魔法少女リリカルなのは ~コード・イレイザー~ 作:長谷川広軌
ガキィィィィンッ!!
甲高い金属音が夜の建設現場に響き渡り、至近距離で二人の少女の視線が交錯する。
「これで、お話し……してくれるよね!」
「っ……! 離れろッ!」
紗雪はノーブル・コレッジの柄から瞬間的に魔力バーストを放ち、強引になのはを弾き飛ばした。空中でクルリと体勢を立て直すなのはに対し、紗雪は息を荒らげながら鋭い視線を向ける。
(こいつ……私の魔力消去(イレイズ)の隙を突くためだけに、デコイと誘導弾(飽和攻撃)を同時に編み出したというのか……たった数日で!)
未来の時空管理局で3万時間にも及ぶ地獄の訓練を耐え抜いた自分に対し、目の前の少女は魔法に触れてまだ数日。その異常なまでの成長速度と戦術適応力に、紗雪は戦慄を隠せなかった。
「どうしてそこまでして私に関わろうとする! 君が戦う理由なんてどこにもないはずだ!」
「あるよ! あなたが、そんなに辛そうな顔をしてるから!」
「……ッ!」
なのはの迷いのない言葉が、紗雪の分厚い軍人の仮面を内側から叩き割ろうとする。
「一人で全部抱え込んで、誰も近づけないようにして……それで世界が平和になっても、あなたが笑えないなら、そんなの絶対に間違ってる!」
「君に……平和な時代で生きてきた君に、何が分かる!!」
紗雪は激昂と共に吠えた。
脳裏にフラッシュバックするのは、理不尽に奪われた未来。冷たくなった仲間の手。そして、二度と触れられないはずだった母の温もり。
「私は知っているんだ! 誰かが戦えば、必ず誰かが涙を流す! だったら、私一人が泥を被ればそれで済む話だろうが!」
痛切な叫びが夜空に響き渡った。
その時である。
「グォオオオオオオオッ!!」
二人が膠着状態に陥っている隙に、放置されていたジュエルシードの怪物(ゴーレム)が完全に体勢を立て直し、巨大なコンクリートの塊を両腕で抱え上げていた。
「しまった……!」
怪物が、ビル数階分はあろうかという巨大な質量を、空中にいる二人へ向けて全力で投擲する。
『My Lord!! 巨大な物理質量の接近! 現在の演算リソースでは、全質量の消去(イレイズ)は不可能です!』
「チィッ……!!」
紗雪の魔力変換資質『消滅』は、魔法現象には絶対的な優位を誇るが、ただの「物理的な質量」には極めて相性が悪い。
咄嗟に回避行動を取ろうとした紗雪だが、先ほどの波状攻撃を強引に捌いた際のダメージと疲労が足枷となり、機動が一瞬遅れた。
(避けきれない……!)
紗雪が白銀の防壁を張り、強烈な物理衝撃に備えて身を固めたその瞬間。
「ディバイン……シューターッ!!」
横合いから飛来した数発の桜色の魔力弾が、巨大なコンクリートの塊に正確に着弾した。
轟音と共に質量が粉砕され、無数の瓦礫となって降り注ぐ。
「なっ……」
「大丈夫!? 紗雪ちゃん!」
いつの間にか紗雪の前に割り込んでいたなのはが、レイジングハートのシールドを展開し、降り注ぐ瓦礫から紗雪を庇っていた。
「な、なぜ私を庇う……! 私は君を敵として……」
「敵じゃないよ。私たちは今、一緒にお話ししてる途中だもん!」
なのはは、瓦礫の衝撃に顔をしかめながらも、紗雪に向かってとびきりの笑顔を向けた。
その無防備なほどの優しさと強さに、紗雪の強固な意志が、音を立てて崩れ始める。
「……バカか、君は」
呆れたように息を吐くと、紗雪はノーブル・コレッジを構え直した。
今は、目の前の怪物を無力化するのが先決だ。
「フェレット。……いや、ユーノ・スクライアと言ったか。君の探査魔法で、あのデカ物の装甲の最も薄い箇所を割り出せるか」
「えっ? あ、うん! できるよ!」
「高町なのは。君はユーノの指示に従い、装甲の継ぎ目にピンポイントで砲撃を撃ち込め。……私が、中身のシードを撃ち抜く」
「うんっ! わかった!」
紗雪は視界の隅にファイル「MOIRA網」 のインターフェースを展開する。
装甲が破壊された一瞬の隙を突き、確実にシードのみを拘束・摘出するためには、極めて高度で高速な照準演算が必要になる。ファイル「MOIRA網」の膨大なデータを遅延なく処理するため、彼女の演算領域には3つの魔力レンズ配置の収束と発散を基本原理とした光パルス信号伝送の概念が組み込まれている。
(いける。今の私となのはのタイミングなら、完全に同期できる)
「いくよ、レイジングハート!」
『Stand by ready.』
なのはが杖を構え、桜色の魔力を一点に集束させる。
「そこだっ、なのは!」
「ディバイン……バスターッ!!」
ユーノのナビゲートに従い、なのはから放たれた極太の砲撃が、怪物の分厚いコンクリート装甲を正確に吹き飛ばす。
その直後、装甲の奥深くで青く脈打つジュエルシードが露わになった。
「最適解で……沈め」
『Mode Shift : Snipe.』
紗雪のノーブル・コレッジから放たれた白銀の一閃が、なのはの砲撃が作った道を寸分違わず通り抜け、ジュエルシードを的確に撃ち抜いた。
シードが輝きを失い、怪物の巨体が崩れ落ちていく。
「やったぁ……!」
歓声を上げるなのは。
紗雪は空中に静止したまま、ゆっくりと降下していくシードを魔法で回収し、封印処理を施した。
「……任務完了だ」
紗雪は小さく呟き、なのはの方へ視線を向ける。
先ほどの激戦でバリアジャケットを汚し、息を切らしているものの、なのはの瞳はやはり真っ直ぐに紗雪を見つめていた。
「……高町なのは。君のその無謀なほどの優しさは、いつか必ず君自身を深い傷で引き裂くことになる」
紗雪の声は、先ほどまでの冷徹な軍人のそれではなく、年相応の、どこか不器用な響きを帯びていた。
「それでも、君は……」
「うん。私は、誰かが悲しいまま終わるなんて、絶対に嫌だ。紗雪ちゃんのことも、絶対に一人にはしないから」
その揺るぎない宣言に、紗雪は小さく息を吐いた。
未来の知識も、3万時間の訓練も、圧倒的な魔力消去の力も。この不屈の少女の前では、心を閉ざすための盾にはなり得ないのだと、彼女は悟り始めていた。
「……今日は、帰る。これ以上の戦闘継続は無意味だ」
紗雪は翻ったマントと共に、夜の闇へと溶け込むように背を向けた。
しかし、その飛び去る背中は、最初に出会った時のように張り詰めた氷のような冷たさはなく、ほんの少しだけ、温かな戸惑いを帯びていた。
孤独な空の先導者の閉ざされた心に、確かな桜色の光が差し込んだ夜だった。