魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
あの圧倒的な敗北から数日後。
海鳴市の休日は、穏やかな空気に包まれていた。しかし、芹葉紗雪の視界には、一般人には見えない緊迫したアラートが点滅している。
(第4セクター、建設中のビル跡地にジュエルシードの反応。……間違いない、2個目だ)
紗雪は私服のまま人気のない路地裏へ入り込み、瞬時にバリアジャケットへと換装した。
彼女の網膜には、自身が構築した戦術情報支援システムであるファイル「MOIRA網」から、対象の魔力波長と周辺の地形データが絶え間なく流れ込んでくる。
「ノーブル・コレッジ。今回も最速の最適解でいく。……あの子(なのは)が、妙な気配を察知する前に」
『Yes, My Lord.』
足元に魔方陣を展開し、紗雪は空へと跳躍した。
◇ ◇ ◇
建設中のビル跡地では、鉄骨とコンクリートの残骸にジュエルシードが融合し、巨大なゴーレムのような怪物と化して暴れ回っていた。
「脅威度はBクラス。だが、物理装甲が分厚いだけの的だ。……抜く」
上空から見下ろす紗雪は、ノーブル・コレッジをスナイプモードに変形させた。
精密な魔力拘束で怪物の動きを止め、装甲の隙間からピンポイントでシードだけを撃ち抜く。これなら大規模な破壊も起きず、周囲への被害もゼロだ。
紗雪が引き金に指をかけた、まさにその瞬間だった。
「――そこっ!!」
『My Lord!! 後方より多数の高エネルギー体接近!』
「なにっ!?」
振り返った紗雪の瞳に映ったのは、夜空の星のように展開された十数発の桜色の魔力弾だった。
「シールド展開!!」
咄嗟に張った白銀の多重防壁に、桜色の魔力弾が次々と着弾し、激しい爆発を引き起こす。一発一発の威力は先日の極太の砲撃に比べて遥かに劣る。しかし、着弾のタイミングが絶妙にズレており、紗雪の防壁に休む間もなく波状攻撃を仕掛けてきたのだ。
爆風を抜け、土煙の中から飛び出してきたのは、白いバリアジャケットを纏った高町なのはだった。
「また会えたね!」
「高町……なのは……ッ! なぜ、ここに……!」
驚愕する紗雪。ファイル「MOIRA網」のジャミングは完璧だったはずだ。
「ユーノ君が教えてくれたの。シードの探査魔法の、もっと遠くまで届く使い方!」
なのははレイジングハートを構えながら、一切の迷いなく紗雪に向かって突進してくる。
「懲りないヤツだ……っ! あの時の恐怖を忘れたか! ならばもう一度、君の魔法を全て無に還す!」
紗雪はノーブル・コレッジを構え直し、魔力変換資質『消滅』を起動した。
杖の先端に現れる、事象そのものを削り取る灰色の閃光。
「消え去れ……『イレイズ・シュート』!!」
放たれた消去の魔光が、なのはへ向かって一直線に伸びる。
だが、なのはは避けるどころか、ニッと笑ってレイジングハートを横に薙ぎ払った。
「ユーノ君、今っ!」
「わ、わかってるよっ!」
なのはの胸元から飛び出したフェレットのユーノが、空中に何枚もの小さな物理障壁(ただの鉄板やコンクリートの破片)を魔法で配置する。
イレイズ・シュートは「魔法現象」を理不尽なまでに消去できるが、ただの物理的な質量を消し去ることはできない。灰色の閃光はコンクリートの破片に直撃し、数瞬の足止めを食らった。
「チッ……物理障壁(デコイ)か! 小賢しい真似を!」
「それだけじゃないよっ!」
なのはの周囲に、再び十数発の桜色の魔力弾が展開される。
「一発の大きな魔法が消されちゃうなら……消しきれないくらいたくさん、あっちこっちから撃てばいいんだよね!」
「いけぇっ! 私の星たちっ!!」
なのはの掛け声と共に、十数発の魔力弾が生き物のように軌道を変え、上下左右のあらゆる死角から紗雪へと殺到した。のちの必殺技『アクセルシューター』の原型とも言える、恐るべき誘導弾の飽和攻撃。
(全方位からの同時攻撃!? バカな、たった数日でここまで戦術(アプローチ)を更新してきたというのか!?)
紗雪の脳内で、危険なアラートが鳴り響く。
これら全てに『イレイズ・シュート』を当てて消去するのは、ノーブル・コレッジの処理能力が追いつかない。何より、紗雪自身の9歳の脳神経が演算負荷で焼き切れてしまう。
「舐めるな……! 私は、一等空尉だッ!!」
紗雪はギリッと奥歯を噛み締め、力技に出た。
杖を振り回し、迫り来る桜色の弾幕の8割をイレイズの余波で強引に掻き消す。残る2割は、あえて白銀のバリアジャケットの物理装甲で直接受け止めた。
ドガガガガッ!!
「くぅっ……ぁぁっ!」
空中で爆発が連続し、紗雪の小さな身体が大きく体勢を崩した。
ダメージ自体は浅い。しかし、完璧だったはずの未来の軍人の立ち回りに、明確な『隙』が生まれた瞬間だった。
その隙を、不屈の天才が見逃すはずがない。
「届いた……っ!!」
爆風を突き抜け、なのはが一気に紗雪の懐へと肉薄する。
そして、砲撃でも魔法でもなく。
ただ純粋に、紗雪に自分の声を届けるためだけに、レイジングハートの柄を力強く握り締め、紗雪の白銀の杖へと真っ向から打ち付けた。
ガキィィィィンッ!!
金属同士が激しくぶつかり合う、甲高い音が空に響き渡る。
至近距離で睨み合う、桜色と白銀の瞳。
「これで、お話し……してくれるよね!」
息を弾ませながらも、とびきりの笑顔を向けてくるなのは。
その底知れない成長速度と、どこまでも折れない真っ直ぐな心根を至近距離で浴びた紗雪は、苛立ちと同時に、かつてないほどの戦慄を覚えるのだった。
(……高町なのは。君、本当に……魔導師歴数日の素人なのか……!?)
自分一人が強ければ、全てを護れると思っていた。
その傲慢な方程式が、一人の少女の「対話への執念」によって、今、根底から覆されようとしていた。