バチバチと何かが燃える音する。焦げ臭い匂いがカズマの鼻孔をくすぐり、覚醒を促した。
「……目を覚ましたか」
その声を聴いた瞬間、寝ぼけた意識が急速に切り替わる。胸の奥の魂にまで刻まれた、あの男の声。
「あんたは。……劉鳳」
視線を向けた先には、枯れ木を折り、火をくべている劉鳳の姿があった。
「入り江に倒れてるのを発見して、介抱した。何があった?」
必要最低限の治療がなされてるみたいで、カズマの身体には包帯が巻かれていた。
「……礼は言わねぇぞ」
「ハナから期待していない。それより、質問に答えろ」
「命令すんなっ!!」
手当を受けた手前、ばつの悪そうな顔をしながらカズマは口を開く。
「……ここに来たってことは、あんたも聴いたんだろ?」
「あぁ、声ともとれる漠然としたメッセージようなものを、だな」
「それで向かってみれば、柱みてぇなアルターが居やがった」
「何だかわかんねぇが、そいつがヤベェということが解ったんで……」
「返り討ちに遭ったわけか」
「負けてねぇ!!」
反射的にカズマが吠える。
「だが、お前ほどの男がそこまで追い詰められたんだ。何かあったと思う方が自然だ」
劉鳳はただ、事実を確認するように淡々と口を開く。
「……ケッ!」
カズマも、劉鳳が嘲りの意図で言ったわけではないのはわかっていた。
だが、それとは別に納得できない気持ちもあった。
「もう一度聞く。カズマ、何があった?」
劉鳳の鋭く赤い瞳がカズマを見据える。有無を言わせない、確かな圧力がそこにあった。
「……認めるのは、しゃくだが、引き分けだ」
カズマが絞り出すように言った。
「コイツ(シェルブリット)を叩き込んで、仕留めたと思ったら、形を変えて復活しやがった」
拳を握り締めながらカズマは呟いた。
「巨大な継ぎ接ぎだらけの人型なりやがった。そいつと真正面からの拳の打ち合いをして、この様だ」
拳を手のひらに重ねながら、悔しそうに表情を歪めた。
(話を聞いた限りでは、並みのアルターではない。本土の新手か?)
(それにしては、あのメッセージは……。ロストグラウンドいるアルター能力者全体に向けての発信……)
カズマの話を聞き終えた劉鳳は、静かに思案する。
「カズマ、本体は確認できたか?」
「あん? いや、見てねぇ」
「……そうか。もしかしたら」
「おい、勝手に一人で納得すんな!」
カズマが急かす。
「お前が戦ったアルター。もしかしたら、向こう側からやってきた存在かもしれん」
「向こう側の!?」
カズマの脳裏に過るのは、白と黒の腕持ち、燃えるような頭髪をしたアルター。無常矜持に吸収され、尖兵と化したアルター結晶体。劉鳳との因縁浅からぬ存在。
「そうだ、俺の倒した個体とは別の存在かもしれん」
「かつてジグマール隊長が語っていた。あれは強いアルター能力者に惹かれるらしい」
「あれと同様、俺やお前を求めて、向こう側から迷い出たのかもしれん」
戦いの最中で、幾度か見せたこちらを試すような行動。こちらの様子を観察するようなザワついた感覚。あのアルターがみせた不可解な行動に、全て合点がいく。
「見下しやがって……!!」
カズマは、沸々と怒りの感情が昂ぶるのを感じた。
劉鳳が不意にこちらに何かを投げる。受け止めると、栄養食のバーとペットボトルに詰められた水だった。
「お前はそれを食べて、休んでいろ」
背中を向けながら、車へと歩を進める。
「……あんたは?」
「俺は様子を見てくる」
「横取りするつもりかっ!?」
「安心しろ、あくまで偵察だ」
「それが嫌なら、早く身体を万全に整えろ」
劉鳳は、そう言葉を残し、車を発進させた。
「……無茶苦茶、言いやがって。上等だ…」
包装紙を乱暴に剥がし、バーを掻っ込むように食べる。ペットボトルの蓋を開け、口に残ったものを流し込むように水を飲んだ。
継ぎ接ぎの巨人が海面に膝を突いたまま、微動だにせずに沈黙を保っていた。カズマに受けたダメージを修復するために休眠状態に入っていた。
だが、その瞳に光が宿る。感じているのだ、猛きアルター使いが近づいていることに。
膝を突いている海面が激しく揺らせながら、巨人は立ち上がる。
一方、劉鳳は入り江付近に近づいていくにつれ、海の向こうの存在感が強くなっている感覚を覚えた。
カズマを回収したときには、感じなかった圧力。
恐らくはカズマが思ったよりも、深手を与えていたのでだろう。
カズマのアルター≪シェルブリット≫は相手を確実に仕留める。それは劉鳳が一番よく知っていた。
幾度となく、拳を交え、その身に味わったのだから。
偵察と、カズマにはそう言ったが、それで済まないだろう。確信があった。恐らくは戦いになる。
何より、向こうが誘っているのだ。力を示せ、と。
劉鳳は車を降り、右手の指先を伸ばし、手刀の形をつくる。横に一閃するように振るう。
その瞬間、周囲の地面が抉れ、虹色の粒子が満たされた。劉鳳の身体にまとわりつくように収束し、紫紺の鎧と化す。両肩にプラスとマイナスの意匠を持つ刃を背負い、頭にはヘッドギアが形成される。
劉鳳のアルター≪絶影≫を纏った姿だ。
戦闘は一方的だった。その名の通りの影すら映さなない超高速移動による攪乱と、研ぎ澄まされた斬撃は巨人を追いつめていた。
巨人の拳は劉鳳を捉えるまで至らず、すれ違いざまに外皮を切り裂いていく。
何度目かの交錯。紋様が蠢く右巨腕に一際、鋭い一撃が炸裂した。
(……腕を両断するつもりだったが。やはり、あの右腕の頑強さは際立っている)
右巨腕の紋様が明滅し始める。劉鳳よってつけられた傷が一斉に結晶化し砕け、一瞬にして修復された。
(……何だ、これは。アルターの再構築による修復ではない!?)
多重に残像を残しながら、空を翔ける劉鳳。
巨人の目が劉鳳の動きを追っていた。
再び、右巨腕の拳を劉鳳に放つ。
真正面から襲い掛る巨人の拳を躱そうとした瞬間、劉鳳の真横から出現した。
「……ッ!?」
残像を発生させ、間合い図ろうとするが―――。
真後ろから左手が現れ、劉鳳を捉えた。
「―――舐めるなっ!!」
巨人が力を込める前に左手の五指を両断し、脱出した。
指を残らず切り落とされた左手を眺める巨人。劉鳳は距離を大きく取る。
(……追撃はない。どうやら、あのワープ攻撃の射程はそんなに長くはないらしい)
「―――ならばっ!!」
劉鳳がジグザグの機動を取り始める。先読みしやすい直線的な移動はやめ、複雑な動きで攪乱する。
巨人は左手を修復させながらも、劉鳳の動きから視線を外さない。
劉鳳の姿が蜃気楼のようにブレる。
現れたのは遥か頭上。太陽を背に受けながら劉鳳は、両肩の刃をパージし、手甲に刃を装着する。
左右の刃を重ね合わせ、そのまま振り下ろした。
「切り裂かれて塵となれッ―――!!」
大上段からの斬撃が巨人に炸裂する。
頭から股下までに閃光が走る。斬撃の余波が海を割った。
左右に分断された巨人。押し出された海水が崩れて、爆音と共に戻ろうとする。
その瞬間。分断された巨人が発光する。その光は世界を白一色に塗りつぶすほど、暴力的なものだった。