魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ミッドチルダ・最高評議会(三脳)の間。
暗闇に浮かぶ三つの脳髄は、苛立ちを隠せない電子音を響かせていた。
『機動六課のシステムが、監査部の介入すらも弾き返しただと?』
『技術部特命課のスカリエッティは何をしている。バックドア一つ仕込めないとは』
『もはや小細工(ハッキング)は不要だ。直接的な物理攻撃(ブルートフォース)で六課を叩き潰し、レリックを強奪する。……スカリエッティを通すな。我々の『管理者権限(ルート)』で、戦闘機人(ナンバーズ)を直接動かせ』
数時間後。ミッドチルダ郊外・レリック輸送ルート。
機動六課の新人フォワード陣が護衛する輸送車列に対し、突如として戦闘機人の部隊(ノーヴェ、ウェンディ、ディード)が強襲を掛けた。
「敵襲! 数が多いよ!」
スバルが叫ぶ。だが、彼女の顔に以前のような焦りはない。
「落ち着いて、スバル、エリオ! キャロは中継(ハブ)の位置を維持!」
ティアナの冷静な指示が飛ぶ。
精神的なデバッグを終え、自分を罰する無茶(オーバークロック)をやめたティアナは、ジェイル・スカリエッティが最適化したOSと、教官のファイル「MOIRA網」の戦術予測を完璧に使いこなしていた。
ノーヴェの蹴撃をスバルが受け止め、その硬直の隙(0.1秒)に、ティアナのクロスミラージュから放たれたカバー射撃がノーヴェの体勢を崩す。
遅延ゼロ。完全な同期。新人たちの動きは、一つの巨大な並列処理システムのように噛み合っていた。
「くそっ、なんだこいつら! 前より全然動きが……っ!」
ノーヴェが舌打ちをする。
戦闘機人たちの個々のスペックは六課の新人たちを上回っているはずなのに、六課のネットワーク(連携)の前に決定打を与えられない。
その時だった。
『――ノーヴェ。ウェンディ。ディード。お前たちの戦術アルゴリズムは非効率だ。我々が直接、機体のマニューバを指示する』
三人の戦闘機人の脳内に、最高評議会からの直接命令(割り込み処理)が響いた。
「えっ? ちょっと、評議会の閣下!? 今、私たちが直接動かした方が――」
ノーヴェが抗議する間もなく、彼女たちの機体制御の一部が、最高評議会の古臭いシステムへと強制的にルーティングされた。
同刻。時空管理局本局・技術部特命課ラボ。
『警告。戦闘機人部隊の戦術制御権限が、最高評議会(IP:Sannou_001)によって強制オーバーライドされました』
「な……っ!?」
モニターを見ていたジェイル・スカリエッティが、飲んでいたコーヒーを落としそうになった。
「あの化石のような老人たちが、自らマニュアル操作(マイクロマネジメント)で私の最新鋭の戦闘機人を動かすだと!? 通信のレイテンシ(遅延)とパケットロスを計算していないのか!!」
スカリエッティが慌ててログを確認すると、戦闘機人たちの動作に「0.3秒」という、実戦においては致命的なラグ(指示待ち時間)が発生し始めていた。
「あああああ! 私の書いた美しい自律制御アルゴリズムが、経営層の思いつきのトップダウン命令でグチャグチャにされていく……ッ!! やめろ、現場を知らない上層部が直接システムを触るんじゃない!!」
頭を抱えて絶叫する天才科学者。
そこへ、極めて間の悪いことに、機動六課の芹葉紗雪から直通通信が入った。
『……課長。そちらの端末(戦闘機人)、急に挙動がおかしくなったぞ』
「……言わないでくれたまえ。今、私の胃はストライクアーツで殴られたように痛いのだ」
モニター越しのスカリエッティは、本気で泣きそうな顔をしていた。
『先程から、敵の攻撃パターンが極端に単調(ハードコーディング)になり、しかも行動のたびに0.3秒のPingスパイク(遅延)が発生している。……さては、経営層(老人たち)が直接現場のシステムを触った(マイクロマネジメントした)な?』
「……っ! トラブルの根本原因(ルートコーズ)を一瞬で見抜くのはやめたまえ!」
図星を突かれ、スカリエッティは机に突っ伏した。
「おのれ最高評議会……! 私の最高傑作を、まるでラジコンのように……! あんな遅延だらけの動きでは、君の教え子たちの最適化されたシステムに勝てるわけがない……!」
『同感だ。可哀想に。お前の機体(ハード)は優秀だが、経営層(スポンサー)の運用が最悪すぎる』
紗雪は心底哀れむような声を出すと、六課の戦術ネットワークへ指示を飛ばした。
「ティアナ。敵の通信制御がトップダウンのレガシーシステムに切り替わった。行動の直前に、必ず本国サーバー(最高評議会)への問い合わせ(APIコール)が発生して0.3秒のラグが出ている。……その隙間(タイムアウト)を狙い撃て」
『0.3秒のラグ……分かりました、教官! スバル、エリオ! 敵の動きが止まる瞬間があるわ、そこに叩き込んで!!』
最高評議会の直接指示によって逆に動きが鈍重になったナンバーズたちは、ティアナの完璧な統制を受けた六課フォワード陣のクロスファイアによって、次々と撃墜(システムダウン)されていった。
「……経営の介入が現場のシステムを殺す、か。いつの時代も変わらないな」
戦場を制圧していく教え子たちを見下ろしながら、紗雪は静かに呟く。
『……芹葉君。頼む、もう通信を切ってくれ……私は、自分の子供たち(ナンバーズ)がクソコード(老人たちの指示)のせいで不具合(バグ)を起こして墜ちていくのを見るに耐えん……』
通信の向こうでは、本局の特命課長が、技術者としての絶望に咽び泣いていた。