色んな意味で進まない初投稿です。
「緊張しとるようじゃの」
「緊張しない理由がどこにも無い」
「それもそうじゃの」
分かってる。気が乗らないのも、変に緊張してしまうのも、家出したのに帰ってきたという行動の矛盾からのもどかしさによるものだと。
どんな顔して会えば良いんだ、こういう時さ。
「笑えば良いと思うデヨ」
「なにナチュラルに心読んでんだよ。てか笑えねぇよ」
「緊張をほぐすジョークデヨ。じゃがアカツキ、表情を作るよりもまず家に入るべきじゃろうに」
「その入るべきってのが余計緊張感増してくるのよ。分かったからちょっと深呼吸させて」
「じゃあやるデヨ、ほれ」
オタクロスの許可(不必要)を経て、俺は軽くジャンプしたあとに深呼吸をする。呼吸を2度繰り返し、3度目の息を吸って────
「やっぱちょっと待って」
「何デヨ今度は?」
「あの、シミュレーションさせて。多分こう来るだろうなって想定の対処と、聞かれる質問に対する答えと、今後の事に対する展望について言語化しておく必要が」
「えぇいゴチャゴチャやかましいデヨ! さっさと終わらせて蟠りを解消するデヨ!」
「ちょーいちょいちょいちょいストップストップストップ!!」
インターホンを鳴らそうとしたオタクロスを体を張って止める。待って、今ちょっとそれやられるとマズイのよ心情的に!
「待って! 待ってオタクロス本当に待って! 今やられると俺何喋って良いのか分かんなくなるから! お願い考える時間ちょうだいよ1時間で良いから!」
「長いわ! なんで1時間ものあいだ立ち続けないとならんデヨ!? 儂オヌシより遥かに歳上じゃぞ老人は労るデヨ!」
「アンタまぁまぁ体力あるだろ? その歳の平均と比べて健康的な方じゃん? だったら若者の我儘に付き合える余力あるでしょ。それを今使わないで何処で使うんだよ?」
「今既にオヌシの我儘に付き合い続けておるじゃろうが! 良いからとっとと早うせんかい!」
「だー! 待ってオタクロス! 本当に待っ」
ガチャ、と音を立てて玄関の扉が開いた。
「「あっ」」
扉の向こう側には、どこか泣きそうな母さんが立っていた。どんな顔して会えば良いのか悩んで、思えば傷付けるような言葉を言い放ってしまった母さんと、バッチリ目が合う。
「あー……その」
「暁!」
オタクロスが咄嗟に離れた直後、母さんがクラウチングスタートを切ったような勢いで飛び出し、俺の身体を抱きしめた。痛いぐらいに抱きしめられていると理解したあと、自分の肩にほんの僅かな暖かさと湿り気を感じ取る。泣いている、と察するのにそう時間は必要無かった。
「ごめんね暁……ごめんね…………!」
それを聞いて俺は、ぎこちなく、ゆっくりと母さんの背に手を回した。
“心配した”よりも先に、“ごめん”が出てきた事もあるだろうが、それ以上に母さんに申し訳なさが込み上げてきたから、安心させようとしてこうした。その心配の原因が何良いこと言った気になってんだ、って話なんだけどもさ。
「ごめん、母さん。俺も、言い過ぎた」
暫くただただ抱き合って、お互い離れたあと、下がっていたオタクロスが咳払いで注目を集める。
「もう良いデヨ?」
「あの、あなたは?」
「儂はオタクロス。故あって貴女の息子さんを保護していたデヨ」
「でよ?」
「そこは気にしないで母さん。それと、この人に色々と助けられたのは本当なんだ。話せば長くなるけど」
「息子さんが儂を訪ねた諸々の事情については把握しておる。色々と思い詰めていた事もの」
「そうだったんですか……息子がどうもお世話に」
「いやいや、気にする事は無い! 息子さんには良い経験をさせてもらったデヨ。で、儂がここに来たのはご家族と相談がしたかったからデヨ」
「相談、ですか?」
「うむ。息子さんの今後について、1つ提案をしようと思っての。少しの間、お邪魔しても?」
母さんが俺を見た。それに合わせて俺はゆっくりと頭を下げて、その状態を保つ。
少しして、母さんは婆ちゃんと相談し、その婆ちゃんからOKを貰った事を伝えてきた。
「息子を、預からせてほしい。ですか……」
「左様」
湊家の居間。そこでは現在、オタクロスという家族以外の者を交えて、ある話し合いが行われていた。議題名を付けるとすれば、【湊 暁の今後について】。
オタクロスは、暁から聞いた諸々の事情を踏まえて話を展開していった。
「息子さんからは色々と聞かせてもらったデヨ。自分の祖父が、大切にしている物を全て捨てたこと。新技術の類を極度に毛嫌いしておること。行動や言動を強制し、子どもを意のままに支配しようとしていること等。もしこの家に居続けてしまっては、また前の生活に逆戻り。今度ははたして家出だけで済むものか……」
それを聞いて、彼女たちは何も言葉を紡げず口を閉ざす。
その沈黙に、「そこで。」と割って入ったオタクロスが続けて言った。
「儂に、息子さんを預からせてほしいのデヨ。息子さんの持つ才覚、努力、知識、それらを無駄にするにはあまりに惜しい! せっかく日本でも指折りの技術者になり得る原石を無駄にするのは、あまりに勿体ないデヨ!」
「ウチの孫、そんなに凄かったの?」
「俺そんな自覚ないよ婆ちゃん」
「なーにを言ってるデヨ。その下地は充分備わっておるぞオヌシ」
「だってさ」
「婆ちゃん」
「でもそれなら、婆ちゃんも暁がここで腐ってしまうより、暁自身が本当に楽しめる所に行った方が良いと思うのよ。ほら、今は居ないけど、ここは口うるさいのが居るし」
「……良いの?」
「好きなようにやんなさいな。婆ちゃん、応援してるからさ」
「──ありがと」
暁の祖母は、理解を示した。
残った彼の母は、未だに答えを出せずに居る。
「まだ何か、気になる事があるデヨ?」
「はい……」
「教えてもらうことは可能かの?」
しん、と静まり返った時間が生まれた。秒針を刻む時計の音だけが妙に鮮明に聞こえて何分かしたあと、彼女はゆっくりと口を開く。
「信じてもらえないかも、しれませんが。私や、暁。そして元夫は昔、偶然で済ませられる範疇を越えて、多くの危険な目にあったんです」
「たとえば、どのような?」
「始まりは、昔住んでいた家で小火騒ぎが起きたんです。その時は、暁が家に居て」
「なんと……」
「次に、元夫の関係者の1人が、ひき逃げ事故に遭いました。幸い命に別状は無かったものの、全治5ヶ月の大怪我に」
暁の母から語られた出来事は、確かに偶然で済ませて良いものばかりでは無かった。
元夫の勤めていた会社に、トラックが突っ込んできたこと。
家のポストに、カッターナイフの刃が大量に封緘された便箋や、動物の死骸等が入っていたこと。
夜分遅くに強盗が侵入してきたこと。
「こんな事がほぼ毎日起きていたんです……。暁だって、事故になりかけたり、誘拐されかけたりして」
(波乱万丈どころの話じゃないデヨこれ)
「元夫の会社が倒産してから、そんな事は殆ど無くなりました。でも、また暁が危険な目に遭ったら、私は……」
オタクロス、頭を抱える。そして何となく、暁が家出したキッカケの言葉を言ってしまった理由を察せた。
オタクロスはどう切り出そうかと悩んでいた時、「でも」と暁の母が切り出す。
「暁のことが心配だからって、暁の大切な物を蔑ろにするような事を言っていい理由にはならない。今日のことで、身にしみて痛感しました。
暫く、考える時間をください。
暁と……息子と、きちんと話す時間をください。
今回のお話しの返事は、必ずお伝えします。
私に、暁と話し合う時間をください」
真摯な願いに対してオタクロスも頷く他なく、今日にでも済ませようと考えていた話は、一旦保留となった。