒されながらも、その挙動には致命的な遅延(ラグ)は存在しなかった。

同刻。戦場を見下ろすビルの屋上。

「……はぁ? なんであの子たち、AMFの中でピンピンしてるの?」

事態を裏で操っていた戦闘機人(ナンバーズ)の四女・クアットロは、ホログラムモニターの前で苛立たしげに声を上げた。

彼女の役割は、電子戦(幻術と通信妨害)による敵部隊の分断。しかし、六課の新人たちはAMFを意に介さず、次々とガジェットを粉砕していく。

「チッ、標準のOSじゃないわね。物理的なノイズ(AMF)が効かないなら、直接ネットワークに侵入(ハック)して、偽の撤退命令(パケット)を流し込んでやるわ」

クアットロは不敵に笑い、自らの情報処理能力を全開にして、機動六課の戦術リンクへの「中間者攻撃(Man-in-the-Middle)」を試みた。

しかし、彼女の侵入プログラムが六課のネットワーク境界に触れた瞬間。

『Unauthorized Access(不正アクセスを検知)。当該IPからの全パケットを破棄します』

「……えっ?」

クアットロの画面が真っ赤なエラーに染まり、侵入プログラムが物理的な魔力障壁に弾き返された。

『……残念だったな、電子戦部隊(ハッカー)』

その時、クアットロのメインモニターが強制的にハイジャックされ、黒いバリアジャケットを纏った19歳の教官――芹葉紗雪の冷徹な顔が映し出された。

「なっ……逆探知!? 嘘でしょ、私のステルスをどうやって……!」

『ファイル「MOIRA網」 が定義する六課の戦術ネットワークは、内部通信であっても全て相互認証を行う『ゼロトラスト・アーキテクチャ』だ。……得体の知れないスクリプトキディの偽装パケットなど、通すわけがないだろう』

「スクリプトキディ(素人ハッカー)ですってぇ!?」

激昂するクアットロ。だが、紗雪の対応は一切の慈悲もない事務処理だった。

『お前の発信源(IP)は特定した。……スバル、ティアナ。目標座標を転送した。私が障害物(ファイアウォール)をすべて削り落とす。道は作るから、お前たちが突破しろ』

『はいっ!!』

クアットロが顔を上げると、上空から紗雪の「局所消去(サージカル・イレイズ)」によって防御陣の急所だけを綺麗に撃ち抜かれ、完全に無防備になった自分の進路に、スバルとティアナの双発攻撃が迫っていた。

「ちょっ、まっ――」

大爆発。クアットロは悲鳴を上げながら、辛うじて脱出プロトコルを起動し、戦場から命からがら撤退した。

戦場に静寂が戻る。

ティアナは熱を放つクロスミラージュを下ろし、深く息を吐いた。

「……勝った。AMF下での冗長制御と、なりすましを弾く相互認証……。教官の戦術(ゼロトラスト)と、本局のカーネルによる完璧な二層防御のおかげね。……でも」

ティアナは急に頭を抱え、胃のあたりを押さえた。

「……こんなバケモノみたいなライセンス外のOS、実戦での運用実績(ログ)ができちゃったら、もう『シャドーIT』として既成事実化しちゃったじゃない! 本局の監査が入ったら誰が責任取るのよぉぉぉ!!」

今日もまた、内部統制担当(ティアナ)の悲鳴が青空に響き渡った。

同刻。本局技術部特命課ラボ。

『ドクター! 機動六課のシステム、一体どうなってるんですか! AMFは耐えるし、私のクラッキングは全部弾かれるし、逆探知してくるし! あんなのミッドチルダの標準規格じゃないですよ!!』

ボロボロになって帰還したクアットロが、半泣きでスカリエッティに抗議していた。

しかし、モニターの前のジェイル・スカリエッティは、どこか誇らしげに――否、完全にドヤ顔でコーヒーを啜っていた。

「当然だろう。低S/N環境での耐障害制御は天才たるこの私が組み上げ、通信のセキュリティ要件はあの口うるさい芹葉君がファイル「MOIRA網」 の基準で完全なレビューを行ったのだ。……クアットロ、お前程度の三流ツールで、私と彼女の『共同開発システム』が抜けるわけがないだろう?」

『……は?』

クアットロは目を点にした。

『ちょ、ちょっと待ってください。ドクターが組んだ? 敵のデバイスを? なんでドクターが敵のシステムを最強にチューニングして、私たちがボコボコにされてるんですか!?』

横で聞いていたウーノが、無表情のまま冷たくツッコミを入れる。

「……ドクター。作戦失敗の言い訳にしては、あまりにも自作自演(マッチポンプ)が過ぎるのでは」

「人聞きの悪いことを言うな、ウーノ! 私は味方組織の装備を職務上改良しただけだ。自分が書いたコードが実戦環境(AMF)で完璧に動作したことを、技術者として評価して何が悪い!!」

スカリエッティは机をバンッと叩いたが、その顔は隠しきれないプログラマーの喜びに満ちていた。

そして彼は、手元のホログラムキーボードを上機嫌に叩きながら、さらなるログの解析を始めた。

「……ふむ。しかし、クアットロの攻撃ログを見る限り、認証処理のハンドシェイクにまだ3ミリ秒ほど改善の余地があるね」

ウーノが怪訝な顔をする。

「……ドクター。それは、敵側(私たち)の攻撃データを参考に、六課をさらに強化するパッチを当てるという意味ですか?」

「ペネトレーションテスト(侵入テスト)の有用な結果を無視する技術者がいるかね?」

『私、敵なんですけどぉぉぉ!?!?』

天才科学者にして、時空管理局本局 技術部特命課課長、兼、機動六課非公式DevSecOps顧問。

ジェイル・スカリエッティの一人軍拡競争(マッチポンプ)は、今日も絶好調であった。

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